67 まだまだ待ちます納品便。
「はーい、いらっしゃいませー!」
納品が来るという時に、こんなに胸が高鳴ったことはかつてあっただろうか。
納品が当たり前であった故郷では、作業が増えるし疲れるし休憩も行きにくいし、お客様が来店されたら通路の確保とかで気を遣うしで、あんまり納品業務は好きじゃなかったんだけどね。
一日に何回も何回も来る必要ないじゃん、そんなしつこく必死に来なくたってそんなに商品売れてないよバカにするなー!とか理不尽に怒ってたりしてたんだけど。
納品のない異世界営業を一週間続けた結果、その有り難みをヒシヒシと痛感しました。
「当たり前じゃなくなってから初めて大切さに気づくんだなぁ……」
まるで青春小説のワンフレーズみたいだけど、私が思い馳せてるのは恋人じゃなくてコンビニ業務です。なんて悲しいんでしょう。
「……で、入店音鳴ったのに誰も何にも見えないのはなんでかな?また風のいたずらかな??」
外灯と天井灯の一部を消してほんやりとした店内をグルグルと回ってみる。ほんやりしてて小さくて細かい事務所の監視カメラの映像をじっと見るより、実際に売場を歩いて確認した方が手っ取り早いし確実だ。
「あの入店音は、私の弱い心が生んだ幻聴だったのかな…?」
そんなに広くもない店内を二周もぐるぐるして結局、何の成果もなかったので、ガックリと肩を落としてレジ裏の事務所へと向かう。
ドンッッ!!
「あだっ!」
ぼんやりとレジカウンターに入った時、何か暖かくて柔らかい物に、おもいっきり鳩尾をぶつけてしまった。鈍い衝撃がじんわりと伝わってくる。
「いだだだ……ああ、ベル君来てたのね………勝手にレジ入らないでっていつも言ってるのに………」
私がぶつかった何かとは、いつの間にかレジ内に侵入していたベル君の頭だった。
「せっかくボクが来たのにフラフラしてるお前が悪い。ほら、《トイキャム》貸してやるから、なんか食わせろ。」
「あー、はいはい。もうチルド惣菜か焼鳥くらいしか残ってないけど、何がいい?」
来訪者の正体は、待ち望んだ納品トラックではなく、常連のベル君でした。
まぁ、発注やってる間にきっと納品も来るでしょう。ゆっくり待ちますか。
お互いに無言で十数分が過ぎて。
「……ねぇベル君、ちょっとお願いがあるんだけど。」
レジカウンターに行儀悪く腰掛け、もくもくと可愛らしく焼鳥を啄むベル君に、レジに立つ私は発注タブレットに目を向けたまま話しかけた。今日も黒マウスの魔具は大活躍です。
「やだ。」
「え、ちょっと話くらいは聞いてよ。」
お願いの内容すら聞いて貰えなかった。まぁ彼の意地悪な性格はこの一週間で十分把握しているので、彼の返答は気にせず勝手に話を続けることにする。
「日本…というか異世界の商品をここまで転送する魔具とか持ってない?それか異世界と連絡が取れる魔具でもいいけど……原理は《トイキャム》と同じでしょ?なんとかならない?」
いくら待っても納品が来そうにないので、自力でどうにか出来ないかと踏んだんだけど。
「……はぁ?なんだそれ??そもそも、《トイキャム》だってそんな使い方するもんじゃないんだよ。元々はちょっと大陸を繋ぐだけ!それをボクがちょちょいと改造したの!!」
「そうなんだ……レア道具を改造できるなんてスゴいけど……そっかぁムリかぁ。」
どうやら大人しく待つしかないようだ。
もう話題も思い付かず再び無言の時間が数十分過ぎて。
「ねー、まだ終わんないの?もらう物はもらったし、もう帰りたいんだけど。ここにいてもやることないし。」
「えー、そんな悲しいこと言わないでよ。いつもはもうちょい居てくれるじゃん。まだまだ発注終わりそうにないし、一人は寂しいし、そこに居てくれるだけでもいいからさ。」
「えー。」
地べたにしゃがみ込むベル君は、本当に退屈そうだ。私の都合で彼を拘束し続けるのも忍びない。
「じゃあせめて、《トイキャム》だけでも貸しといてくれない?ちゃんと返すから。」
「は?そんなんムリだよ。ボクが居るから、お前は魔具を使えてるんだよ?魔力のカケラもないお前一人じゃ、ただの置物になっちゃうよ。」
「え、あ、そうなの?てかベル君、私の魔力が赤ちゃん並だってこと、よく知ってたね。長老さんに聞いたの?」
魔力もなくて異世界で俺TUEEEが出来ない事実を思い出すと悲しくなるから、あんまり触れないで欲しいところだけど。
「そんな訳ないだろ。ボクが万能だから分かるんだよ。……はぁ、もうちょっとだけいてやるから、早くそれ終わらせてよ。」
「うん、ありがとね。今日は発注カテゴリー少ないから、もう直ぐ終わるから。」
しかし、本当に納品が来てくれるかも分からない現状で、果たしてこの業務に意味はあるのだろうか。
そうして気づけば一時間は経っただろうかという頃。
私がレジ内に持ってきたパイプ椅子の上で猫のように丸まって可愛く寝息を立てていたベル君をそっと揺り起こす。
「はい、これありがとう。いつも助かるよ。」
「ふぁぁぁ……やっとか……じゃあもうボクは帰るよ。くれぐれもちょーろーにはボクのこと言うなよ?」
「あ、うん、毎日言わなくても分かってるって。じゃあ。明日も来てね、待ってるからね?」
「お前が待ってるのはボクじゃなくて魔具だろ?」
小さな腕をちょこんと組んで、小さな口をむっと尖らせたベル君からは、残念ながら怒りよりも可愛さの方が強く伝わってきている。
「そんなことないよ。ベル君のことだって求めてるよ。」
「……目線がやけに上を向いている気がするけど?」
「えっ、いやまさか、まさかね?!!」
視線も声も上向きになったりしてませんよ。ふわふわの髪とリス耳をもふもふ堪能したいとか思ってませんよ。
「………まぁいいや。またな。」
テロリロテロリロ
ベル君は小さく肩をすくめてそのまま帰ってしまった。
「あ、また来てね、ありがとうございましたー!」
テッレテッテーテッレテッテー
軽快なBGMが店内ラジオから流れてくる。ああ、そういえば一人で寂しいからって流しっぱなしだった。
「あ、もう時間帯変わったのか……てかもう零時じゃん日付まで変わってるじゃん。」
毎日毎日同じ構成のラジオを聴き続けているせいで、時計を見なくても今が何分かくらいは分かるようになってしまっている。
レジ画面に表示されている時計をチラ見すると、ちょうど日付が変わったところだった。
「早く仕事済ませて今日こそは早く寝ようと思ってたのに……結局納品も来ないしまだシャワーすら浴びてないし……ああ、もう……」
なんだか色々と想定通りにいかない。
私の予定では納品もちゃんと時間通りに来てくれて、納品済ませた直後くらいのいいタイミングでベル君が来てくれて、彼と喋りながら発注終わらせて、最後はスッキリ気持ちよくシャワーで汗も疲れも明日以降の不安も全部流して、日付変わった今頃はゆっくりとカモミールティーでも嗜んでいる予定だったのに……
「結局予定の半分も済んでない…どうしたもんかな……」
きっちりとした格好でびしっと毅然に納品便を待ち続けるのもいい加減疲れてしまって、三度布団に倒れ込む。ユニフォームも髪も身だしなみももう知るかーい。
「予定時刻より約二時間遅れ……トラックが事故に遭ったとかでもない限り、いつもならこんな遅れはありえない……やっぱり異世界まで配達を期待する方がバカだったのかな……」
一つでも上手いこといかないと途端に気力がなくなってしまう。
いつも大体決まったルーティーンで動いているもんだから、予定外の仕事のやり方には慣れていないのだ。
「異世界転移もなんとかやっとで対応してきたのに……売り物なかったらいよいよコンビニ営業できないじゃん……」
なんとか眠気に抗って考えを纏める。もうスマホにメモする気力すら出ない。
「あと売れる物ってなんかあったっけ…?ああ、ねむたい……」
ええと、残りの商品は敢えて今まで売らなかった、雑誌や充電器等の電化製品に、切手やクオカード、そして煙草達だけ。
「異世界で使い道がないとか、健康に害を成す物を広めるのはどうかと思って売ってなかったけど、もうそんなこと言ってられないか…?売っちゃおうか……?」
コンビニ商品なんて、レジを通してお客様の手元に渡った瞬間から、それはもうお客様の物だ。
極端な例として、コンビニが売った煙草でガンになったとか、コンビニが売ったお酒で泥酔して暴力事件を起こしたとか、もしそんなことが起きたとしても、販売基準さえ守っていればコンビニに非はないと思う。買ったお客様の責任にして欲しい。
まぁ何かしらの批判や責任追求はされてしまうだろうけど。正直こっちとしてはどうしようもないのだ。
「デメリットも全部ちゃんと説明して、それでも買いたいなら売っちゃおうか…?お金さえ稼げればいいんだし……」
デメリットを全部正直にバラしちゃっても、今日のレジ袋騒動を見る限り、それでもある程度の売上は見込めると思う。使い道がなくたって健康に悪くたって、魔術具だーって言っちゃえばいい。実際長老さんはとっても買いたそうにしていたし。
「……いや……でもなぁ……お客様……というか仲良くなった常連様を騙すみたいだしなぁ………」
そう、エルフの里の皆さんはもう、私にとってただのお客様ではない。
デュッセニーで右往左往していた私に助けの手を差し伸べてくれて、毎日お店に通ってくれてたくさんお買い物してくれて、勘違いとは言え私なんかを女神と崇めてこんな小娘に敬語で丁寧に接してくれる。大切な、とっても大切な常連様且つ恩人さん達なのだ。
「そんな人達を騙すようなこと……出来る訳ないね。やっぱり何か他の手段を考えるしか……」
もう潔くコンビニで稼ぐのは諦めてしまおうか。
ここ一週間だけでもそれなりの売上は出せたし、コンビニに固執するのは諦めて長老さんに頼んでバイトでも紹介して貰おうかな……異世界でJKがバイトしてみたってのも、それはそれで面白そうかもね。
「……とりあえず、ちゃんと決めるのは明日だ。ささっとシャワーだけ浴びて寝ちゃおう。」
これ以上回らない頭でうだうだ考えてても仕方ない。
重たい体を無理矢理動かし布団から這い出て、ユニフォームも服も布団の上にポイポイと脱ぎ散らかし、事務所裏口のドアを開ける。
監視カメラにバッチリ映ってるけど気にしない。どうせ映像を確認する人なんて誰もいないし。
「ホント、コンビニにシャワー付いてて助かったなー。ブラックな当店と父さんに感謝だー。まぁ欲を言えば建物の外じゃない方が良かったけど……………おや?」
下着とタオルだけを身にした、とても人様に見せられない姿のままで、外にある物を目撃してしまった私は、ドアを開けたまま固まってしまった。
「……コレハ、イッタイ、ドウイウコトデスカ?」
後に亜里さんはこの時のことをこう語っています。
「うわぁ、なんかこの時の私、グチグチめそめそうるさいし外道だし情けなくない?!……まぁでも仕方ないよね、こちとらまだ義務教育終わったばかりのJKなんだから、まだまだ未熟者ですよ。」
現場からは以上です。




