CASE 真中和子 1
「いらっしゃいませ、真中様。 お待ちしてました」
「……あなたが司さん?? 随分とお若いのね」
扉の向こうに居た女性は、驚きを隠す事なく先生にそう告げた。
私は直ぐに部屋の壁際に移動し、ジェイムズさんに言われた通りに頭を下げる。
「ありがとうございます。 どうぞこちらへ」
特に反応を示さずに先生は部屋の中へとその女性を招き、中心にある豪華な椅子に座る様に優しく促す。
「……ありがたいわ、歳を取ると立つのもしんどくてね」
「他にも何かご要望があればいつでもお伝えください。
お客様にリラックスして貰う事は私にとってとても重要な事ですから。 みくさん」
「は、はい!!」
先生に名前を呼ばれたと同時に私は隣に置いてあった荷台を動かしてその女性の元へと向かう。
「の、飲み物は何が宜しいでしょうか??
お、お水やお茶、コーヒーに紅茶もあります!!
あっ、あとご希望があれば出来る限り用意致しますのでなんでもおっしゃってください!!」
「そう、じゃあ水を貰えるかしら??」
顔全体を日差しから守れる程の大きな帽子を脱ぎ女性は手をうちわ代わりにしながら言う。
ほっそりとしたバランスの良い体型に、何処か気品の溢れる佇まい。
歳を取ったと自虐するにはまだ随分と若々しく見える。
僅かに上がった目尻からは自信と気の強さが感じられ、鈍感な私でもそうそう出会う事は無いタイプの人なのだと直ぐにわかった。
「は、はい!!」
私は言われた通りにコップに水を注ぎ、椅子の隣に置いてあるテーブルへ静かに置いた。
「……ちょっと貴方大丈夫?? 具合でも悪いんじゃないの?? 手が震えてるわよ」
「えっ……あっ、だ、大丈夫です!!」
指摘されるまで自分の手が震えている事に気付いていなかった。
目の前で怪訝な表情を浮かべる女性の姿に私は自分の右手を左手で押さえつける様にして強く握る。
……お願い!! 止まって私の手!!
「良く見れば貴方も随分と若いのね……はぁー、これはあんまり期待できなさそうね」
みるみると落胆の表情を作り出し、大きな溜め息を吐きながらかぶりを振るう女性の姿に、私の背中に嫌な汗がしたる。
……や、やっぱり人見知りの私に接客なんて無理だったんだ。
先生やジェイムズさんが優しかったから忘れてたんだ。
どうしよう、このままじゃ先生の評価だって悪くなっちゃっ。
「御言葉ですが真中様。 彼女は優秀ですよ、きっと真中様が帰る頃にはそれをわかって頂けると私は確信しています。
今はほんの少し緊張しているのです、どうか大目に見てやってくれませんか??」
私の気持ちを察してか、先生は静かに口を開いた。
「緊張って、この子もしかして今日が初めてのなの?? もしかしてバイトか何かかしら??」
「ええ、彼女は今日が初めての仕事日でしてね。 多少の緊張も愛嬌の一つだと思って頂ければ幸いです」
「……呆れた。 まさかここまで酷いお店だったなんて。 噂が正しかったのは顔だけってだったって所かしら。
腕の良い占い師が居るって知り合いから聞いたから、わざわざ予約までして来たのに、居たのは見た目だけの坊やに取り柄の無さそうな地味な小娘じゃない。
どうやら時間の無駄たった様ね、失礼するわ」
不快感を全面に出し吐き捨てる様にそう言うと、今直ぐにでも椅子から立ち上がれる体勢へと身体を動かす。
ど、どうしよう。 私のせいだ!!
な、なんとか引き止めないと。
「あっ……あの!!」
「何??」
考えもなく咄嗟に出してしまった私の言葉に、目の前の女性は鋭い視線と共に反応する。
こ、怖い……でも謝らなくちゃ。
「そ、その……わ、私、私のせいでっ」
「大丈夫だよみくさん。 その先は言わなくても良い事だからね」
私の言葉を遮り、先生は優しい笑みをこちらに向ける。
「えっ?? で、でも」
「良いんだ。 だってみくさんは何も悪い事なんてしていないだろ??
緊張で少し手が震えていただけで、頼まれていた水を溢したわけ訳でも無い。 謝る必要なんて全く無いよ」
そう言って先生は私から目の前に座る女性へと視線を変えて続けて話す。
「むしろ私の大切な助手への無礼を詫びてもらいたいくらいです」
「はぁ?? もしかして私に言ってるんじゃないでしょうね??
貴方、私が誰だか知ってるの?? その気になればこんな小さい占い屋なんて直ぐにでも潰せるのよ??」
その言葉が脅しで言ってる様には聞こえなくて私はますます不安になる。
「真中様が普段どれだけ偉くてもここでは関係ない事です。
そうでなければ元より私の話など聞く耳すら持てないでしょうから」
「……まぁそれはそうね、確かに貴方の言う通りだわ。
こんな貧乏人のおままごとをはなから期待するべきじゃ無かったのよ。
アドバイス通りもっと位の高い占い師を探す事にするわ、今日はそれがわかっただけでも良しとするべきかしら」
横に置いてあった鞄を無造作に掴み取り女性はそのまま椅子から立ち上がる。
「安心しなさい、流石の私でもここを潰すような事はしないであげる。
大事な教訓も得られたから少しは役に立ったもの。どうもありがとうございました。 ご機嫌よう、先生」
皮肉たっぷりにそう告げると、女性は先生に背を向けそのまま部屋の出口へと歩き始める。
私はその姿をただただ後ろから眺めていた。
生まれて初めてのバイトは大失敗に終わる、この瞬間私は間違いなくそう思っていた。
「……なるほど、これは重症ですね」
そんな時先生が静かに口を開いた。
「なんですって??」
「いえ、こちらの話です。 ですが真中様、折角ここまで来て頂いたのです。
私の占いを今更受ける気にはならないでしょうが、小さい占い屋にも多少のプライドがあるのです。
ですからせめて一言だけでも聞いていって貰えないでしょうか??」
「……良いわ。 言ってみなさいよ」
女性は立ち止まり、再度先生の方へ振り変える。
同時に私も先生へと視線を向けていた。
口調はいつもと同じく穏やかだったけど、先生の醸し出す雰囲気が何処か変わった様な気がしていたから。
「ありがとうございます。
では一言だけ……真中様の旦那様はとても幸せだったそうですよ」
先生は本当にその一言だけ口にし、そのまま深く頭を下げた。
旦那様……つまり真中さんの夫って事なのかな?? 一体どうして先生はこんな事を??
今の話の流れからは全然関係ない様に思うんだけど。
私には先生の発言の真意はわからなかった。
そしてそれはきっと真中さんも同じだと思う、いや、むしろいきなりこんな事を言われたら尚更怒っても仕方ないとさえ思っていた。
だけど、真中さんが見せた反応は私の想像とは全く違うものだった。




