抱き枕(俺専用)の入手方法についての一考察 1
美しいとか可愛いとか、女性を表現する言葉は色々ある。
それこそ、世の中に溢れた女性向けの書籍にはこれを言える奴は現実にいるのかと首を傾げたくなるような美辞麗句とか、女性向けのコミックスなどは男でもげんなりする類の言葉まで様々だ。
でも、彼女を目にして思うことは少し違う。
初めて彼女を見たのが、しこたま飲まされた飲み会の翌日で、これからプレゼンがあるという最悪にファンキーな状況で俺自身の自制心とか理性が怪しかったせいもあるのだと思う。
ただ、言い訳がましいが。基本的にセクハラが趣味な訳じゃない。
でも、彼女を目にするといつも思ってしまうのだからしょうがない。
抱き枕にしたら最高に違いない、と。
「でさー。原嶋、お前聞いてんの?」
「あー。うん、多分な」
「多分て。多分って俺の扱い軽くない?」
「いや、今俺忙しいから。それでも話させろって言ったのお前だし」
手にしたペンを回しながら応えれば、同期の川原が何度見てもハリネズミのマスコットを真似たとしか思えない無駄に手間と金が掛かりそうなツンツン頭を項垂れる。
こうして見ていると、まさにハリネズミのマスコット(妹愛用のたわし)にしか見えないのが妙に笑いを誘う。
コイツの強みは、この人を和ませて相手の懐に入り込む天性の人懐こさなんだろうと思う。
人当たりの良さという、磨き上げた技術とは違う天性の人たらしだ。
かく言う俺も、いつもなし崩し的にコイツの要望を叶えさせられている1人だ。
それでもまぁ良いかで終わってしまうところが凄いと純粋に感嘆するばかりだ。
「なぁ、やっぱりその頭、水掛けたら元に戻んの?」
何気なく水の入ったペットボトルを手に取りながら思いつきで口にした質問に、川原が慌てた様子で起き直る。
「や、やめろよ? ちょっとした小雨ぐらいなら保つけど、その水ぶっかけられたら無理!」
本気で慌てて椅子ごと後退る川原に、思わずピクリと眉が跳ね上がる。
次の瞬間、いたずら心が湧き上がってニヤリと笑みを浮かべると、奴が硬直する。
なんかこれ、面白い。
すっかり興が乗った俺は、ニヤニヤと笑みを深めた。
「え、マジで?」
キョドリ始めた川原の向こうから歩いて来る人と、不意に目が合う。
急に目の前の資料も川原もどうでも良くなった俺は、本当にしょうもないと思う。
「お話中失礼致します。あの……原嶋さん、この経費なんですけど」
緩く巻いた黒髪を高い位置で1つにまとめた、まだ物慣れない印象の女子社員がおずおずと話し掛けて来るのを、綻んでしまう口元を気付かれないように意識して自然な笑みを浮かべて口を開く。
「ん? どれ?」
手にした書類を受け取れば、洗剤の匂いに混じって仄かに花の香りがする。
そんなことにばかり気を取られていることを気付かれないように、書類に意識を切り替える。
「ああ、これね。生田課長の承認があるから、回しちゃって大丈夫だよ」
「そうですか。ありがとうございます。いつもすみません!」
「良いよ。分かんないことがあったら、いつでも俺に聞きに来て良いから。あ、外回り出てる時は、生田課長に聞いて。俺から話しとくから」
ニコニコと爽やかだと好評の笑みを意識して形作れば、彼女はほんのりと頬を染めて嬉しそうに頷いた。
「はい! いつもありがとうございます」
いつも一生懸命で、谷田部さんの無茶振りに頑張りが時々空回っている彼女は、俺の作り笑顔とは違う本物の笑顔を浮かべて綺麗な仕草でお辞儀をすると、さっと踵を返して早足で去っていく。
笑顔だけじゃなくて、相変わらず去り際も鮮やかだ。こんなに分かり易く好意を向けているのに、後ろさえ振り向かない。
「わぁ、俺初めて見た。お前の必殺スマイル」
「まぁ、お前には必要ないからな」
「確かにあんなキラキラしい笑顔向けられたら寒いわ。その次に出て来る言葉を想像しただけで震える」
「だろ?」
「うん」
何事もなかったかのように軽やかに会話を交わしているが、スマン、川原。お前の存在忘れてた。
だって俺は、良いなと思っている女子に認識される為に必死なんだよ。
しかも、常に忙しそうで雑談を交わすタイミングさえないと来た。
俺自身も暇じゃないから、接点を作ることからして困難だ。それを何とか、頼れる先輩として声を掛け続けてここまで漕ぎ着けた。
この行動力と忍耐力は我ながら賞賛に値すると思う。
「それにしても、契約向上の為に企画考えろとか。しかも、案を5つ思いつくまで帰って来るなとか、無茶振りも良いところだろ。あー、もう俺飽きた。そもそも俺の頭じゃ無理!」
音を上げてフリーミーティング用のカフェスペースでだらしなくテーブルに突っ伏す川原のつむじに、容赦なくペンの尻の部分をグリグリと押し当てて笑みを浮かべる。
「サボるな。俺だって仕事早く片付けて帰りたいんだよっ」
小声で川原を叱咤しつつ、眉間にしわを寄せて再び手元の紙に目を落とす。
「あのぅ。ちょっと良いですか?」
去って行ったはずの人の声に、本気で驚きに目を見張る。
「予算が限られているんでしたら、A4サイズのチラシにしてはいかがですか? 文字数を減らして、簡易のポスターとしても使用出来るようなイメージで。環境配慮商品のようなので、青を基調とした爽やかなイメージで、バックは青空、当社のロゴは隅に控えめに入れて、色合いとかが寂しいようでしたら笑顔の子供の写真かイラストを入れたらどうでしょう?」
川原も半分体を起こした姿勢のままで、呆気にとられて俺の手元の紙にテキパキと案を書き込んでいく彼女を見つめている。
「あ、の。ええと?」
先に我に返って自分を立て直した俺が発した言葉に、夢中で案を練っていた坂上さんがハッと顔を上げる。
極近くで、目が合う。
紫のセルフレームの眼鏡の奥の目は、白目がほんのり青みがかって瞳の黒さを際立たせる。バサリと音がしそうな睫毛が居心地悪そうに瞬きを繰り返していて、俺は唐突に互いの距離を思い出した。
「ああああの、ご、ごめんなさい。失礼しました!」
バッと音がしそうな勢いで身を引き、激しくどもりながら中腰の姿勢のまま3歩ほど後退して背後のテーブルにぶつかった彼女に、目を丸くする。
その姿は、さながら逃亡するザリガニのようだった。
あれ、意外と動きが素早くて俺は割り箸での捕捉は不可能だった。
いやいや、そうじゃなくて。
「うん、ありがとう。助かった」
思考が一回転して正常状態に戻った俺は全てを脇に置いて、何とか礼を口にする。
次の瞬間、一瞬前の自分自身に最大級の賛辞を贈ることになった。
「いえ、お役に立てて何よりです」
最高に嬉しそうにはにかみながら微笑む彼女の笑顔に、同時に俺史上最大の自制心の危機を迎えたのは必死に隠し切った事実だ。
その後、どうやって彼女を見送ったのかいまいち記憶が曖昧だが自分自身の尊厳にかけて何ら粗相はなかったと断言出来る。
「彼女、坂上さんだっけ。良いな」
ボソリと呟いた川原に、心の中でなんかヤバイ感じの人格が降臨する。
俺ってこういう壊れ方するんだなって、妙に冷静に自己分析をしている自分に半ば呆れつつ表情に笑みを乗せる。
「手、出したら……分かってるよな」
妙にドスの効いた声が出て、川原の首が千切れんばかりに何度も縦に振られる。
「お、おぅ」
「手、出すなよ?」
念を押す俺に、川原が完全にドン引きした様子で頷く。
ひとつだけ分かったことがある。
俺はどうやら自分で思っている以上に、執着する傾向があるらしい。
つまり、独占欲が強いらしい。
「さて、戻るか」
「そだねー」
半分魂を抜かれたような疲れきった表情を浮かべる川原をチラリと見遣ると、グッと親指を立てて寄越す。
思わず眉を寄せれば、楽しげに笑みを浮かべる。
「応援してやるから、さっさとくっつけこの野郎」
吐き出された毒を伴う正論に、それが一番の難題なんだと、俺はため息をついた。




