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呪い!

コロナを期に更新してミタヨ。ヨロシクネ。

「今日も良い天気ですね」


 雲ひとつ無い陽気の中。

 カフェテラスで食後のティータイムを嗜む者もいれば、今から遅れて昼食を摂る者もいる。

 そんな昼下がりの露店広場、バスケットを片手に買い物を楽しんでいるエプロンドレスの女性がいた。

 楽しんでいるとは言っても、買うものは娯楽品や装飾品等ではなく、調味料や果物などの料理に使うものばかりではあるが。

 笑顔で鼻歌交じりに歩くその姿は誰の目から見ても楽しんでいるように見えていることだろう。


「おや、ルゥさん。今日は随分とご機嫌ですね?」


 軽くスキップを踏んでいると、色彩豊かな刺繍の施された服を着た少し細身の男が話しかけて来た。

 どこか人を惹きつけるような明るい笑顔を向ける男に、ルゥも嬉しそうに答える


「あらディルクさん、ごきげんよう。ご無沙汰しております」


 ディルクは、三月程旅に出ては珍しい物をこの街に持ち帰り、それらを売り捌いている行商人だ。

 しかし、ルゥへ向ける笑顔は"営業スマイル"というには不自然・・・・・・いや、自然体過ぎると言える。

 立ち振る舞いは大人びてはいるが、人懐っこそうな表情で話す彼は背伸びをした子供のようだった。


「お恥ずかしい所をお見せしました。本日はアピお嬢様のご入学日でして・・・・・・」

「いえいえ、とんでもない。成程、それはつい浮かれてしまうのも無理のない事ですね。おめでとうございます」

「ふふっ、ありがとうございますディルクさん」


 話しながら荷車を横目で覗うと、そこには武具に食品、中には何に使うのかさえ分からないような調度品等が大量に載せられていた。

 どれもこれも、この街では見られないような珍しい物ばかりである。


「また随分と・・・・・・調達なされたのですね」

「三ヶ月分ですからね。売り捌いたらその資金でまたぶらりと各地方へ長旅ですよ」

「大変ですね・・・・・・」

「いえ、好きでやっておりますので。実は昔から旅が好きで各地の珍しい物を買い集めていたんですが、そうしているうちに資金が無くなってしまったのです。仕方なく売り捌いたら、なんと!元より懐が温かくなったではありませんか」

「なるほど、それで今のように落ち着いたということですね」

「ええ、楽しく稼がせて頂いております」


 少し熱くなってしまい恥ずかしくなったのか、ぱたぱたと手で頬を仰ぐディルクに対して、ルゥは納得と共に感心していた。

 自分が好きなことを楽しみながら稼げるというのは、敬愛している主に仕えるメイドであるルゥにとっても共感出来ることだ。


「とても、素敵な事だと思います」

「ええ、私もそう思います。そうだ、アピお嬢様のご入学祝いに私からも何かプレゼントさせて下さい」


 そう言いながら、ディルクは荷車に頭と腕を突っ込み入れてガタゴトと中を漁り始める。


「よろしいのですか?」

「ええ、構いませんとも!アルトラ様にはお世話になっておりますし、アピお嬢様には是非ともご愛顧頂きたいですからね!確かこの辺りに・・・・・・ああ、あったあった」


 書斎で骨董品を眺める主の姿を思い出し、ルゥが苦笑いを浮かべていると、ディルクが一つの木箱を荷車から取り出してきた。

 その長方形の木箱は、一抱え程の大きさで、蓋には龍を象った焼印がされていた。


「これは・・・・・・随分と立派な箱ですね・・・・・・。本当に頂いてもよろしいのでしょうか?」

「是非とも受け取って下さい。実は私には理解出来ない代物でして・・・・・・」

「と、仰いますと?」

「実は、魔法のあらゆる素養がなければ扱えないであろう物が集められた箱なのだそうで、その中に入っている道具は私には何に使うのかさっぱりわからなかったのです」

「例えば、どのような?」


 ディルクから箱を受け取りながら小首を傾げて質問すると、次々と奇怪な話が飛び出してきた。

 インクを付けても書けない羽根ペン。

 入れた物が燃える瓶。

 穴を開けられない針。

 そして、黒い装丁の何も書かれていない本。


「他にもありますが、この本は特に不気味でして・・・・・・。字を書けばすぐに消され、切っても破いてもいつの間にか切れ端が消えて元の状態に戻るのです」


 確かに、何に使えるのか全く分からない物ばかりだった。


「・・・・・・一度ご主人様にお見せした方が良さそうですね」


 一瞬ガラクタを渡されたと感じたが、魔法学校の校長である主ならば何か解るかも知れないと思い直す。


「それがよろしいでしょうね」


 どうやら、ディルクもそれを想定して渡してきたらしい。

 あまり趣味の良い品とは言えないが、珍品ばかりを扱う商人におしゃれな贈り物を期待する方が酷だろう。


「それでは、私はこれで・・・・・・」

『ドパンッ!』

「「!?」」


 そろそろ屋敷へ戻ろうとルゥが挨拶しようとした時、遠くの住宅街の方から銃声が鳴り響く。


「銃声?こんな街中で・・・・・・。あっ、ルゥさん!?」

「ご機嫌ようッ!」


 焦り混じりの声で簡単に挨拶を済ませると、魔法で拡げた闇の中へ荷物を投げ入れて駆け出す。


(今の銃声は・・・・・・まさか・・・・・・!)

『ドパンッ!!ドパンッ!!』


 再び鳴らされた銃声は先程よりも強く響いた。

 音に急かされ、住宅街への入り組んだ道を疎んだルゥは闇のマナを練る。


「シャドウダイブ・・・・・・!」


 痛みさえ感じる激しい胸騒ぎを押さえ込み、影へと飛び込んで音を頼りに闇の中をまっすぐ進む。

 次第に激しくなっていた銃声が目的地へ着く前に鳴り止んでしまう。

 音がなければ正確な場所がわからない為、一度影から飛び出して大通りへと再び走り出す。


「お嬢様・・・・・・!お嬢様・・・・・・!!」


 大通りが突き当たりに見えたかと思うと、大量の白蛇が大通りに向かって集結して行くのがわかる。

 その奇怪な現象に疑問が浮かぶが、構わずに大通りへ飛び出して周囲を見渡す。


「お嬢様!?」


 そこには、今にも大量の白蛇に覆われんとするアピの姿があった。


「シャドウホール!」


 咄嗟に魔法を唱えると、アピが自身の影に落ちる。

 瞬間、アピがいたその場は白蛇に覆い尽くされた。

 ルゥは、少しでも遅れていたらと考えて背筋が凍る気分になったが、大きく溜息をついてから直ぐに気を引き締め、魔法を行使する。


「・・・・・・ダークネスゾーン」


 ルゥの影からインクを零したように闇が溢れ、瞬く間に大通りが黒く染まる。


「私の大事なお嬢様を傷つけた罪、償って頂きます」


 瞬間、ルゥの鋭い殺気に呼応する様に闇が伸び、全ての白蛇の脳天を刺し貫いた。

 辺りを見渡して生き残りがいない事を確認し、アピを闇の中から解放する。


「お嬢様!アピお嬢様っ!」

「んぉ・・・・・・るぅ・・・・・・さん・・・・・・?」


 アピが目を開けると、弱々しくルゥの名を呼ぶ。

 その顔は蒼白で、身体はぐったりとしている為、蛇に噛まれて毒が回っていると推測できた。

 ルゥが噛み跡を探すと、それは足にあった。


「・・・・・・応急処置失礼致します」


 魔法を用いて傷口から血を少量吸い出し、ハンカチを取り出して傷口を圧迫するように縛りつける。

 ルゥは癒しの魔法を使えない為、傷口を塞ぐことはできない。


「お痛みはございませんか?」

「感覚・・・・・・あんまり無いのぉ・・・・・・むぉ? 誰か近づいて・・・・・・くるじゃ」


 処置を終えてルゥに背負われたアピが耳を痙攣させながら動かす。


「おい!銃声を聞いて駆けつけてみれば、なんだこれは・・・・・・!?」

「白蛇がこんな大量に・・・・・・?」

「そこのお二人方、ご無事ですか?」


 新手かと警戒していたルゥだが、近づいてきたのは三人の巡回兵達だった。


「お嬢様が足を噛まれました。魔法学校の医務室へ向かうので、ここをお任せしてもよろしいでしょうか?」

「それはお気の毒に・・・・・・。ここは我々に任せて、早く連れて行ってあげてください」

「ありがとうございます」


 警戒を完全に解いた訳では無いが、ひと息吐いてから巡回兵へ簡単に状況説明をすると、ルゥはアピを背負って魔法学校へと駆け出す。

 ここから医療施設へ向かうよりも、魔法学校の方が近く、治癒系の魔法を扱える優秀な人間も多い。


(ああ・・・・・・、魔法学校はこんなにも遠かったかしら?)

「う・・・・・・」

「お嬢様、大丈夫ですか!?お気をしっかり!」

「る・・・・・・さ・・・・・・」

「?・・・・・・なんですか?」


 ルゥに何かを伝えようとしているのか、ぐったりとした状態で懸命に話そうとするアピの言葉に耳を傾ける。


「う・・・・・・」

「う?」

「うぇへへ・・・・・・るぅさんの・・・・・・せなかぁ~・・・・・・さいこぉ~・・・・・・」

「・・・・・・」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


 アピの荒い呼吸が尚更にその場に残念な空気を漂わせていた。


「仰っている場合ですか!?」


 己の緊急事態に、だらしのない顔で呑気な事を言い出したアピに、ルゥは叫ばずにはいられなかった。



 ――同時刻。

 魔法学校の受付嬢が一人、カウンター席に座って一枚の紙を睨みつけていた。

 少し前までは、一仕事を終えた小鳥がテーブルの上でくつろぎ、毛繕いをしていたのだが、受付嬢から溢れ出る怒気と殺気に満ちた黒いオーラを感じ取った瞬間にどこかへと飛び立ってしまっていた。


「・・・・・・どうやら、粛正の必要があるようね」


 とある憎き人物のだらしのない顔を思い浮かべながら、尋常ではない苛立ちと怒りを顕にした時、正門から人が入って来るのが見えた。

 受付嬢は一旦怒りを鎮め、来客に対応するために居住まいを正すが、その客人が見知った人間である事に気付く。


「ルゥ?あら、久しぶりじゃない!」

「エイラお姉様ぁ~っ!!」

「お姉様と呼ぶなっ!?・・・・・・って、どうしたのそんなに慌てて?それとその耳・・・・・・」


 受付に飛び込んできたルゥは、額に汗を滲ませ、呼吸は少し荒くなり、頭にはうさ耳が生えていた。


「アピお嬢様が蛇に・・・・・・!」

「・・・・・・アピさん?」


 言われてから、ルゥの頭のうさ耳は後ろのアピのものであることに気付く。

 様子を見ると、呼吸を荒げてぐったりとしながら目元と口元をだらしなく歪ませている。

 その表情を見て、重症であると判断したエイラは、すぐさま入校許可証をルゥに手渡すと指示をとばした。


「・・・・・・今すぐに医務室へ運んで!校長先生と担任には私から連絡するわ!」

「ありがとうございます、お姉様!」

「だ~か~ら~!お姉様と呼ぶなぁっ!」


 ルゥが厚生棟へ向かっていくのを見送った後、受付脇の仮眠室を開く。

 室内のベッドに横たわって寝息を立てている長身の男に、エイラが大きな声で司令を出す。


「エル、お留守番お願い!」

「・・・・・・あいよ~、エイラお姉様~」

「起きてたの!?今のは忘れなさい!」

「あいよ~・・・・・・ふわぁ~・・・・・・」


 聞いているんだかいないんだかわからない返事と共に大欠伸をする男にムカムカするエイラだったが、自身にも仕事がある為構ってなどはいられない。

 薄手の上着を羽織り、先ずは校長室へと向かう。


(・・・・・・蛇の毒性が強くなっている?後で話を聞かないといけないわね)


 大量繁殖しているいつもの蛇であれば、身体が多少痺れるだけで全く動けなくなるという事は無かった。

 昨日今日で突然変異を起こしたとも考えにくい。


「一体、何が起きているの・・・・・・?」


 不安と"彼の者"への怒りで、エイラの胃はキリキリと鳴るばかりだった――。



 ――エイラと別れた後、ルゥはアピの容態を気にしつつ、厚生棟へと向かっていた。


「お嬢様、ご尊顔が大変な事になっておられますよ?」

「き・・・・・・きのせい・・・・・・じゃ・・・・・・きのせい・・・・・・ぐへへ・・・・・・」


 どうやらまだ余裕があることを見て取り、ルゥは走る速度をグンとあげた。

 背中から「むぉっ!?」と呻き声が聞こえた気がするが、構わず徐々に速度を上げていく。


「お嬢様、厚生棟が見えました!もうすぐですよ!」

「むおぉぉぉっ・・・・・・!」


 程なくして医務室の前に辿り着いたルゥは、身嗜みを整えるのも忘れて三度ノックした後に返事も待たずに扉を開ける。


「ふえっ!?な、なんですか!?」

「急患です!どうか、今すぐに解毒薬を!お嬢様にお手当を!」

「えっとぉ~・・・・・・。とりあえず落ち着いて~、深呼吸して~、冷静に状況を説明してください~」


 勢いよく開け放たれた扉の音に部屋の中にいた白衣の少女が驚いた顔を見せるが、つとめて穏やかな声でルゥを宥めて紙と羽根ペンを手に取る。

 見た目はかなり若く見えるが、恐らくは女医なのであろう少女に言われて、ルゥは自分が冷静でないことにようやく気付く。

 言われるがまま、先ずは深呼吸して心を落ち着かせ、先にあった出来事を掻い摘んで説明する。


「蛇・・・・・・というと~、例のあの蛇さんですか~?」

「はい、そうです・・・・・・」


 応答しながらアピをベッドに寝かせ、アピの乱れた服装を少し整えると、薬瓶を持った女医がルゥの肩をポンポンと叩く。


「メイドさんはくつろいでいてください~。ここからは私のお仕事ですので~」

「はい・・・・・・」


 言外に、ここからはルゥにできることは無いと伝えられる。

 無力感に意気消沈しながら身嗜みを整え、治療中のアピを祈るように見つめる。


「・・・・・・とても大事にしていらしてるんですね~。大量の蛇さんなんて、普通のメイドさんなら逃げていてもおかしくはないのに~」

「はい・・・・・・とても大事なお方です。それだと言うのに、私はお嬢様をお守りすることが・・・・・・」

「でも、きちんとこうして救えていらっしゃるではないですか~」

「ですが私は・・・・・・っ!」

「いけませんよ~?」


 口に人差し指を立てて困ったように微笑んで言う女医を見てから、落ち込んでいた自分に気を遣って声をかけてくれのだと気付く。

 ルゥは自らへの否定の言葉を飲み込み、気にかけてくれている人の前ではしたなく不貞腐れていた自分を恥じた。


「申し訳ありません・・・・・・」

「いいえ、良いんですよ~。どうぞ肩の力を抜いてください~」


 その柔らかく包み込むような声を聞いていると不思議と気分が落ち着いていく。

 気持ち程度ではあるが、医務室に入ってからはアピの症状も和らいでいるように見えた。

 それは、良い声だからというよりも、微かな強制力を持った力であるようにルゥは感じた。

 女医がアピに声をかけながら解毒薬を飲ませるのを眺めつつ、一つ思い当たる質問を投げかける。


「違っていたら恥ずかしいのですが、もしかしてヒーリングボイス・・・・・・ですか?」

「お~!よくご存知ですねぇ~?」


 声こそ驚いてはいるが、女医はアピを治療するその手は緩めず、ニコニコと嬉しそうに目尻を細めている。


「はい、実は人魚と人間のハーフで、人魚特有の癒しの声が使えるんです~。あ、申し遅れました。私、メル・シー・トライデントと申します」

「ルゥ・ルクライド・ランフェスです。人魚と人間のハーフですか・・・・・・かなり珍しいですね?」


 軽く自己紹介を挟みながらも、ルゥはメルの姿を観察せずにはいられなかった。

 人魚には特殊なマナを生成させる器官が備わっており、生成されたマナを乗せたその声は、心を鎮め、邪を祓い、傷を癒すとされている。

 普段は海底に住んでいて、人間との接触を嫌う傾向にある為、ルゥがメルという特異な存在に興味を抱くのは当然の事だった。

 ルゥからの熱い視線を感じているのか、こそばゆそうにしながらメルはアピの傷口に手を当てる。


「とは言っても、見た目はほぼ人間寄りですし、人魚本来の声の力はほとんど無くて・・・・・・。せいぜい少し落ち着いたり、毒の作用を抑えたり、傷の痛みを和らげるくらいなんです~。・・・・・・はいっ、できました~!」


 話している間に、女医は魔法でアピの足を治し終えていた。


「解毒薬も飲んだし、傷口も塞いだからもう大丈夫だと思うけど、どうですか~?」

「むむぅ・・・・・・ぬぐぐ・・・・・・」

「お嬢様?」


 アピは懸命に体を動かそうとするが、その動きは鈍く、酷く気だるげだった。


「ダメじゃ~・・・・・・さっきよりはマシじゃけど・・・・・・力が入らないじゃ~・・・・・・」

「おかしいですね~・・・・・・?いつもならすぐに完治するのですが・・・・・・」


 怪訝そうに手元の薬瓶を確認するが、ラベルに間違いは無く、調合日もつい最近のものだった。


「歯痒いですが、少し様子を見守るしかなさそうですね~・・・・・・血色は良くなっているので、命に別状は無いと思います~」

「そうですか・・・・・・」

「すまぬのぉ・・・・・・」


 アピが少し涙目になっていると、この部屋のドアをノックする者が現れた。


「はい、どうぞ~」

「やぁ、メル。お邪魔するよ。ルゥや、アピの様子はどうじゃ?」


 ドアを叩いた主は、アルトラだった。

 ルゥは素早く居住まいを正し、アピへの道をあける。


「お嬢様は先ほど治療を終えました。ですが・・・・・・」

「解毒はしたんですけど~・・・・・・。体が思うように動かないみたいなんですよね~」

「フム・・・・・・」

「ご主人様、申し訳ございません。メイドとしてあるまじき失態です。なんなりと罰をお与えくださいませ」

「るぅさんは・・・・・・わしを助けてくれたじゃ・・・・・・。全然気にしなくてよいのぉ・・・・・・」

「アピの言う通りじゃ。エイラから事情は全て聞いた。お前さんは良くやってくれておるよ」

「ですが・・・・・・」

「それでもと言うのであれば、後で儂の腰を揉んでおくれ。あまりにびっくりして腰を抜かしてしもうた!ほっほっほ!」

「ご主人様・・・・・・」


 自分の腰を撫でながらそう冗談めかして笑う主を見て、ルゥはすっと肩の荷が降りた気がした。


「はい!お気の済むまで、真心込めてお腰を揉ませて頂きます!」


 ようやくルゥに笑顔が戻ったのを見て、アピも嬉しそうに笑う。


「じぃじだけずるいじゃぁ・・・・・・!わしもぉ~・・・・・・!」

「お主は先ずその体を何とかせい!」

「ほぉ~・・・・・・ぞんな~・・・・・・むお・・・・・・?」


 アピが不満タップリの顔をしていると、長い耳が廊下からの音を拾う。


「あぴちゃあああああん!!!」

「こらー!廊下を走らなーい!」

「すまぬが聞けぬ!仲間の有事だ!」

「・・・・・・殿中である!殿中である!」

「貴方はさっきから小太鼓叩きながら何を言ってるの!?」

「でんちゅう・・・・・・でんちゅう・・・・・・!」

「貴女も真似しないのっ!」


 廊下から何やら騒がしい声が近付いて来る。


「この声・・・・・・せれにゃー?」


 耳をすませていると、ノックの代わりにけたたましい音と共に扉が開かれた。


「あぴちゃん死なないでー!!!」

「アピ殿!無事であろうか!?」

「・・・・・・であえーい!であえーい!」

「えーい・・・・・・えーい・・・・・・!」

「貴方達!少しは落ち着きなさい!」


 目尻に大粒の涙を溜めたセレンが大声で叫びながら飛び込んで来ると、直ぐにアピを見つけて駆け寄る。


「あぴちゃん、大丈夫!?私が見える!?怪我は!?体調は!?おなかへぶっ!!?」

「せれにゃー!?」


 セレンは勢い余って思いきり足をつまづかせ、凄まじい速度を持って額を床へと叩きつけてしまう。

 しかし、なんともなかったかのようにすぐさま顔をあげると、血色の良いアピの顔を見て一先ずは安心したようだ。


「良かったー・・・・・・とりあえず命に別状は無いんだね?」

「いあ~・・・・・・それよりもせれにゃーの方が大丈夫かのぉ・・・・・・?」

「え?」

「せれん・・・・・・おちついて・・・・・・これをみて・・・・・・?」


 首を傾げるセレンに、ユアが氷で作り出した鏡を見せる。

 すると、誰の目から見てもセレンの顔が青ざめていくのがわかった。


「うにゃあああああっ!!!?」


 セレンの額からは・・・血の滝が吹き出していた――。



 ――少し遡って闘技場。

 エイラがやってきた後、シャケは荒れた闘技場を均すと適当な理由をつけて、すっかり元の大きさに戻ったグーと共にその場に残っていた。


「・・・・・・こんなもんかね」

「ぐるぅ!」


 魔法で生成された柱や岩塊等はほとんど消滅していたのでさほど時間はかからなかったが、抉られた地面は決して浅くはなかった。


「どいつもこいつも派手にやりやがる・・・・・・」


 独りごちりながら、自分で均した地面を踏みしめる。

 周囲の地面と高さも固さも全く変わらず粗もない事を確かめると、一つため息をついてその場に座り込んだ。

 それに習いグーもしゃけの頭の上に乗るが、しゃけは少しうっとおしそうな顔をするだけで何も言わず、そのまま暫く無言で周囲を見渡してからゆっくりとその口を開く。


「・・・・・・俺は何もできなかった」

「ぐるぅ?」

「もし、一対一の模擬戦だったなら・・・・・・俺は誰にも勝てなかっただろうな・・・・・・」


 シャケは、先程まで行われていた試合を思い出しながら呟く。


「どいつのこいつも反則だ」


 マナや気配を察知することもできなければ、戦技も魔力も人並み。

 四人の中で、明らかに戦闘に対する才能が無い事をシャケは感じ取っていた。

 激しい劣等感と焦燥感に呑まれないように心を落ち着かせて今後の自身の課題を検討しようとするも、どうしても悔しさが先にたって愚痴らずには居られなかった。

 そんなしゃけを気にかけるように、グーが頭を前足で叩く。


「痛っ!?このっ・・・・・・!」

「ぐるぅ!?」


 お返しとばかりにしゃけがグーを引っ掴んで顔を揉みくちゃにする。

 縦横斜めと引き伸ばすと、マヌケな顔がより一層面白い顔になっていた。


「・・・・・・ぷっ!?なんだその顔・・・・・・くっ、ハハハッ!」

「ぐっ、ぐる!?ぐるっ!ぐるるるぅ!」


 高笑いするシャケにグーが抗議するかのように手脚や翼をバタバタと必死に動かすが、結局拘束は解けず体力が尽きてスライムのように項垂れてしまう。


「ぐるぅ・・・・・・」

「・・・・・・あいつは何故お前をここに残した?」

「ぐる?」

「いや、聞くまでもないか」


 ここに残ると言った時、グーの面倒を見ていて欲しいと半ば押し付けられたことを思い出す。


(勘付かれてたんだろうな情けねぇ・・・・・・。けど、なんだろうな・・・・・・)


 負けず嫌いなシャケにとって、同年代から心配されるなど屈辱でしか無かった・・・・・・筈だった。

 しかし、不思議と悪い気はしなかったことにシャケは少し戸惑いを感じていたのだ。

 暫くして、モヤモヤを振り払うように頭を振ってから、胸中で人生何度目かもわからない誓いを立てる。


(わけわからんが、才能なんか関係無ぇ。誰よりも強くなる、それだけだ)

「ぐる!ぐるぅ!」

「ん?ああ、悪ぃ悪ぃ。そろそろ行くか」

「ぐーる!」


 パタパタと飛ぶグーに背中を押されながら、シャケは前へと歩き出した――。



 ――患者が一人増えてから30分後。


「うにゃぁ~・・・・・・」

「せれにゃー・・・・・・大丈夫かのぉ~・・・・・・?」


 アピから事の顛末を聞き、校長が傭兵ギルドへ向かうと言って部屋を出た後、アピが横たわっているベッドの脇に座ったセレンは頭を抱えて呻いていた。


「ごめんなさい、どうしても魔法が効きづらくて~・・・・・・。私もまだまだ未熟者ですねぇ~・・・・・・」

「うにゃ、元はといえば私の不注意と体質が招いた事ですので・・・・・・。ワタクシなんかに手当して頂き本当にありがとうございますですはい・・・・・・」


 セレンは申し訳なさそうな顔で頭に巻かれた包帯を軽く撫でて礼を述べる。

 セレンが血の滝を作り出してから20分間、メルはマナが尽きるまで傷口に癒しの魔法を行使していたが、結局止血ができただけで完全に癒すことはできなかった。

 メルはその体質に驚きながら、ふらふらと戸棚から包帯を取り出すと、木綿糸を縫い合わせて作られた布を傷口に当ててから手際良く巻いて処置を施してくれたのだ。


「もう少し気をつけるじゃ、せれにゃー・・・・・・」

「うん、ごめんね。私の方がお見舞いに来たはずなのに・・・・・・うぅ~・・・・・・」

「しかし、かなり不便な体質であるな・・・・・・セレン殿」


 セレンの体質については、治療中にその場の面々に説明済みだ。


「ん~・・・・・・確かに不便だけど、悪い事ばかりでもないよ~。・・・・・・そういえば、あぴちゃんは寝たきりだけど本当に大丈夫?」

「思うように動けないのじゃ~・・・・・・」

「解毒はしたんですけど~・・・・・・」

「ふ~ん・・・・・・?」


 セレンは話を聞きながらアピをじっくりと観察すると、うっすらと黒い蛇腹模様の線が何本も肌全体にうねるように這っているのが視えた。


「せれん・・・・・・これ・・・・・・」

「うん・・・・・・」


 セレンと一緒に背後から覗いていたユアが気付いたその正体は、セレンが思っている事と同じだろう。


「な、なんじゃ?」

「あの、お嬢様になにか・・・・・・?」

「・・・・・・うん」


 二人の疑問に、セレンが答える。


「これ、呪いだ・・・・・・」

「「「・・・・・・!?」」」


 セレンが放った言葉で、その場の空気が張り詰める。

 それもそうだろう。

 この場にいる全員が、アピの症状は蛇によって引き起こされたものと思っていた。

 そこに"人為的な現象である可能性"を示唆されて、肌が粟立っても無理のない話だろう。


「呪い・・・・・・呪術か・・・・・・」

「けども、わしはへびに噛まれただけなのじゃが・・・・・・」

「かまれたとこ・・・・・・みせて・・・・・・」

「ここじゃけど・・・・・・」


 ユアに促され、蛇に噛まれた足を見せる。

 複数の蛇腹模様の線が噛跡を中心に広がっているのを確認した二人が納得したように頷く。


「ご説明いただけますか?」

「うん」


 どういう事かと尋ねるベルに、セレンは説明する。


「呪いっていうのは、呪いたい相手への印と効果を決める供物が必要なの。で、今回の場合は噛み跡が印、供物が蛇だね」

「ですが、私が駆け付けた頃には現場に怪しい人影もありませんでした」

「わしも見とらんのぉ・・・・・・」

「自然的には多分・・・・・・あり得ないと思う。供物の魂はそのままだと霧散して自然に還ってしまうから、自らの魂を削って練られたマナを混ぜて供物の魂を対象者に付けた跡へ導かなくちゃいけない。だから、術者がいなくちゃ成立はしない筈」

「なるほどのぉ」

「霧散する前にたまたま噛み跡に入り込んだ可能性は無いのか?」


 バスティの質問に、セレンは少し考えてから首を横に振った。


「確かに、極稀にそういった事象は発生するらしいけど、呪いは何重にもかけられてるから確率的にも考えられないし、魂に人を呪う強い意志が無ければ体内に入っても自然と霧散してしまうものなの。つまり、憎悪という感情が希薄な種では発生しえない・・・・・・と、私は思う」

「どうやら、人為的なものと見て調査する必要があるみたいね・・・・・・」


 言いながらベルは話の内容を手帳に書き込むと、全員を見渡す。


「とりあえず、外に出る際は学内であっても各々単独行動は控えて頂戴。メルシー先生は後ほど私がお迎えにあがりますので」

「助かるわ~」


 今のところわからないことだらけだが、情報が少ない以上ここで話を打ち切っても良いだろう。

 それよりも、セレンは気だるげそうにしているアピの方が気がかりだった。


「取り敢えず、この呪いは解いちゃうね」

「「「え?」」」


 セレンのその発言は、再び周囲を驚かせる事となった。


「可能なのですか!?」

「えと、初めてでちょっと荒っぽい方法なんだけど・・・・・・理論上はできるはずだよ」

「・・・・・・呪いの解除が可能とは流石はエルフ。アッパレアッパレ!」

「あっぱれ・・・・・・あっぱれ・・・・・・」

「あ・・・・・・あっぱれ?」

「セレン殿は博識であるな。呪術にまで明るいとは」

「暇な時はずっと本を読んでたから・・・・・・」

「しかも、独自の方法で解呪なんて・・・・・・やるわね」

「お~・・・・・・マナが視えたり、呪いが解けたり・・・・・・希少種な私も存在感薄れますね~・・・・・・」

「せれにゃー、恐るべし・・・・・・」

「う~っ・・・・・・!ほ、ほら!早く呪いを解かないと!」


 一同から称賛され、気恥ずかしくなったセレンが逃げるように作業に取り掛かる。


「インクお借りしますね?」

「どうぞ~」


 メルシーからインクが入った瓶を受け取って人差し指にたっぷりつけると、呪いの起点となっている足に円を描き始める。


「ちょっとくすぐったいかもだけど、我慢してね」

「のほほほ!こそばゆいのぉ!」

「あっ!?動いちゃダメだってば!」

「ほほほ・・・・・・ごみん・・・・・・」


 歪んだ部分を修正し、どうしても動いてしまうアピを皆で押さえて何とか描き終わる。


「ふぅ・・・・・・」

「ひぃー・・・・・・ひぃー・・・・・・」

「私の掌にも描いて・・・・・・っと」


 約一名悶絶しているが、構わずに自らの掌にも同じようなものを描いていく。


「これは魔法陣か?かなり複雑な構図になっているが・・・・・・」


 セレンが描いた魔法陣は、三つの円と渦巻くように引かれた直線、精霊文字と古代文字、さらに、陣の周囲に書き込まれた十二星座の記号で構成されていた。


「この精霊文字と古代文字の羅列はそれぞれ肉体の門と精神の門を示してて、異なる言語を使うのはこれらの門が結合しないようにするため。この渦の様に描かれた線はあぴちゃんのが右回りで私のが左回りに描かれてるんだけど・・・・・・」

「すまない、聞いておいてなんだが要点だけ教えてもらえないか?」

「あ、ごめん・・・・・・。つまりね、対象者にかかっている呪いを強制的に門を通して私へ移すためのいわゆる肩代わりの魔法陣なの」

「「「・・・・・・」」」


 セレンの答えに周囲が絶句するが、その様子を見たセレンが慌てて補足する。


「えっ?あっ・・・・・・ああっ、違うの!肩代わりというのは手段であって結果では無いから!」

「どういう事だ、セレン殿?」


 周囲からは、返答によっては力ずくでも止めようという意志がセレンに向けられている。

 その雰囲気にたじろぎながら、呪いを解く方法を説明する。


「え、えっとね?あぴちゃんから呪いを受け取るのは確かなんだけど、最終的には私の体質で打ち消して霧散させるの」

「ふむ、なるほど。しかし、呪い・・・・・・魂まで打ち消せるものなのか?」

「この蛇さん達は自らの意志で留まっているわけじゃなくて、魔法で術者の意志を植え付けられてるだけだから・・・・・・」

「その魔法を打ち消せば蛇の魂が解放されて霧散するというわけね?」

「うにゃ!そのとーり!」

「りくつは・・・・・・とおってる・・・・・・」

「・・・・・・わかった、セレン殿に任せよう」


 どうにか納得してもらえたことにホッとしながら、セレンは掌の魔法陣をアピの魔法陣に重ねるように押し付ける。


「少しぞわぞわするかもだけど、我慢してね」

「もうくすぐったくなければ何でも良いじゃ」


 少し達観したような顔で言うアピを少し申し訳なさそうに見つめながら、セレンはもう一言注意事項を述べる。


「あー・・・・・・うん、ちょこっとだけこそばゆい・・・・・・かも?」

「るー・・・・・・」


 アピは泣くしか無かった。

 できるだけ早く終わらせるからと伝えて、セレンはいよいよ魔法陣にマナを流し込む。

 すると、アピに無数に絡みついていた蛇腹模様がスルスルとセレンの掌へと集まっていく。


「ふおぉ~・・・・・・」

「大丈夫?あぴちゃん」

「確かに・・・・・・体を何かが這ってるようなぞわぞわとこそばゆさは・・・・・・うっ!?・・・・・・あるけど・・・・・・さっきよりかは全然マシじゃ・・・・・・ふおっ!?」


 マシとは言ってもそろそろアピも限界であることは見て明らかであった為、セレンは吸い込みの速度を上げる。

 瞬間、アピが小さく悲鳴をあげたような気がするが、セレンは極限まで集中して効率的に呪いの吸引を行う。


「もうちょっとだよ、あぴちゃん!」

「・・・・・・」


 声が聞こえないが、アピも集中しているのだろうと判断して作業を続ける。

 吸い込んだ呪いはいよいよセレンの首元まで這ってきていた。

 掌の魔法陣を維持する為に体内マナがゴリゴリと減っていくのを感じながら、セレンは更に意識を集中させていく。


「せれん・・・・・・」

「大丈夫だよ、ユアちゃん。まだいける!」


 ユアはまだ何かを言いたげな雰囲気だったが、セレンは夢中になっていた為に気付くことは無かった。

 そして、全ての呪いがセレンに入り込む。


「ふぅ・・・・・・。あとはちゃんと消えてくれるか・・・・・・」


 セレンの体質はあくまでも身体に対する魔法を打ち消すもので、魂を打ち消すものでは無い。

 適用外であれば、単純に身代わりになっただけという結果になってしまうだろう。


(まぁ、アピちゃんの身代わりになるならそれはそれでいいんだけど・・・・・・)


 しかし、セレンの心配は杞憂に終わり、体に浮かんだ蛇腹模様は次第に薄れ、程なくして完全に消えていった。


「・・・・・・よし。あぴちゃん、成功したよ!・・・・・・あぴちゃん?」


 自分の体を確認しながらアピに報告するが、返事が返って来ない。

 アピの様子を見ようと顔を向けると、そこにはユアが心なしかムスっとしてこちらを見ていた。


「え、えと・・・・・・ユアちゃん?」

「あれ・・・・・・」

「んぅ?・・・・・・っ!?」


 恐る恐るユアに話しかけると、少し離れた場所を指す。

 その指の先に視線を移すと、そこにはアピの姿があった。


「あばぁ~・・・・・・」

「大丈夫ですか!?アピお嬢様!?」

「この気付け薬使ってみますか~?少し強めのしかないんですけど~・・・・・・」

「どうやら、アピ殿はくすぐったいのが苦手らしいな・・・・・・」

「くすぐりか……これはいいネタに……いえ、何でもないわ」


 ・・・・・・失神した状態で。


「・・・・・・ごめんなさい」

「わかれば・・・・・・よろしい・・・・・・」


 セレンが深く反省している間に何故か満足気な顔をしたエイラがアピをベッドに寝かせると、「さてと」と呟やきながら満面の笑みを浮かべて出口の方へ振り返る。


「せ・ん・せ?どちらへ行かれるんですか~?」

「・・・・・・!!」


エイラが猫なで声をかけた方へ一同が目を向けると、そこにはドアノブに手をかけたイクエイの姿があった。


「・・・・・・蛇を駆除しに」

「それは殊勝な事ですが、何か私に言わなくてはいけないことがあるのではないですか?」


エイラの表情は変わらず笑顔のままだが、一同にはその身から冷たい殺気が滲み出ている様に見えていた。

イクエイはドアから目を離さないまま、ベルの質問に応える。


「・・・・・・はて?」


 瞬間、セレン達は部屋の中でブチッという何かがちぎれたような音が響いた気がした。

 ベルは身体をワナワナと震わせながらも笑顔を絶やさず、上着のポケットに畳んで入れていた紙を取り出すと、広げてイクエイに突き付ける。


「コレは一体、何ですか?」

「・・・・・・」


 沈黙したまま動かなくなったイクエイを訝しみながら、セレン達がエイラの手元の紙を確認すると・・・・・・、


『闘技場借りる』


 ・・・・・・とだけ書かれていた。


「たったこの一言だけで使用許可が下りるものではない事は今まで散々お伝えしていた筈ですよね?」

「いくえー・・・・・・」

「教官殿・・・・・・」

「しょくむ・・・・・・たいまん・・・・・・」

「・・・・・・」


 無言でたらりと冷汗をたらすも、真顔のままのイクエイにエイラは追い詰める様にゆっくりと歩み寄る。

 その顔にもはや笑顔は無く、こめかみに血管を浮かばせながら豚を見るような目でイクエイを見つめていた。


「ゆ~っくり、お話を聞かせてもらおうかしら?」

「・・・・・・御免!」

「なっ!?こらっ、待ちなさい!」

「あっ、逃げた」

「さすが教官殿、素早い・・・・・・」

「にげたにげたー・・・・・・」


 ドアを開けて出て閉めるという一連の動作をコンマ五秒に満たない速さで行うという無駄に高い技術をもって逃げ出したイクエイに呆気に取られながらも、ベルは負けじと追いかけて行った。

 後に残された一同が無言で立ち尽くしていると、いつの間にか起き抜けていたアピの腹の音が静寂を破る。


「・・・・・・お腹すいたのじゃ~」

「でしたら、お食事に致しましょう。皆様も宜しければご一緒に如何ですか?お済みのようでしたら軽食でも」

「うにゃ!おやつ食べたい!」

「おみず・・・・・・ください・・・・・・」

「ご相伴にあずかります」

「お大事に~」


 一同は何事も無かったかのように医務室を後にするのだった。


「待ちなさぁーーーい!!!」


 その日、太陽が沈むまで女性の叫び声が校内に鳴り響いていたという――。

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