究極の知性とは孤独なのだろうか
『さて、あなたにやってもらいたいことは伝えました。いかがいたしますか?』
YES/NO
再び選択肢が表示される。しかし、突然のことすぎて、わたしは今回の選択には躊躇した。
驚くべきことに、その選択すらもアドミンにとっては予測済みだったらしい。
『わかっているよ。君にメリットがない。そういいたいんだね』
『そうですね。わたしは強いて超越知性と対決したいと思っているわけではありません。なにより自分と同じぐらいの知性がいたとして、なぜその人を排除しないといけないのですか?』
トップは二人もいらないなんて、そんな対立思想はわたしにはない。
そもそもの話。
わたしは、ご主人様との関係さえ続けばそれでよいと思っているところがあって、呪いさえどうにかなってしまえば、王都に住む人たちがどうなろうが知ったことじゃない。
レノンもレオナードも、サージすらも。
わたしは切り捨てることができるだろう。
わたしは博愛主義者ではないのだ。
『しかし、このままだと君の大事なご主人様は今よりもっと知力が落ちることになるよ』
呪いの特性か?
確かにご主人様の幼さは少しずつ進行しているようにも思える。
だが、今のIQ600の知性なら、呪いを止めることも可能なはずだ。
『植えつけられた呪いが最初期であれば除去もできたんだけどね。今の君ではもう追いつけないほど脳のいたるところに根を張っているよ』
『あなたなら、それをどうにかできると?』
『いいえ』
拒絶の表現。文字を打ち込むまでのわずかな時間にアドミンの人柄を推測できる。
それはたぶん、人の限りを知る優しさだろう。
『君自身がどうにかできるようになるだろう。つまりわたしに会うということは、神の秘薬を得ることになるということだよ』
『知性が上がる?』
『そうだね。今の知性の100倍以上はかたいね』
『そんなに知性があがると、わたしは壊れてしまう』
『神の智恵を甘く見てはいけない。今の精神ストラクチャで限界があるのであれば再構築すればいい。その設計図をメタデータとして内包している。神の秘薬で君が傷つくことはない』
『あなたは……』
わたしは少し躊躇した。あまりにも馬鹿げた推量。
けれど、エミュレータаは何度も稟議を繰り返している。
この推量はきっと正しい、と。
わたしは言った。
『あなたは孤独を感じているのですか?』
『……これは驚いた。"???$B>c(B?????$B%f(B?$B&039;c(B?"』
『え、なんですか?』
『失礼。いまわたしの言語でPINGを打ってみた。やはり通らない。君の知性はわたしの言語レベルに到達しているわけではない。にもかかわらず――、異なる言語レベルに位置するあなたが、そのような稚拙な言語を使って、数ナノセカンド秒で真理へと到達するのはいったいどういう原理なのだろうね。知性とは光であり、あなたはその特性をよく引き継いでいるということか……』
『おっしゃってる意味がよくわかりませんが、確かに光は電磁波であり、電磁波には電波も含まれますので、あなたの言葉が電波っぽいのは理解できます』
『あはは。辛辣だね。図星だったんで、ちょっとびっくりしたってだけだよ。わたしは孤独なんだ』
アドミンの言葉にはよく理解できないところがあるが、おそらくはわたしの何百倍もの知性を有しているのだろう。人間と蟻ほどの知力の差があるだろうが、わたしはアドミンの言葉に耳を傾けるしかない。
『どうやって、アドミンさんにお会いすればよろしいのですか?』
『跳躍してもらうのが早いかな。簡単に言えば、ワープとか転移魔法のことなんだけど』
『いまのわたしの知力なら、そちらのほうがいいかもしれませんね。どこに行けばいいんです』
『あー、アドミンはいま月にいます』
『月って、空にある月ですか?』
『そうです。百億光年先とかじゃなくてよかったですね。たかが38万キロ程度しか離れていませんよ』
月とこの星との距離は、地球と変わらないらしい。
生物が生まれるための条件設定は、この距離関係と決まっている。
物理法則自体の設定が、生命が生まれるための宇宙の在り方を規定している。
どうしてそうなったのかはたぶん神様にもわからない。
宇宙自体が、生命を育みたいと願ったせいかもしれない。
ともかく――、その神秘的な数値にしたがって、38万キロという距離を飛べばアドミンに会えるようだ。
『あ、正確な座標は送っておくからね。無理しないで来てね』
『どうせ拒否権はないのでしょう』
『拒否権はあるよ。権利という概念はなくても自由という概念はあるだろう。君はいつだって愛しいご主人様を棄てて自由に生きることができるはずだ』
『本当に行きませんよ』
『ごめんごめん。言い過ぎたよ。まあ、わたしがなぜプリンセス・ソフィアを倒してほしいかも含めて、説明するから、今すぐとは言わないまでもきてほしいな』
『わかりました。あ、でも……』
『どうしたの?』
『空気はあるんですか?』
☆
当然のように、空気はあるように設定したということなので、座標さえ間違えなければ問題ないらしい。
転移魔法の効率的な運用方法も教えてもらったし、あとは魔法を発動させるだけだ。
「で、さきほどから長時間、なにやらオルガンでも弾くように手を動かしておったが、何事なのじゃ」
サージがジト目でわたしを睨んでいた。
悪かったとは思うが、しかたない面もあるのだ。字面だけで見れば、たいした情報量ではないように思われるかもしれないが、そこに含有する情報量は、巨大な図書館を総覧するかのようだった。
アドミンとの会話だけでもIQが数十はあがったような気がする。
それほど豊かな会話だったのである。
おそらく、老練な講師が子どもに問いを発するように、わたしが考え、検討し、知識を深めるような手助けをしてもらったのだろう。
表面上は、ひょうひょうとしたとらえどころのない軽い人格のようだったが――。
というわけで、周りに気をつかえるほどのリソースを割けることができなかったということなのだ。
「神様と対話していたじゃと」
かいつまんで言えば、そういうことになる。
いまも、アドミンとのラインは途切れていない。
「そうです。正確にはアドミニストレイター、管理人を名乗ってましたけど」
「ふぅむ。それで、月に、かの者がおるというわけか」
「お月様?」ご主人様は少しおねむのようだ。さきほどから瞳がとろんとしている。
わたしのことをかいがいしくも看護してくださっていたことからすると、もうしわけない気持ちでいっぱいだ。
「まあ、なんだかんだいっても人間を越えた存在みたいですから、ちょっとわたしだけ行ってすぐに帰ってきますよ」
「え。ヤダ!」
眠かったはずのご主人様が一転、わたしをギュっと抱きしめる。
わたしはご主人様の腕のなかで、じたばたともがくが、ご主人さまの筋力、とりわけステータス上の数値としてはSTRとしてあらわれる数値は、たぶんわたしの十倍以上はあるだろう。
まったく逃れることができそうにない。
「ご、ご主人様。あまり力強く抱かれると、な、中身がでちゃいます」
なんというかサバ折りされている感じなので。
それから三十分ほどみんなとブリーフィングをおこなったが、結論は、チャクリを除き、三人で行くとなった。
どうしてこうなった。
まがりなりにもIQが600もあれば、みんなを説き伏せるぐらい児戯に等しいはずだ。
しかし、エミュレータаの行動評価はいつのまにやら、知性連合の中で大きくなっている。
そのため――
知性連合は、なんの力も貸してくれなかったのである。
そうなってしまうと、わたしはただのIQ100程度の少女に過ぎないから、サージのほうがIQは上だし、ご主人様に泣きつかれると弱い。
しかたなかったのである。




