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知性が氾濫する

 で、つまり――。


 わたしの感傷などご主人様には一ミリも伝わりませんでした!


 というか、しょうがない面もある。

 わたしは何も言っておらず、ただただ不安であると伝えたのみだ。


 知力があがるということは、べつに悪いことではない。

 わたしにとっても、それは夜道を照らす明かりのようなもので、料理に使う包丁のようなもので、要するになくてはならないものなのだ。


 だから、ご主人様に回復してもらうことに嫌だと述べるつもりはないし、実際に嫌なわけじゃない。


 ただ、この多義的で不安定な心を、ご主人様は理解していないというのが、とても不満ではある。


「そういえば、わらわにそのバフというのは乗せることができるのかの?」


 突然、サージが思いついたかのように言った。


「あー、どうだろうな。たぶん無理だと思うぞ。こいつのように魂が脳の欠損を覚えているからこそ回復させようとするという行為に意味があるのであって、おまえはべつに脳のどこにも悪いところはないんだからな」


「ふぅむ。そうか。残念じゃの」


「ぜんぜん、残念じゃないです」


「ふむ。小娘のほっぺたがリスのように膨らんでおるわ」




 ☆




 で、よるになったよ。

 あーもう、あたまのなか、えっちのことしかかんがえられぬー。

 ごしゅじんさま、やっぱりはずかしいのかな。

 えるふいたら、わたしとえっちしないみたい。

 こまったごしゅじんさまだな。

 もっと、ヨクボウにすなおになってもいいとおもうな。


「おい。そろそろ始めるぞ」

「あいあーい」


 ごしゅじんさまによばれる。

 わたしんなかに、やっぱりモヤっとしたこころはのこってるけど、ごしゅじんさまはあたまのいいわたしのほうがスキみたい。

 だったらしょうがないよねっておもう。


 あたまをなでられるのはスキ。

 やさしいかんじがするから。

 なでなでされる。


「グレイト・ヒール」


 いつもよりひかりがたくさん。

 ぴかぴかひかって、ほしぞらがふってきたみたいだった。


 そして、わたしは覚醒する。

 知覚範囲が突然拡大し、いままでのわたしはまるで眠りについていたかのように意識が混濁していたことを悟る。


 それは万能感に近かった。

 とても、マズイ。


「どうだ。調子は?」

「あー……。そうですね。特にかわらないみたいですよ」


 違う。これは非常にマズイ兆候だ。

 端的に言うなら――、

 わたしの中の恋心が、どこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな力を感じる。

 知性とは、畢竟、飛び立つものなのだろう。

 わたしの知性が――、爆発的な勢いで星を飛び立ってしまいそう。

 星とは、わたしの世界の中心とは、ご主人様だったのに。


「いまのおまえのIQは257くらいあるみたいだな。オレの倍はあるぞ」

「ふむう。見た目も反応もまったく変わらんのう。本当に頭がよくなったのかの?」


 それは当たり前だ。

 わたしはリソースの大半を割いて、ご主人様への恋心を維持している。

 結果的に、わたしのIQは100程度になっているのだろう。

 これは、おそらくずっとつま先立ちしているようなもので、その状態をいつまでも保つことはできそうにない。心が散逸しても呼び戻すことは可能だが、ずっとひとつのことに集中できる人間はいないように、ずっと四六時中同じ人のことを想い続けることは不可能に近い。


 しかし、ああ……。


 こんなにも――。


 こんなにも計算しなければ、知性とは、理解とは、コントロールできないものなのか。


「なあ、おまえ、頭よくなってるって感じあるか?」

「そうですね。えーっと、たぶん大丈夫ですよ」

「3567×8451は?」

「30144717です」

「あってるのかわからんが、すげえな」

「主様よ。それでは質問の意味がないぞ。ふむふむ。ちょっと計算するから待っておれ。おう、あっておるわ」

「お、そうか。サージも素で頭がよかったからな。おまえらすげえよ」


 サージについて褒めるご主人様。

 こんなにも、わたしの心は霧散しようとしているのに。

 苦しい……。

 計算が追いつかない。

 恋とは、無限にも等しい超計算能力が必要なのか。

 頭の中が、ぼーっとする。

 こんなにも明瞭な意識を保っているのに、脳が煮立っているかのように熱い。

 わたしはよろめくように、その場にしりもちをついた。

 

「なんだ疲れたのか?」

「あ、いえ。ちょっと」

「魔法とは本来からだに悪いものでもあるからのう」


 サージは焚き火の用意をしながら、ご主人様に問いかけている。


「主様よ。人間よりもエルフが魔法に長けている理由をご存知か」

「頭がいいからか」

「そうじゃ。エルフのほうが人間よりもインテリジェンスが高い。ゆえにエルフのほうが魔法が得意なのじゃ」

「そもそも魔法って、なんなんだ?」

「なんじゃ主様。あれだけの大魔法を使いながら無意識じゃったとは天晴れよの」

「まあ、所詮はチートだからな」

「神からの授かりものであろうとなかろうと力は力じゃ。恥ずべきことではないと思うがの」

「オレのことはべつにいいんだよ」


 計算する。

 ご主人様が、チートを恥と捉えている。

 しかし、そこには自己肯定的な部分も存在する。承認欲求を認識しつつ、それを他者から認められることもまた欲している。

 なんと卑小な存在だろうか。

 違う!

 わたしは、それを"かわいい"と再定義する。

 ご主人様はかわいらしい。それはペットをかわいがるような浅ましい心理状態であったが、そういうふうにシークエンスを構成しなおさないと、わたしの心がバラバラになってしまう。

 知性が氾濫している。


「まあ、分かりやすく言えば魔法とは計算じゃの」

「計算?」

「そうじゃ計算じゃ」


 サージが手のひらに魔法陣を浮かび上がらせる。 

 小さな円形の、蒼い光を放つ魔法陣。

 その光の軌跡を脳内に刻み込み、解析をかける。

 急速に拡大しつつある知性が、魔法陣の本質へと手を伸ばしかけている。

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