CASE 真中和子 2
「な、なんでそう思うのかしら??」
目を見開き下唇を僅かに震えさせるその姿は明らかに困惑の色を隠せていなかった。
「だ、誰かに聞いたの?? いえ、そんな筈ないわ。
私、この事は誰にも言ってないもの……じゃあどうして??」
何度も繰り返し小さくそう呟く。
今にも倒れてしまうんじゃないかと心配になる程の姿に私は直ぐに真中さんの肩を押さえに向かった。
「だ、大丈夫ですか??」
「えっ?? えぇ、大丈夫よ。 私は大丈夫だわ」
全然大丈夫に見えない。
ひ、一先ず椅子に座らせた方が良いよね、今もずっと震えてるもん。
私はもう一度真中さんを椅子の方へ連れて行く事にした。
「ちょっと待って、みくさん」
「えっ??」
そんな私の行動を止める様に先生は椅子から立ち上がって言った。
「真中さん、ここから先は貴方が選んでください。
私の話を、いえ、私の占いをもう一度聞いても良いと思って頂けるなら是非その椅子にお座りください。
ですが、まだこれ以上聞く必要が無いと思っているのなら……そのままお帰りください」
冷たい声で話す先生の言葉に真中さんは考える様に目線を下に向けた後、覚悟を決めたのかゆっくりと足を動かす。
「……聞くわ。 私は今日その為にここに来たんだもの」
「そうですか、ではみくさん。 真中様をここへ」
そう言って先生は目の前の椅子に手を向ける。
「は、はい」
私はその指示に従って真中さんをもう一度部屋の中心へと連れて行った。
「お、お水ここに置いておきますね」
「えぇ、ありがとう」
座った事で少し落ち着いたのか真中さんの言葉には、少しだけ元気が戻ってきた様に感じる。
その姿を見て、私は再び定位置に戻り先生の話を待った。
「それでは始めましょうか。
普段とは少しだけ違う形になってしまいましたが、むしろ今回はこの方が良かったかも知れませんね。
ここまで来たら単刀直入にお伺いします、真中様は何を知りたいのですか??」
「わ、私は……」
なにかに迷った様に視線を動かしながら考え込む。
「……さっき貴方が言ってくれた言葉の真意を知りたいわ」
決心を固めたのか、真中さんは視線を先生に合わせて小さくそう尋ねた。
「……わかりました。 ですが、私の言葉はあくまで『占い』であって『真実』ではありません。
全てを決めるのは真中様本人だけです、それでも構いませんか??」
先生の雰囲気がまた少し変わる。
心なしか今度はこの部屋全体の空気さえも少しだけ冷えてきた気がする。
「えぇ、それで良いわ」
「ありがとうございます。
では先程の私の言葉の意味ですが……あれは本当にそのままの意味です。
真中様の旦那様はとても幸せだったのでしょう」
「ほ、本当に??」
「はい。 真中様の仕事を支える事、真中様と共に生涯を生きた事になんの後悔も無かった筈ですよ」
「……う、嘘よ!! 私はあの人にとても冷たく当たっていたわ。
そんな事思ってる訳ないじゃない」
「確かに真中様がご主人に辛くあたってしまっていたのも事実でしょう。
ですがご主人はそんな些細な事よりも、真中様どんなに忙しくても結婚記念日の日を必ず忘れない事。
どれだけ仕事が遅くなっても手料理の夜ご飯を食べに必ず家に帰ってくる事。
その事に大きな幸せを感じていた」
「っ……でも、私はあの人から何もかもを取り上げてしまったわ。
夢も時間も……命だって!! 」
徐々に涙声になりながら真中さんは語尾を強めて叫ぶ。
「そんな事はありませんよ、ご主人の夢は真中さんと結婚してから変わったんです。
誰よりも真中様の成功を祈り、それを支えたかった。 ご主人は真中さんを心の底から愛していたのですから」
まるで本人から直接聞いたかの様に先生は話す。
もしかして先生には何かが見えているんだろうか……話の流れ的にきっともう真中さんの夫はこの世には居ない筈なのに。
「……そんな事、そんなっ」
真中さんの目からは遂に涙が溢れる。
私はそれを見てジェイムズさんから貰っていたハンカチをポケットから取り出して真中さんへと手渡した。
「ありがとう……さっきはキツく当たってごめんなさいね」
「い、いえ、とんでもないです!!」
初めてあった時とは別人の様に弱々しくなった真中さんは、そのまま私を見つめる。
「……実はね、私とあの人との間にも一時期だけ子供が居たの。
あの時、生まれてたらきっと貴方と同じぐらいの歳になっていた筈だわ。
だけど、その時の私は仕事が楽しくて……会社も軌道に乗り始めてたから、出産のギリギリまで働いてたの。
それがいけなかったのよね……それからよ、あの人が仕事も趣味も辞めて私に尽くす様になったのわ……まるで私に謝罪するかの様に文句の一言も言わないでね」
「そうだったんですか……」
「えぇ、それで私もムキになってあの子の命を犠牲にしてまで立ち上げた会社なんだから必ず成功させてやろうと決めたの……でもその決意さえも間違っていたのよ。
私が向き合うべきだったのは死なせてしまった我が子とその父親であるべきだった。
その事に気付きながらも、いつの日か謝ろう、明日こそは話し合おうと先延ばしにしてた……そうこうしてるうちにあの人はあっさり交通事故で亡くなったわ」
真中さんは言葉に詰まりながらも、溜まっていた不安を吐き出す様にそのまま続ける。
「私がもっと……もっとあの人と向き合ってれば。
言いたい事を先延ばしにしてさえいなければ、こんな事にはならなかったんじゃないかって!!
少なくともあの人の本音を聞く事くらいは出来たんじゃないかって思ってっ……」
「……真中さん」
気付けば私の頬にも涙が流れていた。
初めて見た時、真中さんがこんなにも辛い気持ちでいるなんて考えてもみなかった。
「ふふっ、なんで貴方まで泣いてるのよ」
「だ、だって……す、すいません」
「……優しいのね、私なんかとは大違い。
私ね、こんな性格だから会社でも結構嫌われてるの。 あの人が死んだのも本当は自殺なんじゃないかって噂されてるくらいにね」
「そ、そんなのって!! ひ、ひどい!!」
「良いのよ、そう言われても仕方ないわ。 それに最初はそんな噂に耳を傾ける余裕なんてなかったんしね。
でもある日、家に帰った時に誰も居ないリビングでふと思ったの。
……もしかして本当にそうなんじゃないかって」
そう言うと真中さんはハンカチで目を拭い呼吸を整える。
「警察には何度も行ったわ、本当に交通事故なのかって確認したくてね。
勿論、事故で間違いないって答えてくれたけど、それでも私、怖くて。
有名な霊能力者や占い師の所に通い詰めてまで、夫の気持ちを教えて貰いたかったの。
自分でも意味のない事をしてるってわかってたけど……どうしても止められなかったわ」
「それで私の所に??」
「えぇ、貴方には死んだ人間の声が聞こえるって噂もあったから」
そんな噂が?? でも、確かに先生には聞こえてるのかも知れない。
いや、それどころか私には真中さんの夫の霊が先生の口を介して話していた様にさえ見えていた。
「……どうやら貴方は『本物』だったみたいね。
さっきまでの非礼を改めてお詫びさせて貰うわ、本当にごめんなさい」
そう言って真中さんは先生に向かって頭を下げた。
「……ねぇ、今更都合が良いのはわかってるんだけど、もし良かったら貴方の、いえ先生の占いも受けてみたいのだけど駄目かしら??」
顔をあげ照れた表情を隠す為か鼻筋に手を当てて話す真中さんの姿に、何故だか私の方が嬉しくなる。
「勿論です、真中様。 私は『占い師』ですからね」
真中さんの言葉に先生は優しく微笑んで返す。
その仕草に、私はもう少し国語の授業を真面目に受けていれば良かったと思わず後悔してしまう。
今の私の語学力では、先生の格好良さを上手に形容する事なんて出来ないと思ってしまったから。




