16 JK店長、はじめての。
コンコン。
「長老、少しよろしいでしょうか?」
控えめなノックがして、半開きにしたドアからエルフさんが一人、これまた控えめに顔を覗かせた。とても美人で若いエルフさんだ。
銀色と青を混ぜ合わせた、特徴的な色をした髪を緩やかに結い上げていて、すらりと細いスタイルによく似合っている。
雰囲気は似ているけど、リーリャさんとはまた違ったタイプの美人さんだ。おっとり系って言うのかな。
この人、さっきの広場では見なかった気がするな…こんなに目を引く髪色だから、見てたなら覚えているだろうし。
他のエルフさんはブロンドや茶色の髪が多かったからね。異世界なんだから、赤とか緑とか、もっと派手な髪色の人がいてもいいのに。
「ああ、もうそんな時間か。すぐに行くよ。」
長老さんが奥の壁をちらりと見た後、エルフさんに軽く手で合図した。つられて私も壁を見てみると、大きな丸い壁時計がかけてあった。
時計の形や針の数なんかはよく知っている物と変わりないんだけど、文字盤の文字が読めない。多分こっちの文字なんだろうけど、アラビア数字ともローマ数字とも違うし、そもそも数字が十四個も並んでいるしで、今何時かはよく分からない。
「申し訳ありません、アリ様。所用で席を外させて頂きます。少しお待ちいただけますかな?」
「あ、はい、気にしないで下さい。お邪魔しているのはこちらなので。」
「お待ちの間、どうぞそちらの魔術具を使ってください。『イシュ・ラ・ゲトレン』と唱えれば、お好きな飲み物が出る優れものですよ。」
長老さんはテーブルの隅にあった小さなティーポットを指差してから、迎えに来たエルフさんと一緒に出ていった。
…さて、一人になると随分と静かだなぁ。なんとなく今朝の森の中を思い出す。
あの森の中にある自分の店で商売をして、お金を稼いで伝説の魔術具をゲットする。
目標は決まったけど、その為にはやらなきゃいけない事がたくさんある。まずは、何の準備が必要だろうか。
手元のノートを一頁めくって、考えを書き留めておこう。
でも、その前に。
「使ってくださいって言ってくれたんだし、これ使っていいんだよね?」
まずは、鈴浦亜里、はじめての魔術具を使ってみようと思います!
魔術具、唱えるだけで魔法が使える素敵な道具!例えその魔法が、現代日本では科学の力で成し得るような微妙な事だとしても、今はそんなのは関係ない!
頑張って抑えてたけど、実はさっきから魔術具を使ってみたくて堪らなかった。
誰だって普通そうじゃない?何の努力も苦労も無しに、はい魔法使えますよって言われたら、誰だって使いたいと思うでしょ?
だから私のテンションもおかしい訳じゃないよ。普通だよ。
淡いピンク色が可愛いティーポットを両手に握りしめる。私のコレクションにも、似たようなお気に入りのポットがあるなぁ。
とりあえず、出すのはダージリンでいいかな。さっきの食事にも出ていたから、デュッセニーに確実にあるって分かってるしね。
「っと、イッ、イシュ・ラ!ゲトレンっ」
さっき飲んだ紅茶をイメージしながら、ティーポットをしっかりと握りしめて、どぎまぎもごもごと唱えた。緊張し過ぎて不審者みたいだ。
………。変化なし。
ティーポットを覗き込んでも、何も入ってない。
まぁさっきのは発音が悪すぎたし、仕方ないね。もう一回。
「イシュ・ラ・ゲトレン!」
よし、今度は落ち着いてちゃんと言えた。
………………。変化なし。
何度蓋を開け閉めしても、中身は何も入ってない。
発音の問題じゃないのかな。飲み物のイメージが足りなかったのかな。強く念じるって、小説で見る魔法じゃ初歩的なステップだしね。もう一回。
ダージリンをしっかりとイメージして、発音も気をつけて。
「イシュ・ラ・ゲトレン!」
…………………。変化ありません!
ティーポットを振っても叩いても、何にも入ってない。
あれ、おかしいな…。
呪文が間違ってた?でも、ちゃんとメモしてあるし、聞き間違える程難しい訳でもないしなぁ…。
ダージリンじゃ駄目なのかな。とりあえず、思いつく飲み物を片っ端からイメージして唱えてみよう。
「イシュ・ラ・ゲトレン!」…コーラは駄目。
「イシュ・ラ・ゲトレン!」…オレンジジュースも出てこない。
「イシュ・ラ・ゲトレンっ!!」……緑茶なんてやっぱりないのかな?
何回やっても何を出そうとしても、ティーポットはすっからかんのままだったので、もうドリンクは諦めて水を飲むことにしよう。
そう、長老さんが目の前で使ってみせてくれた緑の瓶だ。使い方もさっき見た物だし、これなら大丈夫だよね。
瓶を両手に持って、はっきりとした声でしっかりと。
「イシュ・ラ・ヴァダー」
…………まったく、何にも、起こりませんっ!!
白い光の点滅もないし、瓶の中身はすっからかん。
えー、なんで?おかしくない?
魔術具って誰にでも使えるんじゃなかったの?異世界人でも問題ないんじゃなかったの?話が違くない??
鈴浦亜里はじめての魔術具は、発動すらせずに散々な結果で終わってしまった。




