ご主人様の無意識が怖い
ハニカム構造でできたシールドは、光や酸素は透過するようにできている。
初速のときにかかる過剰なGは、膜内に反作用のフィールドを作り出し中和する。
しかし、これらも相対性理論の枠内を越えるものではない。
何が言いたいかというと、時空間を直接いじっているわけではないので、魔法演算は最小限で済むということだ。
ご主人様はシールドに包まれるときも好奇心をもっていたが、しかし、さすがに打ち出すときは不安にも思っているようだった。
ならば、と。
いっしょのシールド内で行くのはどうかと提案したのだが、それは恥ずかしいと固辞された。
ご主人様の精神年齢がどの程度なのかは推測の域をでないが、思春期前のムズカシイお年頃のようである。
結局、ご主人様を送り出したあと、わたしは最後に自分自身を打ち出す段になった。
「アポトーシス設定よし」
最後に大砲に自壊するようプログラムをし、わたしは大空へと飛びたつことにする。
ただし、自由自在に飛ぶわけにもいかないが。
打ち出された瞬間――。
軽く背中の部分にGがかかる。
しかし、すぐに反作用が働き中和された。
ものすごい勢いで、高度があがっていき、みるみる地上が遠くなる。
さすがに宇宙に到達するほどではないが、落下地点までの距離を計算すると、それなりの仰角でなければならなかったのも確かだ。
次々と移り変わる背景。
雲海が下に広がり、普段よりもずっと近くに太陽があって、わたしの横顔が照らされる。
「ご主人様がご不安になっていなければよいのですが」
飛行時間は、一時間半ほど。
エネルギーそのもので作り出された透明な椅子に腰掛けて、わたしはしばらく脳を休めることにする。
発熱した脳は普段から熱に浮かされたようにわたしを熱くする。
わたしの体温はおそらく38度を常に越えている状態だ。
しかし、いまのわたしの知性は、命綱であるといえる。グレイト・ヒールは既にマクロを構成したので、かけ忘れるなんてことは万が一にもないようにしたが、しかし、いつものクールダウンタイムがないのは辛い。
夜ごろの知性がさがった状態のほうが、いろいろと計算せずに済み、楽なのは確かだ。
白痴であることを恐れているわたしが、白痴であることを望んでいるとは、滑稽な話だった。
一時間半ほどのフライトのあと。
ようやく高度が下がってきている。
高度が下がるときのフワリと浮いたような感覚は残るものの、落下しているとまでは感じない。
地上が見えてきた。
わたしが設定したのはペルルメントの森と言われている場所の少し手前の地点だ。
さすがに森の中に謎の球体エネルギーが飛んできたら警戒されるに違いないからである。
ゴール手前は、なんの変哲もない沼地だった。
実際は生物に溢れた場所ではあるのだろうが、エルフたちにとっては、さほど重要ではない場所らしい。
この地点に落下するのであれば、多少ヤンチャなことが起こったとしても大丈夫とのこと。
そして、ようやく地上へ。
恐ろしい速さで地上が迫ってくると、計算上、絶対に問題は生じないとわかっていても生物学的な恐怖が惹起される。
――これはご主人様は泣いていらっしゃるだろうな。
そんなことを思いつつ、ランディング。
接地の瞬間にボール上のシールドは何回も跳ねたが、無論、中にいるわたしは一切姿勢を動かしていない。
まばらに生えている線の細い木をなぎ倒しながら、最後には少し大きめの木にぶつかって止まった。
周りを見渡してご主人様を探す。
ほんの数十メートル先にいた。周りは沼地で障害物になりそうなものも特にない。
足元が沼にとられないように気をつけながら、わたしはご主人様に近づく。
「ご主人様。お体は大丈夫ですか?」
「うん。たのしかったよ!」
あいもかわらず、ご主人様は無邪気そのものだった。
泣いている様子もないようなので、ほっとする。
わたしはご主人様とわたしにかかっているシールドを解除した。
ちなみにサージはすぐ近くにいた。
完全に腰を抜かし、魂がどこかに飛んでいってるかのようだ。
「あの、サージも、いちおう大丈夫ですか?」
「大丈夫とか、大丈夫じゃないとかそういう問題じゃないわ! 少し漏れてしもうたぞ」
「あー……」
「エルフのお姉ちゃんお漏らししたの?」
「うぐ。言葉の綾というやつじゃ。本気にするでない」
☆
とりあえず、数十分の休憩を挟んだあと、わたしたちは森へと向かうことにした。
休憩の間に、なぜかサージが着替えていたが、気にしてはいけない。
「それにしても、このあたりは湿度が高いですね」
「森とは言うても、ジャングルに近い気候じゃからな」
「エルフの森といえば、こうなんというかスッキリしたイメージでした」
「いのちに溢れている森という言い方もできる。なつかしいのう」
サージはいつもは落ち着いた性格をしているが、このときばかりは嬉しさを隠せない様子だった。
「で、サージ。あなたはここの族長でしたよね?」
「まあそうじゃが、何年も前の話じゃからのう。さすがに他の者が族長をしておるだろうて」
「誰か伝手はありますか?」
「わらわの妹が族長をしておるかもしれんのう」
「エルフは血のつながりを重視するのですか?」
「そういうわけでもないのじゃが、まあ族長なんぞ面倒なだけで誰もやりたがらないからのう。おのずとそうなるというか」
「村で一番強いやつが族長になるとか、そんなんじゃないんですか?」
「なんじゃ、その戦闘民族は」
と、そこで。
「エルフはみんなかわいいんだよね?」
ご主人様の何気ない一言にわたしはかたまる。
「あの、ご主人様。いまなんと?」
「え? エルフはかわいいよね?」
「確かに人間の美的感覚にマッチしているとは思いますが、あの、ちなみにわたしのことはどうなんでしょう」
「お姉ちゃん?」
「はい」
「えーっと、お姉ちゃん大好き」
ガン――っ。
わたしは適当な木の幹に、自分の頭を打ち付けなければならなかった。
「主様も幼少のころから、凶悪なほどに人たらしだったのじゃのう」
「ひとたらしってなーに?」
「よいよい。無意識が一番おそろしいものじゃからの。いまのままでいてくだされよ」
☆
森の中は静寂とは程遠かった。
なにしろ、ジャングルである。一般的なエルフの森のイメージとは異なり、生命の息遣いが聞こえてくる。よくわからない鳥の声。巨大な虫。
腰元まである進行を阻む草。
回転させた風の刃を使い、草を除去しつつ、前に進む。
時折サージに場所を聞きながらになるが、どうやら彼女の部族は移動しながら暮らしているらしい。
とはいっても、森の中に村となる拠点がいくつかあり、各年ごとに移動しているようだ。
「ふむ。近いようじゃな」
サージが首の動きだけで、示す。
そこには、黒いけむくじゃらの犬の死体があった。
首を一刀の元に切り捨てられている。
「あの、これって、そのままにしておいていいんですか?」
「ふむ。わらわたちにとっては特においしくもなんともないからのう。皮も他の動物のほうがもっとよいのがとれる。捨て置けば、どこぞのモノが勝手に屠っていくので、このままでもいいんじゃ」
「まだ死後、時間はそれほど経っていないようですね」
「うむ。そうじゃの。近くで狩りをしているのかもしれん」
そのとき――。
雑多なノイズで包まれている森の中に、きわめて人工的な音が響いた。




