蝉の泣き声
初投稿です。
拙い文ですが、少しでも良いなと感じてくれたら幸いです。
「蝉はね、鳴いているんじゃなくて、泣いているんだよ」
茹だるように暑い、ある夏の日。
降り注ぐような蝉時雨の中、昔、祖父が俺に話してくれたことを思い出した。
足元で引っくり返った蝉が小さく、途切れ途切れに鳴いている。
いや、泣いているのか。
きっと、この蝉はもうすぐ死んでしまうのだろう。たった七日の命だ。
汗が頬を伝い、地面に落ちる。
ポタポタと落ちていく汗が、涙に見えた。
「蝉のオスは、メスと交尾するために、メスと添い遂げる為に鳴いているんだ」
夏休み、祖父母の家の縁側で、当時小学生だった俺に祖父は語った。
俺はソーダ味の棒アイスをかじりながら、捕まえて虫かごに入れた蝉を観察していた。
「でも、じいちゃんはそうは思わないんだ。確かにそれもあるけれど、じいちゃんには蝉が泣いているように聞こえるんだ」
何年も土の中で暮らして、やっと外の世界に出られたと思ったら、たった七日しか生きられない。
生きたいって、もっと生きたいって、泣いているんだよ。
祖父は少し寂しそうにして、虫かごをそっと撫でた。
俺はそんな祖父の横顔を目にして、何故だか胸の奥が苦しく感じ、虫かごに手を伸ばした。虫かごの蓋を開けて蝉を手に取り、観察する。蝉特有の鳴き声を上げて、精一杯脚を動かしている。暴れる蝉を潰さないように、でも離さないように近くの木まで移動し、目線の高さにある枝の上に置いた。
木の枝の上に置いた瞬間、蝉は何処かへ飛んで行ってしまった。飛ぶ瞬間におしっこを顔にかけられてしまって、思わず声を上げた。
それを見た祖父は笑って、蝉のおしっこを拭う俺の頭を撫でた。
気がつくと、足元の蝉の鳴き声は止んでいた。足の先で軽くつついても、動くことはなかった。
沢山、泣いて、泣いて。ひたすらに泣き続けて。
もう、疲れてしまったのだろう。
俺は適当な石ころを拾って、近くの木の下に穴を掘った。
蝉を両手で包み込み、何となく見つめてみる。脚をぎゅっと閉じて、虚空を見つめる姿は、もうそこに命は無いことを俺に知らしめた。
手の平の中にある亡骸はとても軽い。それなのに俺は、まるで重石を抱えているかのように動けなくて、手を放すことも目を逸らすことも出来ず、しばらくそのままでいた。
どれくらいの時間が経ったのか分からない。三十分か一時間か、実際は一分も経っていなかったかもしれない。遠くで俺を呼ぶ母の声が聞こえた。
腕時計を見ると、祖父の葬儀の時間が迫っていた。
俺は、蝉の亡骸を先程掘った穴に入れ、丁寧に土を被せて、手を合わせた。
立ち上がり、数歩足を進めたところで、振り返る。視界には、一部がやや盛り上がった地面と一本の木、そしてその背後に森が広がっているだけだった。
蝉時雨に混ざって、祖父の声が聴こえた気がした。
沢山の蝉の泣き声を背に受けながら、いまだに俺を呼ぶ母の元へと急いだ。
最後まで読んで下さり、有り難うございました。