バイト 1
「は、早く来すぎちゃったかな」
次の日、私は1時間も早く仕事場の前へと来てしまっていた。
結局、昨日は殆ど眠る事が出来なかった。
初めてのバイトという事で緊張もしてたし、何より先生に早く会いたいと思っていた。
も、勿論、会いたいと言っても恋愛的な事じゃなくて、昨日けんじさんから言われた事が気になっていたからで、他意は無いけど!!
冷静になると早く来過ぎてしまった事が急に恥ずかしくなり、私は言い訳する様に自分に言い聞かせる。
「……おや?? これはみくお嬢様、随分とお早い出勤ですね」
例の如く扉の前でどうするべきか悩んでいると後ろからジェイムズさんの声が聞こえた。
「ジ、ジェイムズさん!! お、おはようございます!! すいません、早く来過ぎちゃいました……」
「いえいえ、早く来て頂く分には何も問題はありませんよ。 そうです、良かったら中でお茶でも飲みませんか?? 朝とはいえ外は暑いですから」
「い、良いんですか??」
「勿論です。 旦那様も喜ばれる事でしょう」
そう言うとジェイムズさんは私を部屋の中へと招いてくれた。
「旦那様、みくさんがいらっしゃいました」
「本当かい?? 随分と早いね、嬉しいよ。 後で行くから先にお茶会室で待ってて貰えるかな??」
「かしこまりました。 ではみくお嬢様、こちらへ」
「あっ、は、はい!!」
そのまま先生がいる部屋を通り過ぎ、私は今まで入った事のない部屋へと案内された。
「こちらがお茶会室になります。 主に休憩時に使用していますが、みくお嬢様が早くにいらした時にはいつでも自由にお入り下さい」
「あ、ありがとうございます」
家のリビングほどの大きさのその部屋には豪華な装飾品が並べられており、目の前の机にはジェイムズさんが用意してくれたであろう高級そうなお菓子が並べられていた。
「どうぞ、お座り下さい。 旦那様も直ぐに来られるでしょうから」
「は、はい」
私は言われるがままに目の前の椅子へと腰を下ろした。
「あ、あの、ジェイムズさんは座らないんですか??」
「ええ、私は立っているのが好きなので。 気にしないで下さい、それより紅茶でも如何でしょうか??」
「い、いただきます」
私の言葉にジェイムズさんは優しく微笑み、カップに紅茶を注ぐ。
その姿は私が想像する執事そのもので、自分がお姫様にでもなったかの様に感じてしまう。
「お、美味しい。 美味しいです!!」
「ありがとうございます」
「ジェイムズ、僕にも貰えるかな??」
「かしこまりました」
少しして部屋に入ってきた先生は、ジェイムズさんにそう告げると迷う事なく私の横へと腰を下ろす。
「おはよう、みくさん」
「おっ……お、おはようございます」
「随分と早かったね。 もしかして緊張してあんまり眠れなかったのかい??」
「えーと、その……」
「はははっ、みくさんは本当に可愛いね。 でも、そんなに緊張しなくても大丈夫だからね?? ジェイムズも居るし、僕も居るから」
先生の優しい表情と落ち着いた声に、どうしても鼓動が速くなってしまう。
「あ、ありがとうございます……が、頑張ります」
照れてしまって目も合わせれないまま、私は俯きながら小さくそう呟いた。
それから私と先生は紅茶を飲みながら少しの間一緒に過ごす事になった。
その時間はとても楽しくて、私は心の中で早く来た自分の事を褒めていた。
「あっ、そう言えば僕に何か聞きたい事でもあるのかい??」
「……えっ??」
先生の不意の質問に私は素直に驚いた。
そんな事を聞かれるなんて全く思ってなかったから。
困惑する私を宥める様に先生は続けて言う。
「なんとなくそんな気がしたんだ。 勿論、何もないならそれでも良いんだけどね。
でも、もし気になっている事があるなら答えるよ??
仕事までまだ少し時間の余裕があるし、僕達はこれから一緒に働く仲だからね」
「い、いや……えーと」
ど、どうしよう、質問しても良いのかな??
でも先生は『本物』なんですか??なんて質問絶対良くないだろうし……。
「ふむ、占いと言う仕事に疑問があるのかな??
……いや、違うな、占いと言うよりは僕自身にかな。
みくさんは僕が占い師として『本物』かどうかを聞きたいのかい??」
「ど、どうしてわかったんですか!!」
先生の言葉に私は耳を疑った。
私の疑問をピンポイントで当てた事にまるで自分の心を読まれたんじゃないかと思ってしまう。
「ははっ、たまたまだよ。 決してみくさんの心を読んだわけじゃないから安心して。
それにしても『本物』かどうかかぁ、これは少し難しい質問だな。
僕にとっては世の中に居る占い師はみんな本物だからね。 でもみくさんの聞きたい事がそう言う事では無いって言うのもわかるし……うーん」
先生は目を瞑りながら首を傾げるとやがて何かを思い付いた様に目を見開いて、私に笑顔を見せた。
「そうだ! 今日は僕と一緒に仕事をしようか!! ジェイムズ、今日のお客さんは??」
「11時に真中和子様、15時に加藤真司様がいらっしゃる予定です」
「あれ? 今日は2人だけかい?? 随分とは少ないね」
「はい、旦那様が面接で疲れたからとおっしゃいましたので」
「あぁ、すまない、そうだったね」
ジェイムズさんとの会話を終えた先生は再び私の方へと視線を向ける。
「どうだろうみくさん、良かったらこの2人のお客さんを僕が占っている所を見学しないかい??
僕の言葉よりも行動を見た方がみくさんの疑問の『答え』が出る可能性が高いだろうからね」
「い、良いんですか??」
「構わないさ。 あっ、でも勿論仕事はして貰うよ??」
「は、はい!!」
「うん、良い返事だね。 それじゃあジェイムズ、後の事は任せたよ。
みくさんに色々教えてあげてくれ、僕もそろそろ準備を始めないといけないからね。
今日も紅茶美味しかったよ、ご馳走様」
そう言うと先生は徐に立ち上がりゆっくりと部屋から出て行った。
「それではみくお嬢様、私達もそろそろ行きましょうか。 どうぞこちらへ」
「あっ、はい!!」
ジェイムズさんに言われて、私も急いで立ち上がる。
手に持っていたスマホの時計は既に10時を過ぎていた。




