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笹と獺虎のコーヒーブレイク  作者: 仇 媒鳥
2/9

二話

 笹川悠介は、ズボンを下ろさずに、便器に座っていた。


 膝の上に置いたリュックサックから、黒い弁当箱を取り出す。


 いただきます、とささやかに呟き、昼食を食べ始めた。


 五階男子トイレの右から三番目、そこが笹川の居場所であった。


 クラスに居場所が無いという訳ではない。どちらかと言えば、笹川が自ずから、五階男子トイレの右から三番目の個室に自らの居場所を探し出したといったところだ。


 薄暗い個室の中、笹川は白米を箸でつっつきながら、とある確率漸化式に思いをはせていた。これがなかなか難しい。えっと……、この事象をa(n)とすると、余事象から逆算すると(n+1)回目の事象を表す漸化式ができて、それで両辺の対数を取った後に、nlog(n+1)/lognをb(n)とすれば三項間の特性方程式を使えるから……。


 腿の上に弁当を置いたまま、片肘を膝に乗せ、顎を手のひらの上に乗せる。そして目を閉じて瞑想するのが、笹川が思考する際の常であった。


 あとは因数分解して連立方程式を解く、でk,k+1を使った帰納法を用いれば、できた!


 笹川はクラスのHR長を務めている。頭も決して悪くなく、現在は高一にして独学で数Bや数Ⅲを先取りしている。塾には行かないのが笹川の流儀であり、この高校にもノー塾で入った。それが自分に合っていると、笹川は自負している。


 そこそこの難問が解け、ぽわ〜っとした満足感に一人で浸っていると、ドタドタドタドタと慌ただしい足音が廊下から聞こえてきた。


「なんだ……?」笹川は思考中の姿勢のまま、耳を澄ませた。


 足音は段々大きくなってきている。笹川には個室の壁しか見えないが、どうやらこの付近に近づいているようだ。


 ドタドタ、ドタドタ。…………。


 それまで一定のリズムで響いていた足音が、急に止まった。


 どうした……?と笹川が思ったのも束の間、今度はガラガラッ!と勢いよく窓が開かれる音がした。


 開けられたのは廊下の突き当たりの窓だろうか。


 ただ窓を開けるのに、何をそんなに急いでいるんだろう……?


 ドタドタ、ドタドタ。また足音が再開された。


 どんどん足音は大きくなっている。やはり近づいてきている。


 足音はまだ続く。どうやら足音の主はこの男子トイレの中へ入ってきたようだ。少し緊張感が走る。


 ドタドタッ!


 誰かが近づいてきて、気が張っていた笹川は、思考中の状態から片腕を下ろし、ゴクリと唾を飲み込む。そして、さらに耳を澄ませようとしたが。


 ダンダン、ダンッ!と何かを勢いよく踏み締めた音が聞こえ、そしてーー


「う、うそっ!」ーー何故か女の声が聞こえた。


 刹那、笹川の身体は上からの衝撃で、頭が床に付く形で二つ折りになった。


「痛って!」あまりの衝撃と驚愕に、笹川は思わず悲鳴を上げた。「なになになに」


 笹川は頭を上げようとしたが、何か重い物が後頭部にのしかかっているせいで全く上がらない。床のタイルしか見えない。


 暫くその体勢で固まっていると、ススーと布擦れの音と共に、後頭部にのしかかっていた何かが消えた。


 ゆっくり頭を上げると、そこには、この場所には明らかに不適当で、笹川が思わず目を疑ってしまうような存在がいた。


「…………」頭が真っ白になる。そう、真っ白。笹川は何も言えなかった。


 何も考えられない、というよりかは、脳が眼前の視覚情報を受け入れられない、といったところである。


「あ、えっと……」彼女は目を泳がせ、頬をポリポリと掻いた。


 便器に座っている笹川の前で、膝立ちになって決まりが悪そうな顔をしているのは、本来ここにいてはいけない人物。


 そう、つまりは、"女"である。


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