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「んで? 2人はドアに穴を空けて、警官に取り押さえられたと…」
トラ柄の髪の毛がよく目立つ、スーツが破れんばかりに筋骨隆々の男は、目の前の男女の愚行が綴られた報告書を読んで、ぽつりと結末をつぶやいた。
「いえ、違いまーす。クウガ君が穴を空けましたー」
「ちょちょっ、先輩、あんた、ふざけん…」
「ほう? じゃあその右腕の部分についている木クズは?」
「クウガ君の壊したものの破片がくっついたんですぅー」
「…なるほど、じゃあクウガ」
「課長、これは先輩が…」
大男はクウガににらみを利かせ、押し黙らせた。そしてゆっくりと立ち、要らなくなった書類を手元にあるシュレッダーにかけながら口を開ける。
「お前は始末書を書け」
「はぁ!? なんで俺がこんなことやらなきゃいけないんすか!?」
「よっしゃぁー---!!! あたしなーんも悪いことしてないからねぇ!!!」
2人の反応はまさに天国と地獄であった。
「ただ、蔵屋敷…」
「んえ?」
彼は先ほどよりも虎を彷彿とさせる険しい顔で蔵屋敷に詰め寄る。
「お前、1か月給料なし」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なんで!?」
しかし、大男の采配により、反応は地獄と大地獄にリフォームされてしまった。
「…いいか? ドアを大破することは、まあいいとする。何故、その拳を俺に充てなかったのか、明日までに考えておいてください」
課長も大概頭がおかしかった。
ー1時間後
「さて、報告書はさておき、話は聞いた。“橋モン”なんだってな」
「はい、そうなんですよ、それで先輩が指示を仰ぎにここに戻ったんです。」
「なるほど。 …今後の話をする。クウガと蔵屋敷はそのまま調査課のところへ行き、状況を聞け、俺は“橋モン”の手続きをやる」
「はい」
「ぶぅー」
「…おい、蔵屋敷、これ以上そこの隅でいじけてると、さらに減俸するぞ」
「はい、すみませんでした、黄金課長」
彼女の立ち直りの速さは1秒にも満たなかった。
作者でなければ見逃していた。
「話は以上だ。早速ことに当たってほしい。 …とは言ったが、もう定時か、帰るぞ。飲むか?」
「あ、はい、俺はいいっすけど…」
クウガの視線は隣のぴえんな蔵屋敷へ向かった。
「はっはっ、大丈夫だ。今日は俺のおごりだ。明日からビシバシ働いてもらうからな。」
「課長、それマジ!?」
「おう、行くぞ」
ー30分後
ここは居酒屋『なろう』
3人、主に2人、の目の前には酒やら刺身やら枝豆やらが大量に並んであった。
「…お前ら、遠慮って言葉知っているか?」
「やだなぁ、課長そんなの昔の話だよ? 今はグローバル化ですよ、グローバル。遠慮なんて海外にはありませんよ。」
「いや、殴るよ? お前の血で広域な水溜まり作っちゃおっかなぁ?」
「えー けち臭いなー だから32なのに出会いがないんすよー ぷくくくー」
「こんの…」
蔵屋敷の返答に青筋を浮かべながら、握りこぶしを笑顔で作った。
殺されると思い、クウガは黄金のおちょこに並々と日本酒を注ぐ。
「ま、まぁまぁいいじゃないですか、ほらもっと飲んでくださいよ。ね?」
「ん、あ、あぁ」
「にしてもさー、今回の“橋モン”はどの類なんだろうねー 課長」
うつ伏せのような変な姿勢で蔵屋敷は黄金に尋ねた。
「ん? …おそらく、超人系か異能系だろう。」
「あーやっぱり先輩の予想通りっすね。」
クウガは先輩の経験の豊富さに感心していた。
ー-
橋モンとは、『新たな世界』からの異世界転移者のことである。
…決して某ゲームから転用はされていない。
世界は無数存在しており、それぞれ独自の世界の法則性がある。この世界の管理局はこの世界を“一般世界線00001”と命名し、そこから膨大な量のデータベースを20年の時を掛けて今もなお貯蓄し続けている。今正式に認められている世界線の本数は463本である。そうして新しく干渉してきた世界線を文字通り『新たな世界』
転移してくる人間は、スキル、魔法、聖遺物、異形と様々な能力を持っていた。
それぞれを異能系、魔術系、聖遺物系、超人系と一般的には区別されている。
その中で、分かったことがいくつか存在する。10年前に学会が発表したものに準じて挙げると以下のようになる。
其一 個々の能力は元の世界の法則に準ずること
其二 世界線同士が干渉したら互いの言語は無条件で話せるようになること(ただし文字は不可)
其三 認知しているもののうち半分の世界線は“一般世界線00001”と価値観が共通していること
etc...
このように、カオスに見えた世界線は、その全貌を総括してまとめると実はわかりやすいものであった。
20年前の2030年は世界規模の混乱が起こった。転移者の黄金大量生成のスキルによるハイパーインフレ、魔法による首脳国大統領複数名の大量暗殺、異形の者が先導する国家樹立、などなど。そして意外だったのは、そのすべてが一般世界線00001出身であったことだ。
これらの主犯格は、自身の、もしくは他者の社会への不平不満を解消し、当事者たちは善意の名のもとに行った。しかし、それは大勢の無関係の人間を巻き込む奔流となり、世界経済ひいては世界政治にも影響があった。
よって、その事態に直面した一般世界線の人類は国際組織を設置、これがクウガたちの務めている場所である。
名前を『Window for All Residents who Transport to/from Earth』通称WARTEという。
ー-
「いやぁ、でもどういう能力ですか? じゃあ」
とくとくと、課長に酒を注ぎながらクウガは聞いた。
「危険察知関係なのか、それともステルス関連なのか… 詳しいことはわからん、まあ、わかることはそれくらいだな。仕事もそうだが、今は飲むぞ!」
「そうだよ、黄金課長!!! その意気だー! これから呑みは当分無理だから飲むぞー!?」
「あはははは、課長も先輩もほどほどにしないとやばいっすよ?」
「「「かんぱー…」」」
ー40分後
「まあ、基本的にはーあらしとくーがでなんとからるれしょ」
「そーだそーだ、おれにはおまえらちがいるからまかせられる」
そこには、耳まで真っ赤な蔵屋敷と、日本酒『虎の子』を抱きかかえながらわめく漢、黄金、そして、冷めた目でドン引いているクウガがいた。
「ダメだ、こいつら」
目上の者の世話をする風習は現代でも健在である。