月旅行(10分で終了)
多重層立体魔法陣を展開。
それらを規則的に配置する。
座標設定開始。地面から少し浮いたところにある出現した球体型の魔法陣は青白い光をまといながら、ゆっくりと回転している。
それらが少しずつ大きさを変えて八つほど周りに浮いている。
ちょうど、星間構造に似ている。
わたしたちが立っているのは、そんな楕円軌道する球体の中心――、つまり太陽の位置だ。
「それでは行ってくるがの。族のことは任せたぞ。チャクリ」
「はい。お姉さま」
「いってくるねー」
「いってきます」
ご主人様とわたしも挨拶を済ませ、一気に跳躍した。
長大な距離の移動であるが、転移魔法はその名のとおり空間自体を歪ませるものだ。
須臾という時間概念すら存在しうるかしえないかぐらいの、ギリギリの最小単位において、膨大な演算を超圧縮させることによって、物理法則を一部無効化するという方法をとっている。
要するに、魔法の根源である超計算による因果の破れを時空間に対して引き起こしているのだ。
これって、たぶんやりすぎると空間自体が壊れかねないと思うのだが、無窮の広さを持つ宇宙においては、わずか人間程度の質量が空間転移したところで、壊れる心配はほとんどなく、天文学的な確率になる。
考える必要は――、まあ今のところはない。
人類がもし宇宙に進出して、ワープ航法を開発してしまったら、環境破壊が問題になるかもしれないが、それはその時代の人間たちが考えればいい。
実際にわたしたちに起こったことは視界がたわんで、気づいたら違う場所に立っていたというような感覚だった。
もしも事前に説明がなければ、自らの失見当識を疑うような場面である。
地面は大理石か何かのように綺麗に舗装されていて、風のない空間に、太陽が照りつけていた。
もしも、大気がなければ、太陽風によってわたしたちは燃え尽きていただろうが、アドミンの気遣いか、風はなくとも息は吸えるし、取り立てて暑さも寒さも感じない。
ただ、いのちのない空間は、ひどく物悲しくもあった。
「うーむ。ここにはいのちある存在は場違いな感じがするのう」
「さみしい場所だね」
サージとご主人様の感想も概ねわたしと変わらない。
大理石のようなつるつるの地面が平坦にどこまでも続いていて、視界の遥か向こう側には、鉛色をした山々が見えるが、それ以外は特になにごともなく、のっぺりとした空間だ。
灰色の平坦な場所というのが、わたしの感想だ。
目的地は、少し歩いた先にある真四角の建物らしきもの。
これも持ち主の感性を疑うような、一切の芸術性を感じさせないのっぺりとした作り。
アドミンの性格を考えると、どうにも似合わないような気もしたが、わたしへの対応はあくまでも、わたしの知性に合わせたものだ。この平面的なつくりは、アドミンの本性をあらわしているのかもしれない。
ゆっくりとした歩調で五分ほど歩いて、建物の前まで来た。
しかし、ここには玄関も何もない。
『どうやって入ればいいんですか』
アドミンとのラインを使って問いかけると、
『入っておいで』
と、返信があった。
わたしは困惑しつつも、建物に手を触れた。すると、音もなくニュっと扉の大きさくらいの空間が開いた。
まるで生き物が口をあけたようなそんな動きだ。
わたしは少し怖かった。
エミュレータаはきわめて人間的に本能的な恐怖を抱く。
思わず、ご主人様とつながっている右手をギュッと握り締めたほど。
ご主人様はおもしろいと思ったのか、ムニムニと握り返してきた。
どうやら、ご主人様は特に恐怖を感じていないらしい。
もしかすると、創造神とあったとおっしゃっていたご主人様は、ここに来たことがあるのかもしれない。
薄暗い通路を歩いていく。
歩くそのそばから、地面が淡く白く光り、足元を照らしていく。
周りにはいくつかの見慣れぬ生命の標本が、筒状のケースの中に入っており、わたしの見た文字盤に似た構造の薄い膜のような板が空中にいくつも浮かんでいる。
そのひとつを手にとろうとしてみるが触れない。
板のかたちをした精霊なのかもしれない。だが、サージに聞くと、サージも見えていた。
これはいったいなんなのだろう。
ご主人様の話にあった中では、パソコンが近いか。
空間投射型のスクリーン。あるいは魔法陣なのかもしれない。
板はなにやら計算か記憶かをしているようだったが、今はわたしたちには関係がない。
風変わりな空間を抜ける。
「よくきたね。わたしがアドミンだよ」
アドミンは、なんの気構えも気負うところもなく、ただ漫然と大理石の椅子に座っていた。
王者が座るような椅子。
そこにちょこんとすわっているのは、わたしたちと見た目的には変わらない人間の少女。白色のローブを身にまとい、白い髪に白い瞳の、精巧なお人形といった印象を抱いた。
年のころはわたしとそんなに変わらないと思う。
ただ、少しだけ違うところは、瞳の中に星があるということぐらいだ。
比喩的な意味で、星のように輝いているというような感じではなく――
わりとがっつりとした感じで、五芒星が描かれている。
見ているだけで気が狂いそうになるほど、膨大な演算処理をおこなっているのが見て取れる。
彼女の論理構成は――人の認知レベルを超えている。
したがって、彼女の論理は、わたしたちにまったくもって伝わらない。
それはエミュレータを通じた翻案処理ということになるだろう。
だが、見た目的には柔和な態度だ。
「ああ、失礼。座ってもいいよ。君たちの知性は椅子に座るレベルに達している」
もしかしてギャグで言っているのか?
知性の差が激しすぎて、揶揄なのかギャグなのかの判別がつかない。
アドミンが指を少し揺らすと、その場から灰色の椅子がタケノコのように飛び出てきた。
わたしたちは座る。
「アドミンさん。ここには色がありませんが、なにか意図するところはあるんですか?」
「んー。特にはないかな。この身体も魔法と特殊なセルロイドを混ぜ合わして作ったものだし、強いてあげれば、わたしの趣味ということになるね」
「さきほど通路で見た、謎の生命の入った筒も趣味ですか」
「うん。あれも趣味。戯れにこの星が生まれてから、絶滅寸前だった生命をデータ化しているんだけど、特に目的はないよ」
「わたしたちを標本にするために呼んだわけではありませんよね」
「君の本質はずいぶん怖がりなんだね。まあ、そんなことはしないよ。オラクルでラインがつながっている以上、君の生態データは逐一、わたしの元に送られてきているようなものだしね」
さりげなくストーカー行為を宣言されてしまった。
しかし、それは本題ではない。
わたしは、ここに来なければならなくなった理由を聞く。
「そう、なぜプリンセス・ソフィアを倒してほしいかだったね。それは、とても言いにくく、そして説明しにくいことなんだけど……」
アドミンは少し言いよどんだ。
自分の行動を完璧に調律できるであろう彼女からしてみれば、こんな些細な行動もすべて演技に違いない。
IQが600を越えているわたしにも理解できない難解な理由はなんだろうとは思うものの、彼女に説明してもらうほかないのだ。
「……まあ、わたしの我侭が理由だよ」
「え?」
「だから、わたしの我侭が元になって、プリンセス・ソフィアという存在が生まれてしまったってわけ」
「よくわからないのですが」
そこから先の、アドミンの話は、あまりにもスケールが大きいものだった。




