星歴2012年12月4日以前
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星歴2012年12月4日以前
レギオンD4型装甲歩兵は細身の躯体の装甲を、冬の日の太陽パネルの様な灰白色に塗装されていて、左手の厚みのある縦長の盾と、左足前面を覆う体格の割に少し幅が広過ぎる感のある脛当てを連結することが出来る仕様になっていることが、数少ない特徴の一つだった。今一つ平凡なというか、レンが思うに力強いとか強そうといった印象には、正直なところ帝国軍を圧倒するというには、程遠い気がする。
盾の仕様は、右片膝を地面についた射撃姿勢の時、連結して更に縦長になったそれなりに安心感のある盾の陰に隠れる様にして、安定した長距離射撃を行う為だ。射撃姿勢を取ると、左肘と左膝のジョイント部分ががっちりと接続されて身動き出来なくなってしまうし、搭乗者のスクリーンの視界も頭部の広角カメラから狙撃銃のスコープに切り替わる。背後を襲われたら、搭乗者は防御どころか気づきもしないまま一撃で死ねるだろう。何せこの盾以外には既成の装甲が無いに等しく、特に背面は格子状のラジエターを跳ね上げると、内骨格のフレームや駆動系のシリンダーの隙間から、操縦者の背中が剥き出しだった。元々は、帝国の装甲歩兵がコロニーのシリンダー内に侵入してくるという最終決戦を想定して配備された代物で、コロニー外周の居住区画内に侵入した敵の装甲歩兵を、外周内側に緩やかな弧を描く家々の屋根越しに弦で結ぶ様にして直接遠距離から狙撃することが目的だったらしい。
もっとも、戦時中はこのコロニーに向けて幾度も帝国軍の侵攻部隊が進発したという噂が駆け回ったものの、コロニーの外に広がる漆黒の宇宙に吸い取られてしまったかの様に、一度たりともこの地に到達することはなかったのだそうだ。それはコロニーの住民たちにとってはもちろん、良かったことなのだろう。このレギオンにとっても、負ける戦いを強いられることなく任を終えたのは、良かったことだったのかもしれない。
レギオンD4では、機体の各関節の駆動油圧を得る為に、腰の後ろにV字型に2基のアエロナウティカ製AS-6水素エンジンを搭載している。腰の2基の水素エンジンの主機は他の装甲歩兵用に造られたエンジンと比較するととても小型だが、防護用の金属アームと搭乗用のステップが囲っているだけで剥き出しだ。小型化を優先した結果パワーが不足し、結局は2基を搭載する事になったのだそうだ。大戦末期、設計をやり直す時間はなくて、配備を優先した機体だった。タービンが爆音を立ててくれるものの発熱とパワーは至って控えめだ。それでも化石燃料系の内燃エンジンに比べると、発熱もパワーもどちらも十分過ぎる程に大きい。?き出しなのは、アームに残るネジ穴からも想定される消音カバーが、どうやら生産が間に合わなかったらしい。
このエンジンは小型装甲歩兵の駆動用に開発されたもので、エンジン本体の小型軽量化を図る為に、高温で運用される水素エンジンを冷却水で冷やすラジエター部とセットで設計されている。エンジンが倍になったので、ラジエターの面積もほぼ倍近いのだろう。複数の板状のラジエターがエンジン筐体から配管で結ばれ、主にレギオン上半身の側面から背面の骨格の外側を覆っていて、レギオンは一見厚みのある増加装甲に覆われている様に見えるのは、レンにはとても皮肉な事に思えた。小柄な自分が鋼鉄の鎧を纏い、でもその鎧は隙間だらけだったのだから。
排気タービン後段のターボチャージャーは、排気口のジェット噴射に残っている燃焼ガスのエネルギーを3%以下という極小値まで回収し、排気タービン外周の冷却装置もあって、タービンブレードの発する轟音と引き換えに排気はそれほど高温にはならない。装甲を装着していても装甲の内側がそれ程熱くならないので、搭乗者の簡易宇宙服の冷却チューブをあてにした仕様でないのは助かった。レンとしては、いちいち宇宙服を着ないと動かすことも出来ないのでは、使い勝手が悪すぎる。
但し、爆音を奏でるエンジンのせいで、操縦者はノイズキャンセリング仕様のヘッドセットが必須だった。軽量なレギオンD4型には最適かもしれないが、低出力なくせにこううるさくては本来の狙撃に必要なアンブッシュ(待ち伏せ)は絶対出来なかったと皮肉に思う。もっとも、コロニー外部から侵攻してくる真空に耐えうる帝国の装甲歩兵が音響センサーをあてにしているかは疑問で、もし実戦があっても問題ではなかったのかもしれない。
操縦者はエンジンの上、躯体背面の可動式のラジエターを跳ね上げて、内骨格の左右主軸の隙間から体を滑り込ませる様にして装甲を装着することになる。元々は宇宙服を着た大人に合わせて設計されているので、レンが装着しても悲しいことに、まるでサドルの高い自転車に乗ったかの様に、そのままでは足が届かない。膝と肘の関節も多関節構造とはいえ通常の調整では足りず、二の腕や腿の長さを最短で調節した上で、フット・ペダルもセンサ・グローブも、自分に合わせて大幅に位置を付け直している。そのせいで装甲の身長が10センチも低くなってしまったことが、レンとしては妙に気になるところだ。
レギオンには残念ながら廃棄される時に外されたらしい銃器類はなく、今は主兵装だった狙撃銃の代わりに他の機体、重装装甲歩兵の近接兵装であったらしい長刀を持たせてある。この長刀は闇市のジャンク屋で片隅に放り出されていたのを買い叩いて手に入れたもので、セラミックとチタン合金の積層構造の為に頑丈な刀身の割に軽量だった。とは言え、重さでは何とか人が持てるものの、装甲歩兵同士の切り合いを想定して作られたものなので人が扱うには余りに長く、飾りにしかならず売れ残ってしまったらしい。黒く塗られたブレードはレンが買い叩いて引きずる様にガレージに持ち帰った時にはすっかり薄汚れていたが、欠けたところもなく一度も使われずに本来の役目を終えたのだろう。
センサー類は狙撃に必要な光学センサーが中心で、赤外線や暗視機能があるものの、狙撃に使える様な精密なレーダーは積んでいない。あるのはレーダーと言っても大まかに特定の電磁波の発生源をポイント出来る、誘導程度にしか使えないものだった。射撃管制コンピュータも、情報の多くをおそらくは自陣に配置した指揮車両から仕入れる仕様だった様だ。戦闘指揮車はレギオンの交換用の水素タンクを積んで、補給と標的の指示をすることになっていたのだろう。レギオン単体では、リンク先が閉塞している現状ではせいぜい相手の距離を測り弾道補正をしてくれる程度の機能しかない。本来、弾道補正機能はコロニー内での狙撃を行う為に作られたレギオンにはとても重要で、外周の回転による遠心力によって擬似的な重力を作り出しているコロニー内で銃器を使う際は、狙撃方向がコロニーの回転と同一方向か逆方向かで弾道が大きく異なってしまう。回転と同一方向であれば高速で飛翔する弾丸は大きく浮き上がることになるからだが、レギオンの射撃管制コンピュータはコロニーの回転軸と射撃方向のなす角度を認識していて、自動的に偏差の補正を行う事が出来た。戦闘指揮車なしでも単独で使用可能なレギオン独自の機能であったはずたが、残念な事に銃がなくては何も役に立たないと言ってよかった。
オリジナルのレギオンD4型では、通常時は頭部の各センサからの情報を処理しているが、射撃姿勢を取ると自動的に視覚入力が狙撃銃のスコープに切り替わる。視界を放棄した時点で勝も放棄している気もするが、後は指揮車両の指示で狙撃するということらしい。狙撃銃自体は何度ドブ板通りの闇市のジャンク屋をめぐっても手に入らなかったが、スコープだけが外された状態で見つかった。いくつか型があるらしく、本来のレギオンD4型向けのものではなさそうだったが、レギオンD4型の射撃管制コンピュータに接続可能な型を手に入れて、右肩の増設ポッドの位置に固定することができた。切り替えは手動だが、その代わり姿勢によらず、射撃管制コンピュータを長距離射撃モードに変更して、遠距離の精密観測が出来る様になった。レンとしては内心、満足すべき仕上がりと言って良い。
使う機会がなさそうなことが、唯一の問題だ。
そう、使う機会など、ないはずだった。
レンの副業の更に副業に興味を持った、美人の艦長殿に誘拐されるまでは・・・。