3
なぜかハンナさんは居らず、ここには私とグリードだけになった。
何かに気を利かせたハンナさんが「あとでまた迎えに来るよ」とだけ言って部屋を後にしてしまったのだ。匂いの話になった途端こうなったわけだが、獣人と匂いに何か関係があるからだろう。席を外すってことは、獣人にとって重要な話なんだろうけど。ハンナさんがいなくなったのと、何の話をされるかわからなくてちょっと不安だ。しかもあのグリードど一対一で、いつもの私と違って逃げずに対時してるってのも慣れない。
「さて、ラーナ。突然だけどハンナさんの匂いはどんな風に感じる?」
「え…それってさっきの匂いがどうこうの続き?」
「そうだね」
何の話をされるかと思えばハンナさんの匂い?ちょって拍子抜けしたけど、言われた通りハンナさんの匂いを思い出してみる。
「…うーん、いっつも薬草のスーってする匂いかなあ」
「そう。それ以外の匂いはしない?」
それ以外?ああ、そう言えば、お風呂に入った後のハンナさんは薬草の匂いが薄れて、ちょっとおひさまみたいな匂いがする。夜はいっつもハンナさんにくっついて寝ると、日向ぼっこしているような心地よさで眠れるのだ。
「ラーナが思い浮かべてるそれが、その人本来の匂いなんだよ。獣人は、人間が感じ取れないレベルの本来の匂いに殊更敏感なんだ」
なるほど。じゃあグリードが私のことを獣人だとわかったのは、私本来の匂いに気づいたから?え、私変な匂いとかしてないよね??自分の匂いってわからないからなあ。一応女の子だから体臭には気をつけたい。…いや、うん?ちょっと待て。
「でも、私本来の匂いがわかったところで、イコール獣人だとわかるものなの?」
「同族ならすぐわかるよ。ただ種族が違う場合は人型の時はわかりにくかな。…さて、ラーナには獣人の習性を教えないとね」
どういうことだ?という顔になっていたらしい。グリードがクスリと笑う。教えてくれるみたいだから話の続きを促す。
「獣人には人間にはない習性があるんだ。番、だよ」
「番…それって死ぬまで添い遂げるとかそういう系の?」
「正解。一度番ったら死ぬまで離れないんだ。相手が亡くなってしまったとしても余程の事情がない限り再び誰かと婚姻することもない。でもその場合って番じゃないから、長続きしないらしいけどね。そんな習性だよ」
番というからなんとなくそうかな〜と思ったら当たりだったらしい。いくら習性とは言え、死ぬまで離れないってすごい強制力でも働いてるのかな…。相手がいなくなっても余程じゃなきゃ再度結婚しないって、もはや死んでも離れないっていう執着に近い何かを感じる。私も当事者なはずなのに、どこか遠いことのように思えるのは人間の感覚を覚えてるからだろうね。
「番を選ぶことは一生に一度だけ。だから獣人にとってとても重要な意味を持つんだ」
「獣人って、なんかこう、すごいのね」
愛が重てぇ。
いやね。人生そうそう好きな人がコロコロ変わったり、結婚を何回もするもんではないけれど、前世の感覚からするとずっと一途ってのもなかなかすごいよね。グリードが言うには、番を見つけたら贈り物でアピールしまくって番ったら数ヶ月は蜜月が続くらしい。もう何をするにも男性側がお世話したがるらしくでろでろに甘やかされるとか。女性側は暫く外を歩けないと思ったほうがいいんだって。もう一度言う。愛が重てぇ。思わずチベスナ顔になったけどしょうがないよね。獣人、こわい。
「さて、ここでラーナに問題です。獣人は大事な番を見つける時、何を頼りにしているでしょうか?」
…この流れでわからないはずがないんだけども、なんとなく答えたくないというか。雲行きが怪しくなりそうな気配を感じるんだが、どうか私の思い過ごしであって欲しい。
「ラーナ?」
「…っ、」
わかってるでしょ?と言わんばかりの笑みをグリードは浮かべている。せめてもの抵抗で考えるフリをしてグリードから視線を外したりしたが、そうすればするほど見えてきてしまう事実に、冷や汗が出てきた。変なところで優秀な働きをする私の頭よ、今は馬鹿なままでいて欲しかった。
「ラーナ」
「…い、いや、わからないかなあ?」
「ラーナ」
「わ、わからないって」
「ラーナ」
お、押しが強い。こんなにもただの笑みに圧を感じたことはないぞ。
「さあラーナ。答えは?」
「…………、匂い、デス」
「はい、正解」
結局折れてしまった。でもあんだけ前フリあったら間違えない。満足気なグリードとは反対に私の気分はだだ下がりだ。こんなのは私の考えてた事実が確かな物だって言ってるようなものである。違うと信じたい。でも獣人が番を見つける為の匂いはまず獣人にしか感じ取れない。という事は。私の事を匂いで獣人だとわかったと話していたグリードは獣人だという事である。そしてもう一つ。獣人が匂いに敏感だとは言え、相手が獣人だとわかる理由。先程の話が万が一にでも間違いでなければ…。
番である。




