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猫じゃらしのオモチャ。
柔らかいささみ。
甘いおやつ。
ブラッシング用の櫛。
硬さの丁度いい爪研ぎ。
美味しい鰹節。
お昼寝用のゆりかご。
そして、赤い首輪。
まだまだいっぱいあるけれど、思い返して見ればあれらは全てグリードが私に度々持ってきた物達である。なぜ今こんなことを思い出してしまったのか。バッドタイミングである。私の頭よ、即刻記憶喪失になれ。
ーーー番には贈り物でアピールする。
もしかしなくても今までのあれらは私へのアピールという、ことで?その、まあ、獣人だって匂いがわかるってことは、私がグリードのあれだ、番とかいう……?
「…んんん!」
ボンっと全身の毛が膨らんだ気がした。意識した瞬間気恥ずかしくて暴れ出したくなるようなむず痒さを唸りで抑える。別に番だとはっきり言葉にされたわけでも好きだと言われたわけでもない。ただ、今までケモナーさんの戯言だと思って聞き流してきた言葉とか贈り物の意味を理解してしまって時間差で勝手に照れているだけ。見た目は猫なんだから表情わかりにくいとは思うんだけど、平静を保とうとする私とむず痒い私とでせめぎ合って凄く変な顔してると思う。
うん、だめだ。今の私ではこれ以上の事実は頭がパンクしてしまう。そしてそのまま醜態も晒してしまいそうな予感さえする。それでなくても自分が獣人だなんて思ってもいなかった事にびっくりしてるんだから。ここは1つ、今日は一度切り上げて日を置いてからこの話をーー、
「聡いラーナならもうわかるよね?」
上手くいかないのが世の中である。口開く前に被せるように遮ってきたぞ、この男。言外にお前が番だよと言われてる気がする。いや、言われてるよね限りなく。ただしきちんと言葉にはされてないからまだセーフだセーフ。
私は、何も、知りません。
というか、仮に番だとしてもなんでこんな逃げ道なくす狩りみたいな追い詰められ方されてんだ私。
「ちなみにね。獣人にとって互いに番の匂いはね、甘くて食べたくなるような気持ちにさせるらしいよ」
食べたくなるって何。思わずゾワってした。ゾワってしたよ今。見て、しっぽがブワッてなってる。それ食欲的な意味で?とか馬鹿なことは聞かない。違うよね絶対。でも待って。甘い匂いって言ったよね?グリードの説明に、一筋の希望が見えた。残念だったなグリードよ!何故なら!
「私は甘い匂いなんて感じたことない!」
だからグリードは番じゃありません!いつもグリードはハンナさんと似たような、スーッとした匂いばかりしていた。多分獣医ということもあって薬が身近にあったかだ。あくまで番だとは言葉にされてないから番じゃないですねと自ら墓穴を掘るような事は言わないけれど。番の匂いは甘いって言ってたけれど私はグリードにそんな匂いを感じたことは1度もない!大事な事だからもう1度言うが、ないんだよ!はっはっは!これは勝ちだとばかりにドヤ顔をしてやった。が。
「…、」
あれ、おかしいな。
気分は蛇に睨まれた蛙である。
グリードの笑みが深まった気がするんだが。悪い方に。
「それはそれは。説明してなかったね。実は僕、獣医をしているから配慮して自分の匂いは消してるんだよ」
相手は匂いに敏感な動物だからね。
瞬間、ブワリと身体に纏わり付くような甘い甘い、それは甘い香りが鼻腔をくすぐった。これ、は。
「ねえラーナ、僕の匂いはどう?」
「っ!」
にこにこと人の良さそうな顔で近寄ってくるグリードに私は心の中で白旗を上げた。それ以上近づかれると、つらい。あまりの甘い香りに息が出来ないような錯覚に陥るし、多分実際そうなってる。まるで酩酊したような気分だ。
「ま、て!近づかないで!」
慌てて制止するけどグリードはそのままそばまで来たかと思うとひょい、と私を抱き上げた。その瞬間悟った。ダメだこれ。びっくりするほど触れられたところが熱い。なにこれなにこれ。おまけに感じたことがないくらい気持ちよさが痺れのように体を支配してる。雲の上を歩いているのか思うほど体がふにゃふにゃだ。もはや理性とは?状態で、気づけば抱き上げられたグリードの胸元にスリスリと顔を擦り付けてしまっていた。
「可愛いね、ラーナは」
頭上からグリードの声が聞こえる。いつもみたいに言い返したいのに口から漏れるのは甘えたような鳴き声ばかりである。自分でも聞いたことないくらい喉もゴロゴロしている。だって全部気持ちいいのだ、グリードの全部が。もっと撫でて欲しい。触れて欲しい。触れてたい。あったかい。気持ちいい。段々思考レベルが落ちている自覚はあったが、悪くないとさえ思った。
おいおい私チョロすぎねえか?とどこか頭の片隅で思うが、いや、これ、完全に私陥落してると認めるしかない。
「ーーナ。ラーナ」
「ん〜」
「ラーナ。ずっとこうしていたいけど、話の続きをしないと」
「ん」
多分ずっとは名前を呼ばれていたのだろうが、私はそれを言葉と認識できないレベルででろでろだったらしい。ようやくそれを言葉と認識できる頃には徐々に理性が戻ってきてーーーそして。
「なっ!!!!」
絶句した。
なんということでしょう。
私、なんと、人間姿になってる。それもマッパで。いつの間にか床に座っていたグリードの膝上にのり、その腰に腕を巻き付け抱きつくようにしていたのだ。多分押し倒したのだと思う、私が。顔色を赤くしたり青くしたりとパニックになっている私にグリードは着ていたジャケットを掛けてくれた。もう遅い気がしないでもないが、いそいそと体の前面を隠す。心許ないが今は仕方あるまい。
「ちょっとは落ち着いた?」
「…いや。無理でしょこの状況」
だって未だグリードの膝の上だ。おまけに私は初めて人間姿になってしかも全裸。薄くなったとは言えグリードからは甘くいい匂いがする。さっきまででろでろだった自覚はあるから穴があったら入りたいレベルで恥ずかしいのに、同じくらい本能はグリードから離れたくないという。なんだこの状況は。顔を両手で覆うしかない。
「うんうん、ごめんねラーナ。まさかラーナがこんなに匂いに弱いとは思わなかったんだよ」
「絶対わざと!」
ムカつくからグリードの胸元をペシペシしたけど、先程ふにゃふにゃになってた私の体はまだうまく力が入らない。
「でもわかったでしょ?僕達番だって」
「……それは、まあ」
自分で自分が制御できないくらいにはなりましたし?認めますけど?認めますけど、でも、心が追いつかない。だってこれは、獣人としての本能が勝手に動いた結果でしょ?確かにグリードにくっついてると気持ちいいし落ち着く。でもそこに私の意思がきちんとあるかと言われるとわからない。だって番とか言われるのも、番だとあんなことになるなんて体験も初めて。でも遠い昔の私の記憶もあるから本能だけで決めるなんてできない。だからさ。
「…グリードは、番だから私に構ってたの?」
本能だけじゃなくて、ちゃんと、理性の部分でも納得できるだけのものが欲しい。つまり何が言いたいかって言うとさ。番だとかなんだとかいう前に、グリードの気持ちはどうなのって話。
「拗ねてる?」
「拗ねてない!」
「ほんと、ラーナは顔にすぐ出るからわかりやすいね」
恥ずかしくてグリードから顔を背けると、頬を突かれた。意地でもそっち向かないからな!そんな私をクスクスと一頻り笑っていたグリードだったが、ふぅ、と一息つくとぎゅうっと私を抱きしめる腕を強めた。そのまま私の頭にスリスリと頬を寄せる。
「僕はね、ラーナに会えた時キセキだと思ったよ。番だって本来滅多に出会えるものじゃないんだ」
あの日。初めてグリードと私が会った日。そういえば、来店したかと思えば棚の商品に目もくれず真っ直ぐに私の所にやって来たグリード。もしかして、番が居てびっくりしていたのかもしれない。
「獣人は半分は獣だから匂いで番を判断する。けれどもう半分は人間だから、いくら番だって好意がなきゃアピールはしないんだ」
「そう、なの?」
「うん。初めて会った時、疲れてきってた僕に、ラーナは大丈夫?って言ってくれた。それだけで堕ちたよ」
案外僕はチョロいんだよ、なんて笑うグリードの吐息が擽ったい。グリードは初めて来た時からそうだったけど、来るたび凄く疲れたような顔していた。最初はあまりにぶっ倒れそうな顔してたから、言葉が通じないのはわかってたけど思わず大丈夫?なんて言ったような気もする。あとはプリティな猫ちゃんである私を撫でて癒されるがよい!的なノリでスリスリしたような気もする。まあ、その直後の求婚にドン引いたわけなのだが。今思えばあの時グリードを堕としていたわけだ、私が。つ、罪な女だぜ、私よ。でもさ、毎回疲れた顔して来るから苦手な相手でも一応心配はするじゃん。
「…元気のないグリードはなんか嫌だし」
ほら、今だってまだ目の下に隈がある。スリ、とグリードの目の下をなぞると、今まで見たことないくらいふにゃりとグリードが微笑んだ。それがいつものグリードより幼く見えて、しかもそのまま手にスリスリまでしてくるのでドギマギしてしまった。一瞬、不覚にも!グリードが可愛いと思ってしまったぞ。
「はあ…もう可愛い。ラーナ可愛い。なんだこの可愛い生き物は」
手はされるがまま、グリードが固定し始めたのでまだスリスリされておる。おいおい急にどうしたグリード。可愛いbotになったのか?ん?botってなんだ?わからんが遠い昔の私がそう言っている。とりあえず可愛いのはお前だ。そのうち手にちゅっちゅっし始めるから、もう、私、ドウシテイイカワカラナイ。
「グ、グリード」
とりあえず手を!手を離そうかと意思表示するも、逆にがっちり掴まれて痛いほど握られる。あ、と思った時には射抜くような視線に絡め取られた。
「ラーナ好きだよ。好きだから番になって欲しい。ラーナの全部、僕にちょうだい」
気持ちが欲しいとは思った。貰えたところで私はグリードをどう思えるかもわからないけどとも思っていた。でも。いざ貰えるとなると、自分でもびっくりするくらい胸のあたりが暖かくなって、ああ、これは幸せというやつなのかもしれないと悟った。けど何も言葉が出てこなくて。
私は、真っ赤になりながらも自分の意思で頷くしかなかったのである。
番は脈あり。
番から甘い匂い。
番を抱きしめてる。
番が目の前でほぼ全裸。
グ「この状況で押し倒さないだけ、僕の理性に感謝して欲しいな」
ラ「」
グの理性レベルは高い。




