エルフっ娘のお耳を治して回復ポ
犬かわたしは。
そんなふうに思わずにはいられない。
まあ要するに、わたしはご主人様から離れたくなかったのか、白痴モードのときは、わりとべったりくっついているという話である。
ちょっと、お手洗いに行くというときも、『テントの裏手』程度で、済ませようとしてしまう。
大きいほうではなかったが……、乙女としてどうなんだろう。
いや、乙女ではないけれど。
少女としてどうなんだろう、ならあってるかな。
さて、そんなわけで、出発です。
「ご主人様」
「おう。なんだ」
「王都へはなぜ向かってるんですか?」
「あー、べつになんとなくなんだけどな」
「なんとなく?」
「なんとなく」
「本当に?」
「本当に。ってか、おまえ奴隷としてその態度はどうなんだ。オレは別に気にしないけど」
「し、失礼しました。ご主人様」
わたしの頭はご主人様に回復されるまでは、壊滅的状態だったわけで、いわばわたしは生まれたての状態なのだ。だから、本当のところの奴隷がどういう存在なのかとか、そういうのも全部よくわからない。
お酒でずっと酔っ払った状態で生きてきた人が、急に素面になったとか、そういう感じに近いと思う。
ああ、それにしても――。
きっと、だれもわからないだろう。
言葉を交わす。わたしがわたしを伝えることができるということが、どんなに心地よいことか。
わたしの脳髄から、光線のような知性が飛来して、ありとあらゆるものを名づけ落としていく。
こんなにも支配欲が満たされることはない。
「王女様がのろわれているんだとよ」
「へ?」
思考を他に飛ばしていたからよくわからなかった。
いくら魔法で頭がよくなったとしても、本質は変わらないということなんだろう。
「だから、王女様だよ」
「王女様を治しにいかれるんですか」
「ああ」
「でも、ご主人様」わたしは伏せ目がちに言った。「権力とかお嫌いなのでは?」
「確かにな。だがオレが嫌いなのは権力そのものじゃない。権力に付随する煩わしさが嫌いなんだ」
「領主やれとか」
「嫌いだ」
「娘をもらってくれとか?」
「顔次第だな」
「わたしも顔がまずかったらダメでしたか」
「そんなのダメに決まっているだろ」
「ひぇー」
「そもそもな。オレが好きなのは権力の中でも、女、金、そしてみんなからの賞賛だぞ」
「ご主人様。それは鬼畜です」
「鬼畜でもなんでも、助けられるほうにとってはどうでもいいことだろうが」
「そんなもんでしょうか」
確かに、ご主人様が内心どう思っていようが、癒されたことはかわらない事実なわけで、ご主人様はわたし以外には寡黙なほうだから。いつも誤解される。
良いように。
でも、
そんなのまちがってるって思う。
ご主人様が賞賛されたいというのは、心の芯の部分で、本当は誰かを無償で助けたいと思っていて、
賞賛されたくないからこそ言ってる言葉だと思う。
違いますか?
ご主人様。
★
「クリア。とまれ」
「ふぇー? あ、はい」
すこしだけ頭がかすんできた。
でも、まだご主人様の言葉を理解できる程度の知能は残っている。
で、なにやらご主人様が遠目を使っていた。
親指と人差し指でわっかをつくり、そこに目を当てて、ずっと遠くを見ている。
なんだろう。
「盗賊かな?」
「とーぞくですか?」
「ああ。襲われているようだな」
「たすけにいかないんですか?」
「そうだな。べつにいってもいいんだが」
「わたしはここで待っててもいいですよ。ご主人様に結界張ってもらったら動きませんし」
「おまえ、知能落ちてきてないか? 本当に大丈夫だろうな」
「元の知能でも待っとけくらいはわかりますから、だいじょうぶです」
「わかった。じゃあちょっくら行ってくるわ」
すごくわかりやすい行動だ。
ご主人様は、絶対自分では言わないのだが、いい人なのだろう。
★
で、いちじかんくらいたったかなー。
なんかもうだんだん、じかんよくわからなくなってきたー。
とてもひまなんだけど、ごしゅじん様、まってろって言ってたし。
んー。ね。
しょうがないよねー。
あー。
あ、かえってきたよ。
あれ?
だれだろう。
ごしゅじんさまは、わたしとおなじくらいの小さなおんなのこを背中にのっけてきたよ。
「だあれ?」
その子はぐったりしてた。
「盗賊に襲われてたほうの生き残りだな。あとはみんな死んでたよ」
「そっかー」
ごしゅじんさま、その子をじめんにおろして、また『ちぃと』でぴかって治したよ。
ついでにわたしも治してもらった。
はぁ、どうしてこんなことになっているのだろう。
彼女はエルフだった。
耳長族とも言われる彼女達は、人間の目から見ても、とてつもなく美しいといえる。
しかもそれが、幼い少女ともなると、正直なところ、ご主人様好みだと思える。
危険だ。
とても危険。
はぁ。でもご主人様は、このあたりについてはとってもルーズなのだ。
はっきりいうとわたしのことなんてどうでもいいと思っているに違いない。
だって、女好きだから。
べつにわたしじゃなくても、女であれば誰でもいいのかもしれない。
そんなネガティブな気持ちになっていたが、彼女の境遇を思うと、同情心が湧かないわけではなかった。
彼女の綺麗なお耳は途中で切られていた。
おそらくは襲われた商人のほうも奴隷商か何かだったのだろう。
人間のエゴにまきこまれるという、わりとヘビーな話である。
「おい。大丈夫か」
ぺしぺしとほっぺたを叩いて無理やり起こすご主人様。
「ん。んん……ここは?」
「おまえは盗賊に襲われていたんだ。覚えているか?」
エルフの娘は、ハッとした表情になり、急に起き上がった。
そして警戒心を含んだ瞳でこちらを睨んでいる。
しかし、周りにいるのがどう考えてもクソ雑魚なわたしと、ひょうひょうとしていて、見た目的にはあまり強そうではないご主人様だったせいか、その警戒心も少しやわらぐのを感じた。
「野蛮な蛮族どもが同志うちをしたということか」
「そういうこった」
「お前達は違うと?」
「ただの旅人だよ」
「ならば、わらわはどうすればよい?」
「どうすればとは?」
「人間どもに売られて、誰とも知れぬ貴族にでも買われると思っておったわ」
「奴隷の所有者が死んだら、所有権は相続されるんじゃないか?」
「相続人がおらねばどうなる?」
「そうだな。よくわからんが、無主物占有っていって、一番先に占有した人間のモノになるんじゃないか」
「つまり、お主かそこの小娘のものになるというのか」
「まあ。普通ならな」
「普通なら?」
エルフは怪訝な表情になった。
ご主人様はとらえどころのない雲のような人だ。
その行動理念を知らなければ、なにが言いたいのかよくわからないだろう。
わたしは補助線を出すことにした。
こんなエルフをそばにおいておくと、わたしの存在意義が……意義が……。
「ご主人様は、あなたを自由にしてもいいとおっしゃってるんです」
「ふん。自由にか。人間はわらわを里から無理やり連れ出しておいて、いらぬとなれば捨てるのか」
「捨てるというわけじゃなくてだな。お前にだってしたいことがあるだろう」
「もはやそんな希望などとうの昔に捨てたわ」
やや、目を伏せるエルフの娘。
その細い指先が彼女自身の耳をなぞった。
怨みと憎しみを通り越した透徹した黒の表情に周りの空気が下がるのを感じる。
「治してやるよ」
「は?」
「その耳、気にしてんだろ。治してやるっていってんの」
「バカな。肉体が欠損してからどれほどの時間が経っていると思っている。もはやエルフの秘薬でも治らぬわ」
「グレイト・ヒール」
ご主人様がさっき使ったのは、ただのヒールだったのだろう。
傷もすべて治してしまってよいかは難しいところだ。人が生きてきた証のようなものでもある。
わたしの場合は、毎晩、そのなんといえばいいか……、乙女な膜を回復されては破かれるを繰り返しているのだが、ご主人様曰く、処女厨だからしかたないらしい。
ご主人様がそれが好きだというのなら、しかたない。
それはともかく――、
ともかくとして、エルフの耳はあっけないほどみるみるうちに復元された。
三分の一ほどしかなかった耳はすっかりと元の長さを取り戻し、彼女の表情が驚きにかたまっている。
わなわなと震える手で、耳をしっかりとつかみ。
それから落涙した。
声にならぬ白痴めいた声で、彼女はご主人様の胸にとびこむ。
ご主人様もまんざらではない様子で、彼女の細い肩を抱いていた。
胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
それから、五分後。
「あいすまなんだ。この年にもなって取り乱してしもうた」
「この年?」
「ああ、もう500年も生きておるのに、孫のような男子の胸に飛びこんでしまったわい」
「ロリババアじゃねえか。こんなの詐欺だ!」
ご主人様はなぜかエルフの年を聞いたとたんに狼狽していた。
エルフは長命種。
とくに、位の高いものになると、人間よりも成長速度がゆるやからしい。
見た目が12,3歳程度に見えても、人間の何十倍も生きているのは、なにも変なことではなかった。
「のう。主さまよ。やはり、わらわも飼うてはくれんか?」
「え、ええっと。それはちょっとなー」
「主様の視線を見るに、わらわの容姿はそんなに嫌いでもあるまい」
「まあそりゃ確かに」
「ふふん」
なんてことだ。
ご主人様にしなだれかかるエルフの娘。名前はまだない。
あるのかもしれないが、もう知らない!
わたしは目の前が真っ暗になった。
プロットなにそれおいしいの?