殴りますよ?異世界人なら殴りますよ?
いい加減、異世界転生チート野郎がむかつくのでボコボコに殴ってやろうと思って書きました。
殴られた。
"魔法少女"に。
殴られた。
1.僕の世界
体育倉庫の床には彫刻刀が転がっている。
「歯が丸いのは丸刀、三角なのは三角刀だっけ?これは何だっけ?平刀?」
手首から流れ出す血は止まらず、意識が朦朧とする中、そんなどうでもいい事が思い浮かぶ。
中学校に入学し、僕はバスケットボール部に入部した。
バスケットボール部に入ったのは、低い身長を伸ばすため
ではなく、好きな人がバスケットボール部にいたからだ。
少しでも彼女を近くにいたかった、同じ部活で同じ時間を過ごしたかった。
「下手過ぎ、全然周りが見えていない」
3カ月もすると同級生との差は歴然としてくる。
元々どんくさく、どんなスポーツにも向いていない僕に先輩のストレスの矛先が向けられた。
体育倉庫に呼びつけられては、トレーニングと称し、砂の入ったボールを投げつけられた。
母が入れてくれたスポーツドリンクは、生意気だと没収された。
トイレの水を飲んでいるのを見つけられ、アンモニア臭いとも揶揄された。
それでも、どんな苦痛があっても、彼女の近くにいたかった。
その姿を彼女に見られるまでは。
助けて欲しかったんじゃない、恥ずかしかった。
ただただ、イジメに堪える情けない姿を見てほしくなかった。
消えてなくなりたかった。
それが僕が"この世界から消える理由"だった。
2.アナザーワールド
「こちら建設部隊、設置完了。これより内装に取り掛かる」
森に設置された簡易テントの前線基地では、各部隊から続々と進捗報告が上がってくる。
残り時間は約2時間、やらなければならないことが多すぎる。
責任者は焦る気持ちとは裏腹に、冷静に的確に指示を出していく。
「観測部隊よりデータを受信、モニター出ます」
オペレーターに声と共に、50インチほどの画面にウェーブパターンと数値が表示される。
「現在I値は周期が約800、強度は4です。出現までの残り時間は推定1時間20分」
(当初の予測よりも早い、いや30分程度は誤差の範囲か)
責任者はそんなことを独り言ちながら、モニターの数値を凝視する。
「今のところ特殊なパターンではないですが、各値が高いですね」
そう声を掛けてきたのは解析班の班長だ。
「部隊編成の変更は必要だと思うか?」
出現するものによっては、全く作戦が異なってくる。
だからこそ、様々なケースを想定し、部隊を配置させているのだが。
「通常編成で問題無いと思いますが、ファーストコンタクトのシナリオをどうするかですね」
班長からの決まりきった回答にうんざりしつつも、特殊なケースで無いことに安堵する。
「幸い最近は出現が少なかったからな、アクトレスも揃っている。後はライター次第だ」
アクトレスのスタンバイは完了している。温かいスープも用意済み。リハーサルで最後の詰めだ。
責任者はモニターに表示された残り時間を確認する。残り1時間。
「いつでも来い、チート野郎」
3.僕の転生
春のような暖かな風が頬を撫でる。
目を覚ますと少し強い日差しが周囲を確認させまいと飛び込んでくる。
ゆっくり、ゆっくりと僕の視界に世界が広がってくる。
「ここは・・・どこ?」
浮かんだのは極々当たり前の疑問。
僕は、あの体育倉庫で、彫刻刀で。
「天国?いや夢?」
目の前に広がる風景は、北欧を思わせる丘陵地帯。
丘には一面に美しい花々が咲いている。
古典的だが頬をつねってみる。痛い。痛覚はある。
大地に触れてみる。土を掘ってみる。爪の間に土が入り込む。
草を毟り取り、両手でコネてみる。手の中に青汁が完成した。うわっ汚い。
「・・・なんかリアル過ぎない?」
天国か?夢か?VR-MMOか?なんだか良くわからない世界に僕はいる。
「ははっ、異世界転生しちゃったとか?」
とりあえず、ここにいてもしょうがない。ここがいったいどこなのか調べることが第一だ。
「川の水って飲めるのかな?」
近くに流れる小川の水はとても澄んでいて飲めそうだが、如何せん僕は都会育ち。
水道とペットボトル以外から水など飲んだことがない。
「南アルプスの天然水とかと基本同じだよね?お腹壊さないよね?」
生きていく上で水の確保は死活問題だ。なりふり構っていられないと手で水をすくい、一気に飲み干した。
「あぁーーー、生き返る」
ふと、のどの乾いた人なら誰もが口にする言葉にハッとする。
「僕は死にたかったんじゃないのか?」
一気に気持ちは落ち込み、うな垂れた。
川面にそんな僕の顔が映っている。と、その顔の異変に気付く。
「誰だ・・・これ?」
川面に映っていたのは見知らぬイケメンだった。
僕はこの世界でイケメンに生まれ変わっていた。
4.僕の出会い
ルンルン気分で川沿いを歩く、時々川面で自分の顔を確認し、ニヤつく。
もう死にたいなんて気分は吹き飛んでいた。
生きていれば丸儲け"ただしイケメン"に限る。
しばらく歩くと一軒の家屋を発見した。
出で立ちは、まさに北欧の一軒家という感じのログハウスだ。
庭のもの干し竿には白い大きなシーツを掛けてられている。
人がいるかもしれないということに安心感を覚え、
流行る気持ちを抑えきれず、小走りに家屋に近づいていく。
その時、そよ風に煽らて白い大きなシーツが舞い上がる。
息を飲んだ。
鼓動が高鳴った。
白い大きなシーツの先には『天使』が立っていた。
銀髪のショートヘアーに猫のようにクリクリとした碧い瞳、
透き通るような白い肌、細すぎるような手足、右耳にはイヤモニのようなアクセサリーを付けていた。
身長は150cm程度、年齢は中学生くらいだろうか?
胸は・・・僕の好みのサイズだ。
現実では見たことの無いような、僕の理想の天使が立っていた。
「あの、どちら様ですか?」
白いシーツを不安げに胸に抱え、その天使が訪ねてきた。
何と答えたら良いのだろうか?
『死のうと思ったら、お花畑にいてイケメンになっていたんですか、どういうことですか?』
なんて言える訳がないが、嘘を言えるほど現状を把握できている訳でもない。
「実は気づいたら、この先の丘に倒れていて、ここがどこかもわからない状態なんです。家族と連絡を取りたいので、電話を貸して欲しいのですが」
相手を混乱させない程度に、素直に現状を話した。
この世界に家族も来ているのかはわからないが、今、僕が頼れるのは家族ぐらいだ。
「電話?ですか、魔力通話のことでしょうか?」
今、魔力って言いました!?やっぱりここは異世界なんですか?
と、ワナワナと興奮していると、
「魔力通信機は玄関に置いてありますから、どうぞお使いください」
天使が微笑みながら、快くこちらの要望に応えてくれた。
(どうやって使うんだこれ?)
玄関に置いてあったのは、見た目は昔の黒電話のような据え置き式のものだった。
だが、全く異なるのは"ボタンが何も無い"という点だ。
しばらく魔力通信機とやらを持ち上げたりひっくり返したりしていると。
「あの、魔力通信機を使ったことが無いんですか?」と天使が声を掛けてくれた。
天使が黒電話に向かって、手を差し出し、何かを呟くと、黒電話が青白く発光しだした。
「起動はしましたので、連絡を取りたい相手を思い浮かべて"コール"と呟いてください。
遠くの方とお話すると魔力を多く消費しますから、気を付けてくださいね」
僕に魔力が無かったら、通話できないのだろうか?そんな不安を抱えつつ、
家族の、母親のことを思い浮かべ「コール」と呟いた。
5.僕の可能性
天使の名前は"リエリ・ノートブック"と言うそうだ。
朝から何も食べてないことを伝えると、温かいスープとパンを振る舞ってくれた。
リエリちゃんマジ天使!
食事している間もリエリちゃんは「食べれますか?大丈夫ですか?」とこちらの様子をチラチラと伺ってくる。
もう一度言おう!リエリちゃんマジ天使!
「それで、これからどうするんですか?」
と食事を終えた僕に紅茶のようなものを差し出しながら訊ねてきた。
そう、魔力通信は失敗に終わった。
「コール」と呟くと、受話器からピーガガガとノイズのようなものが聞こえたかと思ったら、
バツンと大きな音がし、通信機から煙が噴いた。
リエリちゃんはワタワタと慌てふためき、えい!と通信機に水をぶっかけた。
「気にしないでください。元々古くなっていたものなので、いつ壊れてもおかしくなかったんです」
通信機を壊してしまったことに、平謝りする僕にそんな優しい言葉を掛けてくれた。
(うう、お金を稼いだら、絶対弁償しますので)
そんな訳で、実家?との通信は失敗に終わり、頼る当てを失ってしまった。
リエリちゃんによると、この家から2km程度先に小さな町に貧困層などを手助けしてくれる教会が存在し、職を失った人などは、皆そこに庇護を求めるそうだ。
異世界に来て、いきなり生活保護を受けるとは・・・
「もう夕方ですし、今夜はこちらに泊まっていってください。明日、一緒に教会に向かいましょう」
どこまでも優しいリエリちゃんを拝みつつ。ふと、あることが気になった。
「リエリちゃん、今夜、ご家族は?」
リエリちゃんはなんでそんなこと聞くのかと疑問を浮かべた後、顔を真っ赤にしてこうつぶやいた。
「家には私一人ですけど、襲い掛かっちゃダメですからね?」
眠れない。眠れるわけがない。
ログハウスに部屋割はなく、寝室と居間が繋がっており、僕は居間に布団を敷いてもらい寝ていた。
同じ屋根の下、一目惚れの天使が寝ているのである。
健全な男子なら期待しない訳がない。
いや、このチャンスを逃してはならない、この世界に来て変わったんだ。
僕はイケメンに生まれ変わったんだ。
しかも、僕はそこいらの鈍感主人公やラッキースケベと一緒にされては困る。
僕はルパンダイブのできる男である。
意を決し、屈伸し、両手を合わせ、ベッドに向かいダイブした。
その瞬間、寝室の窓が粉々に砕け、黒い大きな塊が僕に襲い掛かってきた。
黒い塊が僕の胴体に直撃し、勢いでログハウスの玄関まで吹き飛ばされる。
不意な出来事に気が動転していると、黒づくめの人物が黒い塊を構えなおし、
こちらに放とうとしているのが見えた。
「いったいなんなんだ!?」そう叫びながら、玄関の扉を開け、外に飛び出す。
放たれた黒い塊が先ほどまで転がっていた場所をえぐりとっていく。
「ハンマー?鎖付きのハンマーか!」あ、あれだ。鬼がかった人が持っていたやつだ。
黒づくめもログハウスを飛び出し、こちらを追ってくる。
三度、ハンマーが解き放たれる。避けられない。
ふと頭によぎる。
"あのハンマーをさっき胴体にもろにくらって、僕はどうだった?"
「僕は異世界に来て変わったんだ!」
ハンマーを避けず、ドッジボールのように胸で受け止め、強引に鎖を引き千切る。
「お返しだぁああああ!」
ハンマーに怒りの感情を乗せ、黒づくめの人物に投げ返す。
投げ返されたハンマーが今度は黒づくめの胴体に直撃し、そのままログハウスの壁に激突、消し炭となった。
「そうだ、リエリちゃんは!?」
黒づくめの強襲者に気が動転していたが、落ち着きを取り戻し、マイ天使のことを思い出す。
ログハウスから出てきた様子はなく、あの騒ぎで起きない訳がない。
巻き込まれてないことを祈りつつ、ログハウスに向かってダッシュをしようとすると、
暗闇から優しい声で囁かれた。
「ごめんなさい。一人取り逃がしていましたね」
月明りの下、マイ天使が微笑んでいた。
6.ディレクション
「I値の周期1,134を超えました、強度は7!出現します」
モニターには"美しい丘陵地帯"の映像が写し出され、"花畑"中心に魔法陣が形成されている。
魔法陣は大きな輝きを放ち、今まさにその効力を発揮しようとしていた。
眩い光にモニターが真っ白になる。オペレータは数値を確認に告げる。
「出現しました、モニター回復します」
モニターには、花畑でのん気に寝入るイケメンの姿が映し出されていた。
「すぐに解析を開始、これより当該対象をC95と呼称する。ハウスに連絡し、準備を整えろ。本番だ」
責任者の号令に、前線基地は一層慌ただしくなる。
C95はこの世界についての知識は無いようだ。コンソールを開き、ステータスを確認する様子も無い。
だが、解析班の報告によると推定レベルは85、攻撃・防御共に並外れた値である。
「観測部隊より連絡、C95がリエリ・ノートブックと接触した模様です」
指令室に二人の音声のライブで届けられる。
「C95の心拍数高くなっていますね、ふふ。流石若手No.1アクトレスのリエリちゃん」
解析班の班長はそんな軽口を叩いているが、まずは対象に好印象を与えたようだ。
「魔力値を正確に測定したい、誘導できるか?」司令部からリエリにディレクションが入る。
「魔力値の解析結果は"測定不能"計測器が壊れたようです」
これは国家を転覆させるほどの大魔法を個人で行使できるということ。
唯一の救いは、解析により使用できる魔法がまだ一つも無いということがわかったことだ。
「こいつに魔法を覚えさせてはいけない。魔法を覚える前に処分する」
夜になり、補助魔法の部隊をログハウスの周囲に展開していた。
その時、部隊の一部から悲鳴があがった、テロ組織のアサシンが隊員に成りすましていたのである。
アサシンの人数は約15人、レベルは約40と通常の隊員では歯が立たない。
「アサシンは私たちに任せて、リエリはC95を監視、場合によっては殲滅すること」
ブリーフィングをしていたアクトレスのリーダーより指示が飛ぶ。
「アサシンがログハウス内に侵入!」
その伝令を聞くやいなや、リエリはログハウスに向かって跳躍していた。
7.典型的なチート野郎
リエリは告げる。
「あなたは異世界からの来訪者です」
リエリは告げる
「私たちはあなたを監視、観測していました」
リエリは告げる。
「あなたはこの世のものとは思えない強大な力を保有しています」
リエリは告げる。
「あなたはこの世界にとって危険な存在です」
リエリは告げる。
「だから排除します」
糞ったれな現実とおさらばして、異世界へ転生。チート能力でウハウハ第2の人生。
「とは上手くいかないんだね」
おそらくリエリは、この世界の法であったりを守る側の人間だ。
例えここで逃げても、今後も僕を排除しようとしてくるだろう。
「それでも、この人生をもう一度やり直したいんだ」
リエリは答えない。
惚れた弱みだ、彼女を殴ることはできない。
兎に角、逃げの一手だ。さっきの戦闘で感じたとおり、リエリが告げたように
僕は超人的な能力を獲得sitet☆ΔO9eja@ek~
「やっと効果が出てきたようですね」
思考がまとまらない。手足が重い。視界がふらついている。
「なにを・・・」
ふらつく頭を抑えながら、リエリに問いかける。
「一晩掛けて、あなたにデバフ魔法をかけ続けました。延べ1,000人がです」
途方もない。僕一人に1,000人でデバフ?イジメにもほどがあるぞ。
ふらつく僕を確認し、リエリは首から下げた赤い宝石に両手を添え、叫んだ。
「マジカルチェンジ!バーニングフォーム!」
リエリの体が炎に包まれ、見に纏っていた服が田舎の素朴な女の子から"炎の魔法少女"へ変化した。
「お別れです、異世界の人。はぁぁぁぁぁぁっ!はぁっ!」
リエリの右手が紅蓮に染まり、ロケットにような勢いで突撃し、僕の顔面を殴り飛ばした。
脳が揺れ、大地に飛ばされ、際限なく転がると先回りしたリエリによって上空に蹴り飛ばされる。
なすべなく上空に打ち上げれれていると、目の前にリエリが現れた。
「これで終わりよ!バーニング!」
リエリの右手が再び紅蓮に染まる。
「オーバー!!!」
紅蓮の拳が胴体に直撃し、
「ブレイク!!!!!」
大地まで叩きつけられ、魔法の行使による大爆発が起こった。
「どっちがチートだよ、ちくしょう」
8.魔法少女
目の前には魔法少女が立っている。
「去年はアラモード、今年はハグ?来年はなんだっけ?スター?」
力の流出は止まらず、意識が朦朧とする中、そんなどうでもいい事が思い浮かぶ。
助けて欲しい、惨めでもいい。
ただただ、この世界でなりたい自分になって生きたかった。
消えたくなかった。
でも、最後の強がりを。
「惚れた魔法少女に倒されるなら本望かな?」
リエリは告げる。
「私は魔法少女ではありません、女優です」
それが僕が"この世界から消える理由"だった。
エピローグ
春のような暖かな風が頬を撫でる。
目を覚ますと少し強い日差しが周囲を確認させまいと飛び込んでくる。
ゆっくり、ゆっくりと僕の視界に世界が広がってくる。
「お母さん?」
ああ、スポーツドリンクが飲みたいな。
書いていくうちに、僕くんの方が良いやつで、リエリちゃんの方が冷たい印象になってしまい反省です。
リエリちゃんはもっと正義のヒーローっぽく書く予定だったんだけどなぁ。
次はもっとゲスな異世界転生野郎をリエリちゃんに殴ってもらいます。