八重桜
失うことが、恐ろしい。
離れていかれることが、恐ろしい。
一人になることが、恐ろしい。
だから私は己が腕に、抱く。
冷たく成り行く夫の躯を。
もう帰ることのない弟の忘れ形見を。
二度と笑うことのなくなった父を。
ある日突然狂い死んだ母の骸を。
窓の外では、今日も桜が咲き乱れる。
散り行くその花弁は、何を思うて散り行くのか。
あいや悲しき世の中よ、なんと救いなき世の中よ。
どれ程嘆こうと、どれ程憂いても。
散り行く花弁が戻ることはない。
散って行った大切なものが、戻ることはない。
人の命のなんと儚きことか。
私は、散り行く八重の桜を見て独り、呟いた。