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そういう行為はストーキングと呼びます。犯罪ですよ?

この小説はフィクションであり、実在の人物および団体には一切関係ありません。

 只今、係長@無駄にイケメンの待ち伏せに遭う、なう。

 現実には一度もやったことのないツイート調の呟きを心の中で呟いて現実逃避するワタクシを、誰でもいい、誰かこの状況から救出求ム。

 救いなのは、壁ドンとか恐怖でホラーな状況に陥っておらず、相手があくまで常識力検定マスター級の紳士で、間違っても女性部下にボディタッチとか、セ のつく罪状にゴーな状況を徹底回避しつつ上手に2人きりの状況を作り出している無駄な能力の高さを併せ持つ大人であることだろう。

 世の中の壁ドン至上主義な馬鹿どもは滅びてしまえ。

 あれはリアルホラーであって、胸キュンとは程遠い。

 女の力じゃ余程の特殊技能の持ち主ーーいやいや、18禁な意味じゃなくて、武闘派的な意味だね、この場合ーーとにかく、圧倒的な武力か権力か思い切りの良さと幸運がなければ男に抵抗し切ることは無理なんだよって教えてあげたい。

 ……すみません、取り乱しました。目の前の状況に戻らせていただきます。


「ええと、お疲れ様です?」


 疑問形で首を傾げてから、そんな自分自身に心の中で身悶えして髪を掻き毟りながら絶叫する。

 年齢的にもビジュアル的にも、そういうブリッコ的な言動は厳しいだろう、お局!!!

 自分の立場と見てくれ考えろよぉ。

 冷静に嵐のようなツッコミをする自分と、それよりもさらに冷静に相手の出方を観察する自分と、未だに再起動出来ずにぼんやりと相手を見つめたままの自分がいる。

 はい、そこ。人格が分裂している訳ではないから。人間誰でも、大人になるとある程度並列思考するよね?

 あ、また思わず現実逃避しちゃった。

 だってさ、ザ・デキる男の代表格みたいな人物が、眼鏡押さえてうつむいた上に耳まで赤いとか、なんか乙女現象起こしている人が目の前にいるんですけどー。

 コレの対処法、誰でも良いから教えて。

 私が原因だと思いたくないが、他に要素が思いつかない。どうしよう、どうしたものか。私は1秒でも早く家に帰りたいだけなんだ!


「き、奇遇ですね。いつも原嶋係長結構遅くまで残業しているのに、今日は早いんですね」


 あ、不味い。セリフ噛んだ。しかも、何さりげなく気にしちゃってるみたいなこと言ってるんだ、私。

 自分にセルフツッコミをしてから心の中でガックリと打ちひしがれる。


「……気になったから。何か、力になれることはないかと思って」


 たっぷり10秒以上言葉に迷い、原嶋係長がようやく選んだらしい言葉に、お祭り騒ぎ状態だった思考がスッと冷える。

 ああ、見られちゃったか。失敗したな。

 氷水を頭からかぶったように瞬時に冷え切った頭の片隅で、トイレ嘲笑事件もとい、宮下結婚事件の際の遭遇を思い出す。

 あの時の私は平常心とは程遠くて、駅のトイレで覗き込んだ鏡に映った顔は蒼白、髪は乱れ、目は隠しきれない涙で潤んでいてとても普通ではなかった。

 髪は遭遇後に逃げ去ったから乱れたので問題なし。ただし蒼白な顔と潤んだ目は見られたに違いない。

 あれから1週間以上経つのに今更のように声を掛けてきたということは、この人の耳にもあの時の宮下さんの噂が届いたということだろう。


「何かご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません。書類や資料に不備がありましたでしょうか? それとも、客先に何か失礼を致しましたか?」


 仕事のことに終始して、的外れな謝罪をする。

 これぞオバちゃん奥義、すっとぼけだ。

 可愛げのなくなった女なんて、こんな方法でしか自分を守れない。

 それでも、非の打ち所のないリア充に憐れまれることは、戦闘力十分、女子力爆発中のピチピチ女子に蔑まれるよりもある意味堪える。


「あ、いや。そうじゃなくて」


「そうですか、良かったです。お先に失礼します」


 だから相手が怯んだ隙に、その言葉を食い気味に必殺技を繰り出す。

 これでも引き下がらなければ、トドメを刺すしかない。

 出来ればそうならないことを全力で祈って、脇をすり抜けようと一歩踏み出した私の手を、彼は掴んだ。


「触らないでください」


 周囲に響かないように配慮しながら、これから吐く言葉の前振りがわりに警告を出す。


「あ、ごめん。つい」


「気のせいかと思って言わないでおこうと思っていたんですが、やっぱり言います。原嶋係長、私のこと待ってましたよね」


 息を飲んだ拍子に、手が緩んだのを見逃さず振り払う。

 いつの間にか、こういうタイミングばかり読むのが上手になってしまった。

 でも、今更捨ててしまった可愛げを拾い集めて何かを修復しようとしても、何一つ埋められる気がしない。この心の痛みも、喪失感も、いつでも足元に口を開けているような真っ黒な絶望感も。


「そういうの、迷惑です。そうじゃなくても不愉快な噂のせいで、仕事がし難いのに。……もしも、次にこうして意味なく待ち伏せをされるようでしたら、人事に訴え出ますから、そのおつもりで」


 思い掛けない私の言葉に、言葉を返すことも出来ない原嶋係長に、ダメ押しをする。

 間違っても、何の欠片も残さないように砕き伏せる。


「待ち伏せるとか、合理的な理由もなく周囲をうろつくとか、世間一般的にはそういう行為をストーキングと呼びます。犯罪ですよ? 原嶋係長は紳士ですから、そういうことはなさらないと私は信じています」


 最後にニッコリと、わざとらしいほど鮮やかな笑みを浮かべて呆然としたまま再起動出来ない原嶋係長の横を、今度こそすり抜けて家路を急ぐ。

 ズキズキと痛む心を無視して顔を上げ、歩く。

 言葉で相手を傷つければ、その返す刃で自分の心も切り刻んでしまう。

 私にそんな柔らかな心があることを、あなたにも、誰にも知られたくなどないから、私は泣かない。

 そもそもあなたのことを傷つけた私に、泣く資格などない。

 その優しさを受けることが許されない以上に、私がこの痛みを和らげることなど許されるはずがない。




 私は翌日、原嶋係長が出張に行った隙に部長に退職届を提出して、溜めていた有休消化に入った。

 そのまま、顔を合わせることもなく私は退職した。

 予感があったのだろう。既に仕事のマニュアルを作り終え、それを後輩に引き継ぐだけの簡単な引き継ぎを行った私に、部長はひと言だけ、良いのかと確認して受理してくれたのが、とても有り難かった。

 疲れ切った私には、もう説明する気力なんて残されていなかったから。

 まだ何かに感謝出来る自分にどこかホッとしながら、私の心にはあの日去り際に見た、原嶋係長の呆然とした表情が消えない染みのように、心に黒い影になってまとわりついて離れなかった。

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