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最後の祈り  作者: Yuki-N
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クレイグ①

 クレイグの意識はうすれていったが完全に消えることはなかった。何も見えず何も聞こえず、寒さ暑さのような身体的な感覚も失われていた。ただ、まだ自我の手触りはあった。そして、自分がすでに小型船のコックピットにはいないということも、感覚的に理解できた。

 自分の身体が素粒子レベルにまで分解されて、スキャンされている、それもまた直観的な理解だった。

 ――だが、誰が、自分を分解してスキャンするというのだ? あの、計器に示されたガス状の何かか? 宇宙船があるわけでも、巨大な重力を持つわけでもない、ガス雲が?

 クレイグに恐怖はなかった。海洋連邦の火星探査妨害というミッションは、母船爆破により完了した。小型船から救難信号を出して、共和同盟の探査船に回収して貰う手筈は、通信機器の故障で不能となったが、それでもさほどのショックはなかった。そもそも、このミッションを受けた時点で、地球に戻れないだろうという覚悟はあった。また、共和同盟のスパイとして、直接・間接的に人を殺し過ぎたと感じていた。

 ――人を殺し過ぎた?

 そう感じること自体、自分は思っていたよりナイーブだったのだと何だか笑いたくもなり、いっそのことと故郷を謳う詩編まで綴ってみた。意外と良い出来で、イングランドを知る聖也からも評判上々だった。

 流れ流れていくような人生だった。表向きは三十五歳としているが、アンチエイジングや整形、移植により、二十歳ほどごまかしている。本当は五十五。五十五年間の漂流、後半三十年は、主に宇宙空間での事故に擬した殺戮。

 イングランドや日本などが同盟を組む海洋連邦を含めて、世界は大きく四つほどのブロックに分かれて小競り合いを繰り返す。旧世紀に成立した「相互確証破壊」、相手を完全に破壊するだけの戦力を相互に持ち合うことにより均衡が保たれ、全面戦争を回避するというシステムはいまだ健在であり、地球上で致命的な正面衝突が起きることはない。しかし、宇宙空間では地球人たちは少なからず乱暴になる。

 クレイグもまた、もとは聖也と同じ理科オタクでしかなかった。しかし海洋連邦に敵対する共和同盟が仕掛けた簡単なハニートラップに引っ掛かり、それを端緒にして後は一気呵成だった。

 船内で聖也に話した、国々を渡り歩いた来歴は、細かい部分は偽りばかりだが、流れとしては本当のことだ。地球上において、四大ブロックは表向き戦争状態にはない。周辺地域での代理戦争はあるが、相当量の交易もしている。クレイグ自身、子供の頃から海洋連邦外に何回も住んだことがある。振り返ってみれば、そもそも海洋連邦への帰属意識は薄かったのかもしれない。

 だが、そこからテロも行う工作員になるまでには、随分と距離があるはずだった。自分は、いつ、その距離を飛び越してしまったのだろう。その跳躍は、ほとんど無意識の間に推し進められてしまったのだ。

 それは、共和同盟の幹部、いや――、四大ブロック、いずれの幹部も同様のことだろう。地球から離れることに比例して、四大ブロックの幹部たちは慎重さを失い、攻撃性を強める。一般市民のいない場所でそうなることは、合理的ともいえる。

 四大ブロックは、宇宙空間では事実上の戦争を戦っている。しかしそれは、導火線のようなものだろうとクレイグは思う。おそらく、ほんのちょっとしたことで、偶発的なトラブルで、導火線を伝って火は地球へと伸び、地球上での相互確証破壊体制が崩壊する。その細い細い崖の上を自分たちは歩いている。


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