異世界人権論
チャクリは立ちあがり激昂した。
「きさま。下賎の分際で、余をよりによって人間呼ばわりするか!」
「エルフも人間も、知性によって相手を区別しています。モンスターが駆逐されるのは彼らの知性が足りないからですし、獣人を一応は人として扱うのは、彼らの知性が高いからです」
「む……」
エルフの特性として、高いインテリジェンスというものがある。
彼女達は、その特性があるがゆえに首尾一貫性を非常に重視する。
ひらたくいえば、彼女達は議論好きであり、議論をせざるをえない。
要するに議論バカなのだ。
「わたしが似ていると申し上げたのは、知性によって相手を人としてみるか、それとも家畜としてみるかという視点です」
「知性によってではない。エルフは精霊に愛された存在である。人間は精霊に愛されておらぬ。ゆえに、エルフは人間を家畜扱いしてもよいのだが、慈愛によって、人間総体としては家畜扱いせぬだけのこと。先ほどの余の発言は、そこな男の知性があまりにも低すぎるがゆえ、根本に立ち返り指摘したまでじゃ」
「精霊に愛されているかどうかはどのように証明されるのでしょうか? わたしはその精霊というものが見えませんし、あなたが勝手にそうおっしゃってるだけに思えるのですけれども」
「魔法である。エルフには魔法が使えぬ者はひとりもおらぬ」
「人間にも魔法を使える者はいますよ?」
というか――、チャクリはわたしが魔法で大蛇を倒したことを知らない。
正確には見ていない。
逃げ回っていた彼女達からすれば、崖上にいたわたしたちはちょうど角度的な問題で見えなかったのだ。
彼女達から見えたのは、大蛇に焔を浴びせたこと、おびき寄せたように見えた大蛇を氷づけにしたこと、そして、それを粉々にしたことだ。
いずれもエルフにとっても大魔法である。
さて、そこに帰ってきた元族長の姿がある。
果たして、彼女らは誰が魔法を使ったと思っただろうか。
十中八九、サージが魔法を使ったと思ったに違いない。
「人が使える魔法なんぞ余たちの足元にも及ばぬわ」
「なるほど、精霊に愛されているから強力な魔法が使えるとお考えなのですね」
「そうじゃ」
「あなたがおっしゃっているのは、家畜かそうでないかというのは、精霊に愛されているかどうかによって決まるということですね」
「そうじゃ」
「つまり、知性ではなく精霊からの愛され方によって、人かそうでないかを決定すると」
「くどい」
「ならば――」
しかたありませんね。サージが笑いをこらえているがしかたない。
妹想いの姉だと想っていたが、そうでもないらしい。
いや、エルフという価値観に凝り固まっている彼女を解放すると考えれば、優しい姉か。
わたしは立体的な魔法陣を幾重にも出現させる。
それはさながら、ひとつの星系のようだ。
通常平面的な魔法をこのように立体的に表現できるというのは、とてつもない演算力を有していることを示すことができる。
それこそ、エルフの比ではない。
エルフで、できるのはせいぜいが多層的に平面魔法陣を展開することぐらいだ。
なんのことはなく――、サージにエルフの限界は聞いているし、ゲシュタルトによる検索によって、おおまかな力の差は識っている。
「な……なんじゃ、これは」
サージとチャクリは姉妹らしく、同じような顔をして驚いていた。
ご主人様は、いつものように両の手を伸ばして、嬉しそうに笑っている。
「見てのとおり、わたしはあなたよりも精霊に愛されています」
「なにかの魔法具を使っておるのだろう!」
「いいえ? この場で裸になってもいいですが、わたしはわたしの力のみでこの魔法陣を整形していますよ」
「うぐぐ……」
チャクリは顔を真っ赤にしている。
おそらく頭の中には、認めたくない現実とどう折り合いをつけるか。
その計算を猛烈におこなっているのだろう。
やはり、知性である。
わたしは、単純に知性によって家畜かそうでないかを分けているのだと思う。
この世界には、いまだ萌芽レベルでしか存在しない概念。
――人権。
それは、知性レベルがある一定以上に達すると生ずるだろう。
この世界の文化レベルがもう少しあがり、人権概念が発達してきた場合は、ある一定のラインで線引きするしかない。われわれは光合成でもしないかぎりは他のいのちをうばって生きていかなくてはならないし、うばっていいいのちとそうでないいのちを分けるのは、知性くらいしかないだろう。
と、思う。
しかし、IQが1000を越えるような化け物が現れたら、われわれはすべて等しく家畜扱いされても文句はいえないことになってしまうが。
「ぐぅ」
やがて、論理と理解を放棄したチャクリは机の上につっぷすことになった。




