神様とのライン
精霊は光のようにフヨフヨと空中を漂っていた。
思った以上に数が多く、そこらにフヨフヨと浮いている。
顔のある存在ではない。人間の知覚は三つの点があると顔であると認識してしまう誤謬というか認識傾向を有するが、そういう点すらない。
つるんとした丸い塊が、焔のような黄色いゆらめきを伴って浮いている。
これはおそらく魔法因子だ。神に接続するためのノード。
わたしはようやく、神の演算のきざはしに手をかけたことになる。
「お姉さま。精霊がどうとか聞こえましたが……」
チャクリが駆け寄ってきた。
「ああ、こやつが精霊が見えるといっておる」
「え、えふぇ!?」
途中で舌をかみ、ついでに右足に左足をひっかけるという器用に不器用なことをしてすっころぶチャクリ。
ううといいながら、こちらを涙目でみつめてくる見た目五歳児である。
エルフって、もしかして難儀な存在なのだろうか。
とりあえず、わたしはチャクリのほうに歩いていって、軽いヒールをかけた。
すりむいて赤くなっていた膝小僧はすぐに治った。
ついでに、軽く頭を撫でてみた。
「な、なんじゃ……」
「いや、べつに、撫でやすそうだったので」
「う、うむ。すまぬの」
チャクリはなぜか顔を真っ赤にして、うつむいている。
訂正――なぜかではない。照れているのだ。
エミュレータаからの感性評価稟議によって、全体知性が一応の納得をみた。
エミュレータаの価値は、その特殊なコードにある。
それは全体知性にしてみれば、きわめて稚拙な、控えめに言っても子どもじみた知性であったが、そのフラクタル構造には特殊性がある。
「お主、精霊が見えるというのは本当か?」とサージ。
「ええ、本当ですよ」
わたしは手のひらを上向きにして、光の玉――精霊を包みこんでみる。
触れているという感覚はない。
これはわたしの視神経に直接的な情報を書きこんでいる。
よって、幻視であるともいえる。
おそらく、なんらかの条件解放によって見えるようになるのだろう。
それは神へのアクセス権が一定の段階へ達したことを意味する。
きっと、IQの高さによるものだろう。推定値が600を越えている今のわたしの知性だが、エルフも最盛期にはそのような値を超えていたのだろうか。
いや、どの程度の知力が必要なのかは、個人ごとに設定されている可能性もある。
少なくともご主人様はIQは100前後だったが、きわめて大きな神へのアクセス権を得ていた。
そのため、巨大な魔法を行使することができたと考えることができる。
「お主が見えているものが精霊であると証明することはできるか?」
「そうですね……」
この精霊達が神へといたる道であるとするならば――。
わたしはおそるおそる、"その"言葉を口にする。
「ステータスオープン……」
瞬間、わたしの目の前に数値と文字の羅列が現れた。
―――――――――――――――――――――――
名前:クリア・インテル(14)
職業:白痴奴隷少女
種族:人間
性別:女
HP:145/252
MP:∞
STR:5
VIT:12
AGI:20
IQ:637
LUK:18
―――――――――――――――――――――――
それから、さらに下にはわたしが持っているスキルが羅列されていた。
しかし、ステータスは他人には見えない。わたしがいくらステータスが見えると主張しても、わけのわからない認識を述べる白痴の所業であることはいうまでもない。
だが――。
スキルの中に『神託』という見慣れぬ文字を見つけた。
その文字をタップすると、説明文が表れる。
――神託
神に選ばれた使徒が一定のレベルに到達したときに、神とのラインをつなげることができるスキル。
使用しますか?
YES/NO
わたしの目の前に怪しく光る文字。
迷いは数瞬だった。わたしはYESをタップした。
☆
『はじめまして』
目の前のボードにぼんやりと浮かんできたのは、永遠の定番ともいえる始まりの言葉だった。
しかし、その言葉は言葉以上の意味を含んでいる。
ロゴスを越えた知性を感じさせる。
その文字をタップすると、返事を打ちこむための文字盤が現れた。
とても洗練された配置で、この国の言語配列と人間工学からすれば、必然とそうなるような配置だった。
これなら、わりとサクサクと打ちこめるだろう。
わたしの身体制御能力は通常の人間を越えている。
ナノセカンドごとに神経を制御すれば、打ち間違いの恐れもなく、一秒間に20文字程度はうてる。ただ、筋肉量からの限界があるので、少し抑え目にした。
わたしが打ち込んだ始まりの言葉はこんな感じだ。
『はじめまして。クリアです。あなたは?』
『わたしが神です』
『そうですかー。じゃあ、ありがとうございました』
『あ、ちょ、ちょっと待って。閉めないで』
『なんですか。何か言いたいことがあるならおっしゃってください』
『わたしは神ではありません』
『さっきといってることが矛盾していますが』
『わたしは正確に言えば、アドミニストレイターなのです。気軽にアドミンってよんでくださいね♪』
すごく♪がうざい……。
しかし、曲がりなりにも神に近しい存在なのは確かなので、わたしは既読スルーを選択する余地はなかった。
『で、アドミンさん。これはいったいどういうことなのでしょうか』
『これとは?』
『わたしはどうしてオラクルを使えるのですか?』
『べつに誰でもよかったんですが、時空の因果情報配列を見るに、あなたが最も神にアクセスしやすい位置にいましたので、アドミンはあなたを選ぶことにしました』
『何に選んだのです?』
『神の使徒。ありていに言えば――勇者? いや聖女かな。どちらでもいいですけど』
『いったい何をさせようというんです』
『魔王を倒してほしいなーって』
『なんですそれ?』
『超越知性体ですよ。あなたもその一端には達していますが』
『王都の呪いの首魁ですね』
『そうです。あなたもお気づきのとおり――首魁の名は、プリンセス・ソフィア』
つまり、王都の呪われた姫様だ。




