わたしのどこが好きなんですか?
ところで、そろそろ王都に着くようだ。
あと一日くらいのところまで来ている。
ご主人様もわたしも惰性で来ているところがあって、正直なところ旅の目的のようなものはないに等しい。
あえていえば、呪われた姫様とかいう人を治しに行く旅ではあるが、本当に呪われているのかもわからないし、治せるかも不明だし、ただなんとなくな部分が大きい。
ちょっと間違えば観光に行って帰るだけの旅路だ。
「のう。主様よ」とサージ。
「なんだ?」
「そもそも主様の旅の目的は、この国の呪われた姫君を治すということでよかったかの」
「ああ。そうだけど?」
「どうやって、城の中に入れてもらうつもりじゃ?」
「ああ……そうだな」
ご主人様は神妙な顔をしてうなずいた。
サージは言葉を待つ。
わたしも無言のまま、ご主人様の言葉を待つ。
待つ。
待った。
けれど……。
無言。ひゅるりと風が一陣駆け抜けた。
「主様、もしやなにも考えておらぬな……」
「なぜ、バレた」
「いや、主様は、考えておるようで考えておらぬからな」
「まあなんとかなるんじゃないか。このチート能力で辻ヒールするとかさ」
辻ヒールとは、その名のとおり辻において無差別的に治療行為をおこなうことである。
王都といえども、おそらくは貧民街があるだろうし、不健康な人間や怪我をした人間なんてどこにでもいる。そうやって名声をあげていけば、そのうちお城にも呼ばれるかもしれない。
そんなことを思いながら、わたしはようやく知性の暴走が収まるのを感じていた。
いまなら、わたしは普通の平均的な少女だろう。
「ご主人様」
「おう」
「あまり目立つのは、お好きではないのですよね?」
「そうだな」
「あの、わたしが代わりにやりましょうか?」
「え、クリアが?」
「いまのわたしは、ご主人様に治されてから八時間くらいの間は魔法を使えると思いますし、ただのヒールくらいなら、簡単に使えますよ」
グレイト・ヒールも使えるだろうが、それは黙っておく。
わたしを治せるのは、ご主人様だけ。
それでいいと思った。
だって、それは絆だ。わたしは白痴のままだと困るからご主人様に治してもらわなくてはならない。
代わりに、ご主人様のお世話をする。
なんて、安定した関係性だろう。。
おもわずうっとりするくらい、天才的発想だ。
「ところで主様よ」
「ん。なんだ。サージ」
「そろそろはっきりさせておきたいのじゃが」
「はっきり? なにをだ」
「主様は、わらわを抱かぬのかえ」
「ぶほっ」
ご主人様は盛大にスープを吐きこぼした。
正直なところ、わたしは、サージがそれを言うのを認識していた。
今日の朝のように神のきざはしにかかるほどの知性がなくとも、なんとなく、女としての勘が告げていた。
あとはいつ言うか。それだけだったといえる。
「あー、そうだなぁ……」
ご主人様はチラリとわたしを見る。
どうしてそんな視線を向けるのだろう。
「主様が、そこな娘を好いておるのはわかっておる。だが、わらわとて女じゃ。好きな男子には抱かれたい」
「こっちの世界のニンゲンって、いつも思うんだけど、わりと直球だよな」
「あたりまえじゃ。生も死も常に隣あわせではそうもなろう。いつ奴隷になるかもわからんそんなところじゃぞ。運が悪ければ戯れにオークどもの苗床にさせられるような、そんな世界じゃ。主様とてわかっておろう」
「それはわかっているんだけどな」
「娘よ。お主はどう思っておるのじゃ。嫉妬で気が狂いそうか」
「わたしは……」
いくつもの言葉が胸の中にひしめいた。
けれど、その言葉はついに唇から先に出ることはなかった。
「なんじゃ。煮えきらんのう。だったら、お主はわらわの言うことに賛成したものとみなすぞ。よいな」
「うー」
「ふん。知性が落ちた振りをするでない」
「わたしは、ご主人様の自由意志を尊重したいと思っております」
「くだらん遁辞だな。お主は単に自分で決めるのが嫌なだけじゃ」
確かにそのとおり。
わたしは自分で決めたくない。
なにひとつ自由意志が尊重されない奴隷のままがいい。
奴隷とご主人様という関係こそが、わたしとご主人様を規定している。
わたしが自由意志を述べることで、その関係性が壊れるのが怖い。
怖いけど――。
でも、いやだ。
それ、わたしのって言いたい。
おこがましくも、ご主人様はわたしのものだって言いたい。
この所有欲は、わりと原初的で、だから知力が落ちてもずっと残留している。
むしろ、知力が高くなればなるほど、そんな想いには引きずられなくなる。
だから――、その想いは、より『わたし』に接着していると言えるだろう。
「いい眼をするではないか。いつもは知性ばかりは高くとも、死んだ魚のような目をしておるのにのう」
「ご主人様を……」わたしはサージを見据えて言った。「とらないでください!」
「との、ことだが、主様はどうなんじゃ」
「え、っと。そうだな。オレとしては、べつにかわいい女の子ならわりと誰でもいいけど」
外道だった。
ご主人様、それは鬼畜すぎる所業です。
がっくり。
「でもまあ……、三人でするのって趣味じゃないんだよな」
少しだけ、わたしは顔をあげる。
ご主人様は照れくさそうに頬をかいて。
「だから、サージ。おあずけだ」
ご主人様は、口は悪いけれど、やっぱり誠実だった。
わたしは不甲斐なくも、涙がぼろぼろ出ちゃって、前が見えなくなる。
サージはなぜか愛くるしい顔をニヤリと歪ませて
「あいわかった」
と言った。
最初からそうなることを予想していたのだろうか。
「案外、簡単に引くんだな」
「そりゃそうじゃ。エルフは長命種。すぐに寿命を迎える人間と違い、未来にはいくらでも時間があるからのう。そこな娘に興味が薄れればわらわがおいしくいただこうぞ」
「気の長いことで。オレも枯れるかもしれんぞ」
「それこそ問題ない。ご主人様は自身にグレイト・ヒールをかければよかろう」
「ん。そうなのか。そういやいままで試してみたことなかったな」
その日は予備のテントを張ることになった。
わたしはご主人様に久しぶりに抱かれた。
☆
あ、痛ったー。
こしがいたいよー。ごしゅじんさま、じぶんにかいふくかけたら、ぜつりんだし。
もうだめだ。うごけないよー。
ああ。でも。
でも、ごしゅじんさまがスヤスヤとねているの、かわいいな。
わたしはごしゅじんさまのあたまをそっとつつみこむ。
きのう。わたし、きいてみたんだ。
わたしのどこがスキなのって。
そしたらなでてくれたよ。
あたま?
ちがうちがう。
あたまじゃなくて、おまえのかみのけってふわふわしててさらりとしててスキだって。
うん。やっぱりね。
そうだとおもったよ。
ごしゅじんさま。やたらとわたしをなでてくるんだもの。