満月の眼
プロローグ
───其れは、とても寂しい眼だった───…。
誇り高き狼族。
大きな狼の身体を持ちながら、人の身体も併せ持つ一族。
その中で私は一際小さい身体だ。
狼姿では最低でも2メートルを越えるのが一般的な狼族だが、私の体長は1メートルにさえも届かない。
産まれたばかりの頃はともかく、6歳を迎えてもこんなに小さいのは今までに無いそうだ。
両親や兄は始めとても心配したそうだけれども、小さい事以外はとっても元気いっぱいだったから大丈夫だと判断したらしい。
むしろこの身体に多くの食事がよく収まるなと驚いたそうだ。
同族の子供からは、犬のようだとよくからかわれた。
狼族は群れを家族を何よりも大事にする一族だ。
だから悪気は無いと解っていたから、プンプンと軽く怒るだけに留めて戯れたりしていた。
けれどやはり心の奥では気になってしまっていたようで、ある日に溜まっていたものが溢れたように涙が出てしまった。
幸いにも周りの子供達から離れた所にいる。
昼寝するように狼姿で花畑に埋もれて、皆に見えないように静かに泣いた。ひたすら涙を流した。
ふと気づくと真っ赤だった空は濃い紺色に染まっていた。
もう夜だ。しかも満月が登っている。子供達は暗くなる前に家へ帰らねばならない。特に本能が疼く満月の夜は。
慌てて立ち上がると、其れが居た。
月光に照らされて銀色に輝く、5メートルはゆうに越える大きな身体。
満月をそのまま奪ったかのような黄金色の鋭い眼。
───なんて、大きな大きな狼だろう!
耳も尻尾も羨ましいぐらいに長くて大きい。
私もあんなふうに大きければ良かったのに。
また涙が溢れそうだったその時、ふたつの眼がこちらを向いた。
「む……小さき赤子か」
見開かれた眼はあまりにも美しく、神々しく、何とも言えぬ気持ちになった。後になって解ったのだが、畏怖したのだ。
同時にただでさえ小さい身体が竦んで、ますます小さくなってしまう。
「……安心しろ、何もせん」
その時だった。
あまりにも哀しそうな切なそうな表情を見せたのは。
狼だから顔の動きはあまり解らない。だが眼は違う。
煌めいていた眼が少しだが、暗くなってしまったのだ。
私が怖がってしまったせいだとハッとするけれど、身体は言う事を聞かず───倒れていく。
「どこの子か…こんなに小さき赤子を放置した罰を与えなければな」
違う、私は赤子じゃない。
そう叫びたかったけれど、意志に反して瞼が重くなり、意識が遠ざかっていく。
「───綺麗な赤目だ」
顔の辺りに穏やかな息遣いを感じた気がした───…。
翌朝起きた私を待っていたのは、両親よりも私を気にかけている兄の説教だった。
心配したんだぞと兄に溜息と共に言われ、ごめんなさいと素直に頭を下げる。
すると頭に手をのせて撫でてくれた。
そこで昨夜の事を思い出す。気を失う前にあの大きな狼が言っていた事を。
「あの…お兄さま、何か…罰されたりしませんでしたか?」
「ん、ああ。大丈夫だよ」
何故か兄は苦笑して、安心させるように私を抱き寄せる。歳が離れている兄の身体は大きく、私の小さな身体をすっぽりと包み込んだ。
「誤解だったしね。ちゃんと君が立派な子だと伝えたよ」
仕方ない事とは言え、赤子だと思われるのはいい気持ちではない。そう思っていたけれど。
「すごく謝っていたよ。道理で強い眼をしていたのだな、本当にすまないと伝えてくれって」
思わず目を丸くしてしまう。
強い眼。それはあの眼の方がずっと強いだろうに。
ああ、でも寂しそうだったのは気のせいじゃないのかな。
「しかしまぁ、びっくりしたよ」
キョトンとした私の顔に向かって、笑みを浮かべる兄。
これは私の事が可愛くてたまらないと思っている顔だ。ぎゅっと抱き締めてる時とかによくされる。この顔がお姉さん達には良いみたいで、外でやると黄色い悲鳴が聞こえる事がある。
私と似ず、とっても綺麗な顔をしているし。
……シスコンだけれど。
「まさか、あの王様が来るとはね」
「……えっ?」
狼族には何よりも敬い畏れる王がいる。
月光を吸い込んだかのように煌めく銀毛に覆われた、どの狼よりも大きい身体。
射抜かれた者は動けない程に鋭い輝きを放つ黄金の眼。
狼族を纏め、ここ狼国を創立し、千年以上も永く王として君臨する王。
またこの世界ディオースの神々のひとりである、狼神でもある。
名はアルギュロス・ヴォルフ。
満月の夜、大人の狼族は本能を昂らせやすくなる。
特に王はそれが強いらしく、狼となって高原や森を駆け抜ける。誰にもその速さには付いていけないほどに速く速く。
そこで私はハッと理解した。
ああ、だからなのか───あんなに寂しげな眼をしていたのは。
孤高なのだ、ずっとずっと。
「お兄さま……わたしは小さいけれど、割りと速いんだよね?」
「うん?そうだね、鬼ごっこでは無敵な君だ」
今はまだ子供だから、大人には敵わないけれど。
子供は成長するものだし、私の脚はまだまだ走れると言っている。いつも。
「わたし、もっと速く、速くなる───王様の後ろを走れるぐらいに!」
ここまで読んで頂きありがとうございます♪
とりあえずプロローグだけ。
続きは書くつもりでいますが、気分次第なので……。
一応簡単に流れはまとめてあるので、気長に書いて完結させたいなぁとは思っています。