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74 本来なら四、五時間かけてのんびりやる作業量。

「鈴浦亜里さんのー!真っ昼間十一時前から始める開店準備ー!!」

いえーい!ノってくれる人は誰もいないけどいえーい!終わる気もしなくてこの先地獄しか見えないけどいえーーいいっ!!

……はい、落ち着きましょうね、私。

「大丈夫、いつも通りにやればなんとか……あるいは……」

時刻は昼前という違和感バリバリ状態だけど、やる作業自体はいつもの夜勤と変わらない。

いつも通りのペース……いや、ちょっと開店時間(〆切)が近いから巻きつつで、さっさと終わらせていきますよ。



「さて、やることは、洗い物、納品、掃除、売場作り、フライヤー作りくらいかな……マジで夜勤だなぁ。」

夜勤やらなくなってから一週間しか経っていないのになんだか懐かしい。

「いつもはコーヒーマシンの清掃から始めるけど…フライヤーの油交換と平行してやってくか……」

コーヒーマシンのパーツを手洗いしつつ、油まみれのフライヤー什器を浸け置きしつつ、という感じで、レジ中の狭い洗い場を駆使して効率よく作業を進めていく。

「……よし、とりあえずこんなもんか…あとはコーヒーマシンの自動内部洗浄の終わり待ちと、諸々の什器のアルコール拭きと……」

二十分もかからずに洗い物の目処が付いた。流石に毎晩やってきた作業は慣れてるからか、考えなくても手がすいすい動く。


「あー……っと、廃棄見るのは…今日は大丈夫か。商品来たばっかりだし。この時間って、あと何をするんだったかなー?」

しかしながら慣れていない作業はそうもいかない。

脳内で作業スケジュールを構築し、それをぶつぶつ口に出しながらバタバタ慌ただしく分かりやすく右往左往してしまう。

日中のシフトはいつも母さんの担当だったから、正直何をやればいいのかも曖昧だったりするんだよね。


「あ……そういや納品、忘れてた。何か来てるのあったっけ?昼間って何の便が来るんだったかなー?」

この時の私はすっかり忘れていたのだ。

一週間ずっとイレギュラーな異世界式営業を続けてきて、今日に至ってはイレギュラーな時間に大慌てで準備を済ませる。

それにばかり気が取られていて、元々のコンビニ業務は二十四時間年中無休だという常識すら忘れていたのだ。



「冷凍便の納品忘れてたああああっ!!!」

呑気に適当な鼻唄を口ずさみながら、納品バットが置かれているであろう店舗裏口をかるーくチラ見した直後。

悲壮感いっぱいの私の大絶叫が、ほんのり日の差す森の中に響き渡った。

よっぽど大声を出してしまったのか、遠くで野鳥がバサバサと飛び去る音まで聞こえてきた。


店舗裏の狭いスペースに、冷凍便の大きな青いケースと、段ボールが十個弱と、別便のパンのケースが所狭しと、まるで隊列のように綺麗に一列に整列していた。

「そうじゃん……夜勤帯に来る納品、中食だけじゃないじゃん……寝落ちしたり長電話したりしてたから、完全に忘れてた……」

土だらけの地面に思いっきり手をついてがっくりと伏せてしまう。手のひらとジーンズの膝に土がつきまくりなのが分かるけれど、そんなの気にしている心の余裕もない。

我ながら大袈裟だと思うけれど、仕方なくない?!だって放置されてたの、あの冷凍便だよ?!!


全納品便の中で、最もシビアで気を遣ういわゆる厄介者なのが、まさに冷凍便だと私は思う。

もたもた陳列してたら溶けるし、冷凍ケースにも限りがあるから大量の品数をセンス良く収納しなきゃいけないし。

「いつもの冷凍便は大体朝六時前……あ、でも二時間くらい遅れるかもって早寺さん言ってたっけ?そうだとしても納品後から三時間は経ってる……流石にもう溶けちゃって売れないよね…?ああ、全廃棄はえげつないぞ……」

とにかく、急いで全部店内に運ぼう。まだワンチャンあるかもしれないし。……いや、無理かな……?



「んはああああーっ……いくら量少なめとはいえ、やっぱり台車ないと不便だなぁ。」

滑り防止にはめていた軍手をぺいっとデスクに投げ捨てて、力のこもった妙なため息と共に疲れを吐き出す。

ひいひいぜいぜい言いながら表と裏を六往復して、全商品を事務所内とアイスケース横と店内通路に運びきった。頑張った。

夜中にやった中食便と比べると、全体の量は少ないけれど一つ一つが重たいから、結局労力は変わらずだった。ああ、マジで疲れた。


「んで、運んでる時からずっと気になってたんだけど……」

事務所にて、これまた綺麗に整列させたホットスナックや中華まんの在庫の段ボールに、そっと触れる。まずは指先から、次に手のひら全体で、そして最後には段ボールを開封して勢い良く手を突っ込んでみる。

「うん、やっぱりなんかまだ冷たくない?!全然溶けてなくない?」

納品後すぐに陳列しているのにほんのり溶け始めているのがデフォな通常時よりも、今の方がよりちゃんと凍ってる気がする。

あくまで私の触感頼りに過ぎないんだけど、こんだけキンキンに冷え冷えだったらなんとか販売できないかなぁ?出来れば全廃棄したくないんだよなぁ……


売場のアイスケース横に置いてきた青いケースの中身も触って確認してみる。このケースの中には主に冷凍食品やアイスクリーム等が細々ごちゃごちゃと入っている。

「うん、やっぱりこの中も全然溶けてないや………って、なんだこれ?」

ガサゴソとケースの中をまさぐっていたら、中から見覚えのないストラップが出てきた。コンビニ商品ではないな……観光地のお土産とかで売ってそうな小さいアレだ。

「なんかやけに、不細工にへちゃむくれたペンギンだなぁ……何がそんなに不満なんだ……まぁなんとなく可愛いけど。業者さんの私物が紛れ込んじゃったとかかな?」

次の納品時に返せばいいかな?あ、でも業者さん本人はデュッセニーまで来れないんだったっけ。返却するケースと一緒に置いておけば持っていってくれるかな?


ペンギン片手に通路の隅で座り込んでいた時だった。

ピーッピーッピーッ!

音量は小さいけれどハッキリと耳まで届く高音の機械音が、ペンギンと共にどっか行っちゃってた私の意識を呼び戻した。

「ん?…あ、自動洗浄してたコーヒーマシンが終わったのか……え、ってことは、もう二十分くらい経っちゃってる?!」

やばいやばい、ペンギンと遊んでる場合じゃなかった。

「とりあえず、検品だけして全部バックヤードに閉まっとこう!んで後で、納品時間を早寺さんに聞いて、喜ぶか泣くか判断しようそうしよう!!」


ささっとハンディーと目視で検品し、段ボールのまま、あるいはかごに移してそのまま、全部まとめて事務所内の冷凍庫に放り込んだ。在庫がスカスカだったのが好都合だったね。

ついでにパンの方も手早く検品し、バッドごと事務所に置いておく。

パン便の納品予定時刻は朝七時頃、仮に二時間遅れで九時頃納品。いくら常温保管の商品たちと言っても、二時間以上屋外に放置は流石に怖い。

これも早寺さんに確認を取ってから決断するとしよう。

パンの期限は納品後二日~四日ほどもつから、今日一日しまい込んでても大丈夫なはず!多分!!


「悔しいことに結局色々と早寺さん頼りになってるな……そこまで頼っていいのかな?……まぁ早寺さんなら納品時間も商品状態もきっと分かってるでしょ……SVだし、今や異世界転移計画の実質的な責任者っぽいし、あんなに自信満々だったし。」

彼を信じているのかいないのか、我ながらよく分からないね。



そこからの私の動きは早かった。

諸々の洗い物とアルコール洗浄を十分もかからずに終わらせ、簡単に床清掃とトイレ掃除を済ませ、やっと大まかな深夜の作業が一段落したところでそのまま早朝の業務へと移っていく。

「今日のフライヤー達は、前からの残り少ない在庫でやりくりするとして……そんなに量もないし、営業しながら合間見て作る感じでいっか……メインのチキンだけ作っとこ。今日の目玉は中食たちってことで。」

二十四時間営業が常識だった頃は準備時間なんてのがあるはずもなかったので、営業中にお客様のいない隙を狙って色々な業務をこなしていたもんだ。

だから売場を整えながらフライヤーを作りつつレジをやる、なんてのはもうお手のものですよ。

「まぁ日本じゃ、業務が出来ないほどお客様に恵まれてたことなんてないけどさぁ。」

それは言っちゃいけないお約束だぞ、私。悲しくなるから。



消していた外灯のスイッチを付けて、開店してますアピールの一貫として自動ドアを暫く開けっぱなしにしておく。入口が開いてれば、『この店やってます』って分かるでしょ。

「さて、なんとか十二時前にだいたい終わったし。そろそろ開けよっか。一時間でよく頑張ったなぁ……ここからまた頑張らなきゃなぁ……」

ああ、既にここまででけっこう疲れちゃったけど、本番はここからだ。



気合いとやる気を再度入れ直してレジカウンターに入った瞬間。

テロリロテロリロ

「いらっしゃいませこんにちはー!あ、長老さん、こんにちは!」

早速当店の大常連様のご来店だ。

なんかあまりにタイミングが良すぎるけど、もしかして開店待ちしてたのかな?そうだとしたら申し訳ない。


「アリ様、おはようございます。もうお邪魔しても大丈夫ですかな?」

「はい、どうぞ!今日は私の都合で開店時間が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。」

入口に近い方のレジから深々とお辞儀をして、本日最初のお客様をお出迎えする。

しかしまぁ正午を過ぎてのお客様が今日第一号って、もはや二十四時間営業のコンビニとして成り立ってないよね。

五時間かけてやる業務を一時間でやり切り、そのまま休憩もなしにコンビニ営業を始める……彼女は異世界でも変わらずブラック勤務です。

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