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【読切】もしもの未来史

作者: 真西七海

10年前

海外に追従するように、遂に日本でも「安楽死」が国家で認められ、同時に安楽死装置「箱舟」の試験運用が開始された。

「箱舟」は近未来の卵型ベッドというかスタイリッシュな棺桶というデザインで、「箱舟」の中で横たわり中からスイッチを押すと、最初は睡眠ガスが封入されることで眠りにつき、5分後に致死性のガスが封入されることで死に至る。

本人は苦しむことなく眠るように死ぬことができる装置だ。


安楽死が認められたのは「余命1年以内の重病患者、かつ回復する見込みがなく、さらに本人(代理人不可)が延命治療を拒否し安楽死に同意した場合」に限った場合だった。


8年前

「重病」の中に「心理的病理」も認められた。

これにより、例えば「うつ病で、本人が治療を拒否し、安楽死を希望した」場合でも、安楽死が認められることになった。

結果、毎年20~30代の世代の約1割が、安楽死装置「箱舟」によって若い命を閉じることになった。


5年前

事態を重く見た政府は、65歳以下の世代の安楽死装置「箱舟」の使用を禁止しようと動き出した。

しかしこれにより、安楽死装置「箱舟」の使用を禁じられる前にと死のうと、使用希望者が急激に増加してしまい、65歳未満の人口は7,000万人を切ろうとするほど、一気に減少してしまった。

政府は、慌てて安楽死装置「箱舟」の使用禁止を撤回した。


そして、世界は大きく変わることになる。

65歳未満の人口の急激な減少により、65歳以上の年金世代の人口が、日本の全人口の5割に達することになった。

また、労働力も急激に減少し、様々な企業は相次いで倒産していった。

安楽死者が増加したことで、企業は体力を失った。

体力を失った企業が倒産し、路頭に迷った社員は心を病んだ。

心を病んだ人間は、安楽死を希望した。

こうして、日本は終わりの見えない死の螺旋に落ちていった。


社会の様相も変わっていった。

子育て世代の人口が激減したため、少子化が加速した。

学校は次々と廃校し、都市部の公立校でさえ廃校となったのもあった。

小・中・高・大すべてである。


教育関連の企業も倒産していった。

塾も予備校も教材販売もすべてである。


人がいないので、不動産業界も相当なダメージを受けている。

空室のマンション・アパートの急増もさることながら、倒産企業が相次いだ為、ビルも空室だらけだし、街はさながらゴーストタウンだ。


また、個人が自由に死を選べるようになったことで、保険の需要が激減した。

人は、万一に備えて生きるより、万一が起こる前に死んでしまう様になってしまったからだ。


相対的に老人の人口が急増したため、社会保障が追いつかない。

増税につぐ増税が行われ、今やサラリーマンの手取りは給与明細の3割にも満たない。

しかも、企業の業績は年々減少している為、給与そのものも減少している。


これにより人々の生活は圧迫され、娯楽やサービスの産業も大きなダメージを受けた。

旅行に行かず、レジャーに行かず、外食すらせず。

人々は、糊口を凌ぐだけで限界だった。


しかし、こんな時代でも、通信業界だけはダメージは少なかった。

人間、どんなに経済的に苦しくなっても、スマートフォンだけは手放したくなかったらしい。


3年前

政府は「65歳以上であれば、健康状態にかかわらず、希望すれば安楽死を認める」という法案を出した。

要するに「老人は自主的に死んでくれ」と言っているだ。

これには、日本国内外から大きな非難が集まった。

非人道的だとか、人権無視だとか、差別であるとか、命を軽視しているとか。


しかし、実際施行されると、驚くほど希望者が集まった。

希望者の老人の方々は、今の日本の現状を憂いており、自分たちが死ぬことで自分の子供達の生活が楽になるのならと、自ら進んで死を選んでいった。


勿論、自死なんて望まな老人だってたくさんいた。

だが、日本人の同調圧力というものは恐ろしいもので、次第に社会は「老人になったら進んで死ぬべき」という異質な空気で覆われた。


そして、その空気に耐えきれなくなった人々も、進んで死ぬようになってしまった。

安楽死装置「箱舟」は、戦争以上に、人を殺した。


現在

日本の総人口は6,500万人

0~19歳の世代は25%、20~64歳の世代は60%、65歳以上のシニア世代は15%

人口は一時期の半分にまで減少してしまった。

とはいえ、あれだけ「少子高齢化問題」が声高に叫ばれていたのに、たった10年で解消してしまった。


日本の平均寿命は70歳まで短くなってしまった。

なんてことはない。日本人は70歳前後で、みんな安楽死を選択してしまうのだ。

医療分野が発達しているから、本当なら100歳は生きられるそうだが


また現在、高齢化解消の影響かわからないが、減税政策が一時的に施行され、日本経済は辛うじて持ち直した。

税率を戻す時期は、まだ名言されていない。


激減した人間に代わり、なんでもかんでもロボットやAI仕事するようになった。

ショップの店員やコンビニのレジにも人間はいない。

街の半分はロボットが闊歩するようになったのだった。


10年前と比べ、日本はすっかり変わってしまった。


――

―――

「じゃあ、逝くか」

俺は妻の手を握った。

妻は俺の隣で静かに微笑んでいる。


初登場から10年、安楽死装置「箱舟」も改良が進み、現在では2人で入れるデザインも開発されている。


長年連れ添った最愛の妻と一緒に逝けるとは、なんて私は幸福だろうと思う。

「生まれた時は違えど、同時に死ぬことを願う」は『桃園の誓い』だったろうか?

あれは義兄弟だよな。妻に使うのは違うかな?


「箱舟」の中で2人で横たわる。

閉じられたドームのガラス越しに世界を見ながら、自然と言葉が出てきた。


「お前のこと、愛しているよ」


もし、

もしも昔に安楽死の制度ができなかったら、今も安楽死が認められていなかったら、

そんな世界があったら、俺はどんな人生の最期を迎えていただろうか。


そんな、考えても仕方のないことを考えていると、いつの間にか眠気が襲ってきて、そして―――


本作品はフィクションです。実在する団体・企業とは一切関係がございません。

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