魔法とは計算である
魔法とは何か。
――計算である。
サージが言っている言葉は非常に当を得ている。
魔法とは計算だ。
正確には――"計算間違い"。
ご主人様にはおそらく理解できないだろう。
しかし、見せられている魔法陣とは、計算補助器具のようなものであり、彼女が語る理論を文理として解釈すれば、即座に意味を了解しうる。
魔法とは極限すれば、一足す一を繰り返すことに他ならない。
しかし、その数値が宇宙的な規模に達する。
億を億乗し、京を京乗するよりも遥かに大きい数を操作し、なんども繰り返すことによって、やがて、一足す一が三になるという不可解な現象が起こるに至る。膨大というのもアホらしくなるほどの超計算を繰り返すことで、宇宙が疲弊する。
やがて――。
宇宙は絶対の法則であるはずの数に対してすらエラーを返す。
一足す一は三になる。
この因果の破れを、現象へと転換することが魔法の原理である。
あとの、どのような現象へという部分は瑣末事に過ぎない。魔法の根源たる魔法力とは、ただのとてつもない計算能力に過ぎないのだ。
もちろん、その計算は脳内によっておこなうわけだが、脳内だけで購いきれるものではないだろう。
人間が使っているのはおそらくは創造神の計算能力だろうと推測される。
エルフは神に対するアクセス能力が高いのだろう。
神とは算術的な存在なのか。
そういった次第で考えると――。
「ご主人様」
「なんだ?」
「わたし、たぶん魔法を使えるようになりました」
「なんじゃと。誰にも師事せずにか」
サージが目を丸くして驚いている。
わたしは、人差し指を軽く空に突き出し、解析した"計算そのもの"を唱える。
恋愛を保持しようと必死なわたしにとっては若干の負荷がかかるが、しかし、この程度のリソースであればまだ余裕がある。
わたしの指先には小さな炎が灯り、夜闇を照らしていた。
魔法とは知性の光である。ご主人様は破顔した。
「へえ。やるじゃん。頭よくなったからかな」
ご主人様はわたしの頭を撫でた。
「ご主人様……んんっ」
逃れるように首を動かすが、ご主人様は容赦なくわたしの頭をわしわしする。
髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまうのが嫌なのに、そうやってわしわしされるのがそうまで嫌でもなく、わたしの態度は中途半端なものになってしまった。
これではムズがる子どもそのものだ。
しかし――、
そんなかわいらしさすら、今のわたしはわずかなリソースを割いて計算してしまっている。
このあざとさはご主人様にどれだけ性的な興奮をもたらすか、そんなことを考えてしまっている。
わたしは、計算し、計算する。
知性が光のようにどんどん加速していくのを感じる。
おそらく――。
この魔法力を持ってすれば、ご主人様のグレイト・ヒールに匹敵する魔法は使用可能だろう。
つまり、わたしはご主人様に治してもらう必要はなくなったと思う。
実際に試してみるわけにもいかないが、魔法の最奥原理を掴んだ今、わたしにとってはヒールもグレイト・ヒールもさほど変わらない。
ただ、少し、計算の桁が違うだけだ。
そんなの、ちょっと頭の中に自動計算するマクロを形成すれば、さほど苦労することもなく神に対してアクセスできる。
けど、やらない。
わたしの知性が再び緩やかに下降していくのを感じているが、それは地に足がつくような安心感を覚えもした。
白痴もそんなに悪くはない。
ただ、少し不安なのは、ご主人様の成長はおそらく今後も続くということだ。
そうなったら――、わたしはどうなるのだろう。
IQが400や500を越えた時、どうなるのか、まったく予想がつかない。
すべてのリソースを圧倒的な計算能力にまわして、無駄計算を魔法として排出するしかないかもしれない。
だが、それはわたしの器としての限界を越えるかもしれなかった。