星歴2012年12月5日、午前10時。
13.
星歴2012年12月5日、午前10時。
「レンとお姫様はどうしている?」
シェトランドに問われた士官は、すぐさま艦のダメージコントロール機能の一部である艦内モニタを、艦尾近くにある準士官室の一室に切り替えた。もちろん、現時点に於いて艦は100%正常に機能している。
「はっ、割り当てました個室で大人しくしています」
監視カメラの視界の中で、部屋に置かれた上下二段のベッドの下の段に並んで腰掛け、話をしているらしい二人の姿が写っている。
「戦闘が始まったら、部屋はロックしておきなさい」
レンとお姫様を迎えたコロネルは、速やかにコロニーを出航し、外宇宙に向かいつつある。しかし6基ある主機は出力を絞り、まだこの惑星の衛星軌道を脱するだけの速度には至っていない。
緊急の出航許可は、港の管制から何の遅延もなく了承された。コロニーの自治政府も、うすうすこちらの正体に気付いているころだろう。尚更、厄介事には早く出て行ってほしいはずだ。
ただ、コロニー側の許可の有無に関わらず、そんなに簡単にコロネルが先に進める見込みはないと言って良い。コロニー側は今は事の顛末を、固唾を呑んで見守っているはずだ。
前方に展開する帝国海軍所属の巡洋艦は3隻。戦力としては単艦でコロネルに劣るも、3艦もあればりっぱな小艦隊だった。コロネルの予想航路を鼎の様に挟み込んで挟撃の布陣をとっている。自他共に停船状態だったことから帝国軍とコロネルの絶対速度は依然小さく、相対速度もほとんどゼロに近い。現状に於いてはコロネルの得意とする、すれ違いざまの一撃離脱は望むべくもない。併走しながらの航走戦となったならば、コロネルは砲門の数で勝る敵の三方向からの艦砲射撃に包み込まれるだろう。
終わりの見えぬ泥沼の戦乱、何度となく経験して来た戦いの中で、楽な戦いなど一度としてなかった。優勢な敵、連戦の傷も癒えず傷ついたままの艦と乗組員、不足する弾薬や食料。全てが死線、死闘と呼ぶに相応しい戦いを、その全てをこの艦と、シェトランドが信頼し彼女を信頼する部下たちと、くぐり抜けて来た。
100年戦争の激闘は、世の中の多くの者にとって10年も昔の話だ。だが、恒星を旅する彼女にとっては一年にも満たない、まだその負った深手の多くが癒える事も忘れる事とて出来ぬ、近しい過去だった。それは彼女の部下たちにとっても、あるいは前方の帝国軍の将兵にとっても同じであろう。
もちろん、シェトランドとしてはタダでやられるつもりはなかった。仮に戦端が開かれたとするならば、このコロネルの全てを持って敵を叩き潰し、生還叶わずとも少なくとも2隻の敵を道連れにするつもりだった。
「前方上方の帝国軍巡洋艦より入電。共和国宇宙軍巡洋戦艦ギャラクシー・コロネルに告ぐ。貴艦に収容せし『亜麻色の髪の乙女』を、速やかに当方に引き渡されたし。さもなくば帝国は、貴艦もろとも、これを破壊するを辞せず」
帝国軍は、いつの間にかコロネルの偽装された船籍を見破っていた。この宙域に於いて敵の情報収集、解析能力は想定よりずっと高かったことを示している。この事実は共和国宇宙軍の上層部に上程しておく必要がある。何れこの地に派遣されてくる、彼女の後任の為にも。
そして、帝国海軍の艦隊が携えているのは、やはり『亜麻色の髪の乙女』の抹殺指令だった。
たとえ、まだ10年にしかならぬ平和を破ることになろうとも、帝国はこの宇宙の秩序を守る為には、それこそが最善の策であると判断したということだった。
そして、シェトランドに与えられた命令とて、所詮中身は同じだった・・・。
帝国と共和国、双方が第一に『亜麻色の髪の乙女』の確保を、そして、もしそれが叶わぬならば如何なる犠牲を払おうとも抹殺することを命令している。故に最初から、どちらかが妥協して『亜麻色の髪の乙女』の身柄を相手に譲るということは有り得ない交渉だった。
もっとも、少なくとも共和国側でそれを知るのは、コロネルの艦内に於いては封緘命令を読んでいるシェトランド艦長ただ一人だけだったが。
コロネルの艦橋は伝えられた帝国軍の最後通牒で、極度に緊張が高まっていた。ここでコロネルが帝国と戦火を交えるとなれば、それは瞬く間に太陽系外縁で対峙する、帝国軍共和国軍双方に飛び火するだろう。これより再び、100年に及ぶ戦乱が始まるやもしれなかった。自らの生死とこの世界の無数の命が、艦長の決断一つで決まる。
艦橋の全員がシェトランドを見つめていた。彼らはただ、それがどの様な結果をもたらそうと全力で事に当たるべく、自分たちの信頼する艦長が如何なる決断を下すかを、固唾を呑んで見守っていた。
その時不意に、ズン、と鈍い振動が艦体を揺さぶった。
「どうした!?敵の砲撃か?」
副官が叫んだ。コロネルの艦橋が俄かに慌ただしくなる。
「艦体各部正常、被弾箇所なし」
艦橋の監視盤にエラーはない。
ダメージコントロールが伝える。
亜光速には程遠いが、それでも敵の砲撃による被弾を想定した、コロネルの強電界スクリーンは既にフル稼働状態にある。それに、お互いの主砲の有効射程距離に入るには、今少し時間があるはずだった。
「こちら、艦尾格納庫。『亜麻色の髪の乙女』と少年が、艦の脱出カプセルを奪って逃げました!」
艦尾格納庫は艦載偵察機を収容すると同時に、緊急退艦用の脱出カプセルと専用のカタパルトが設置されている。脱出カプセルはコロネルに乗艦する約200名の乗組員の為に、前後の格納庫に総計20機が収められている。簡単な操作で扱えて、単独でごく近距離の航宙と、大気圏突入能力を持っている。
「如何なっている?二人は部屋にいるはずだぞ?」
艦内モニタを見つめる士官は、依然ベッドに並んで座る二人の姿を茫然と見つめた。音声を聞くことは出来なかったが、二人は身振り手振りを交え何かを話している様だ。先ほどと、何ら変わらない光景を映し出している。
「間違いありません、艦尾格納庫の外壁扉が開かれ、脱出カプセルが射出されています。艦尾格納庫に搭載したはずのレギオンD4型も、なくなっています。現在、カプセルは眼下の第三惑星の大気圏に対し突入進路」
確かに脱出カプセルが一つ、射出されている。それにも関わらずエラーランプは依然グリーン表示のままで、艦内に警報が鳴る気配はなかった。
「帝国軍の巡洋艦が転進しています。カプセルを追尾する様です」
レーダー管制官が報告を上げる。帝国軍はカプセルに『亜麻色の髪の乙女』が乗っていると的確に判断している様だった。
「帝国軍とカプセルの間に割り込め!カプセルの回収は可能か?」
シェトランドが問う。
転進中の帝国軍巡洋艦は一隻だけだった。だが、すぐさま加速を開始している。二隻がコロネルの頭を抑え、一隻が猛然と軌道を下げ始める。
「カプセルの回収は不可能です。既に大気圏に突入しました」
レーダー管制官が報告する。
「帝国軍が降下用舟艇を出しています」
光学観測により、転進中の帝国軍巡洋艦の動向を捉えた観測士官が報告した。帝国軍の巡洋艦は、フローティングボディを持つコロネルと違って大気圏への突入が可能なタイプではない。代わりに大気圏内での運用が可能なランチを出して、カプセルを回収するつもりらしかった。
「主砲発射用意」
シェトランドは、息を吐いた。良くも悪くも、サイは投げられたのだ。
「帝国と一戦交えるおつもりですか?」
シェトランドの横顔を見つめ、副官が問う。
帝国軍はコロネルの砲撃を受ければ、帝国が行った恫喝は棚上げにして、即座に反撃を行うであろう。これで、戦端が開かれることになる。
「目標、脱出カプセル」
シェトランドは目を閉じて、静かに首を振った。
「カプセルが地表に不時着した模様」
レーダー管制官が報告する。カプセルが不時着したのは、惑星上の大陸の海岸線に沿った丘陵地帯の様だ。
「レギオンの盾の反応を、トレースしろ」
シェトランドが指示する。
レンがレギオンを持っていったとなれば直上からの走査であれば、たとえ軌道上からであっても計測誤差は極小のはずだ。コロネルからは、ピンポイントで空爆が可能となる。
「カプセルの着陸地点から、時速約100kmでレギオンの反応が北東に動き始めました!」
再び、レーダー管制官が報告する。
海岸線から遠ざかる方向にレギオンは移動している。
「一発で仕留めろ。左舷1番主砲、対地艦砲射撃、打て!」
シェトランドが命じる。
反物質を核に電磁場で固めたビュレットは、交差する敵艦の装甲を一撃で破壊する威力を持つ。コロネルの放った反物質の弾丸は、弾道予測通りに緩やかな弧を描いて大気圏を切り裂き、眼下の惑星の大地へと突き刺さった。誰もが息を顰めるコロネルの艦橋にあって、レーダーによる観測だけが、瞬時に成層圏にまで達する強烈な放電現象を捉えている。
「レギオンの盾、反応消失しました。・・・爆散融解したと思われます」
副官が告げた。
「帝国軍が引き上げて行きます」
レーダー管制官が報告する。
彼らにとって、自らの手を下すことなく任務は完了された、ということなのだろう。
そして結果として、共和国と帝国軍との衝突は防がれた。
「任務完了だ。我々も引き上げる。目標は、エリダヌス座北辺航路、タンホイザ・ゲート」
部下が復唱する。
これでまた、『ホワイト・シェティ』と『白き魔女』の悪名は更に高まるだろう。まぁ、仕方のないことだ。別に誰かに褒めてほしくてやっている訳でもない。
・・・真実は時の娘。何れ明らかになる時も来よう。
それに、報酬はあったのだから・・・。
あの店のコーヒーが飲めないのは残念だ、などと考えながら、シェトランドはもはや振り返ることなく新たな目的地へと艦を向けたのだった。
雨が降っている。
数百メートル先で、爆散したレギオンのあった場所から立ち上がった火柱が、高く天を焦がしていた。周囲は、直径100メートル程のクレータが出来ている。クレータの周囲も、爆風で灌木が薙ぎ倒されていた。
自分は生まれてこの方、雨など見たこともないのだが。
だから、雨と間違うなんて、変なことだ。
背中を叩く小石の音を聞きながら、そんなことを思っていた。
レンは背中に降り積もった小石を払い落としながら、体を起こした。
前にレギオンごと地雷で吹き飛ばされた時に比べても、かなり際どい経験だった。
あの時は、レギオンが彩夏の入ったカプセルを守ってくれた。今回は、レギオンから降りるのが後1分遅ければ、今頃クレータの中で黒焦げになっていただろう。代わりにレギオンを失ったけれども、自分の手で彼女を守ることができた。
片腕を地面について身を起こすと、反対の手で彩夏を抱きしめたまま、二人の体を入れ替える。そのまま彼女を胸に乗せて背中から横たわると、自分の腕の中で気を失っている小柄な彼女の体重と体温を身近に感じられて、何か不思議な気持ちだった。
これで、少なくともこの娘だけは、生きていける。
たとえ、僕が死んでしまっても。
もちろん、彼女が不安がる様なことを言うつもりは、なかったが。
やがて熱風がやんで、丘陵を渡る、穏やかな風に置き換わった。
たとえ大地を抉られようと、いつかはこのクレータも緑に覆われ、その傷跡も、痕跡さえも、いつしか消し去ってしまうのだろう。緑なす大地の営みの中で・・・。
だが、どんなに美しくともこの星は、人類には異星なのだ。この星の動植物が持つタンパク質は、レンの体を作るそれとは多少種類が異なるらしい。一部一致する部分もあるらしいのだがいくら腹は満たせても、やがて幾つかの必要な必須アミノ酸が不足して死に至る。緩やかな死が訪れるのが、1ヶ月後なのか1年後なのか。それは分からないけれども、出来ればその日その時を笑って迎えられたら、良い・・・。
けして長い人生ではなかったけれども、最後に誰かの役にたって死ねるのなら、まぁ、満足すべきなのだろう。
爺さんも言っていた。笑って死ねたら、人は、それで良いって。
そして、僕はダメでも、彼女にならば何とかなるらしい。人が扱えないタンパク質も彼女ならば、その体が必要な形に再構成出来るのだそうだ。
それが、この星に降りる前に、艦長から聞いた答えだった。
「彼女は、『亜麻色の髪の乙女』の最後の一人なの」
部下に彩夏の非常用の宇宙服を見つくろわさせる間に、シェトランドはレンを呼んで話した。
「かつて神聖連邦は、帝国を見習って近隣のイプシロン星系第3惑星の征服を目論んだ。だけれど、仮に支配下に置いても、住めないのでは意味がない。未だ植民の進まぬ第3惑星の実情を知り、彼らは持てる科学技術をつぎ込んで、異星の環境を人類に合わせるのではなく人類を異星の環境に適応させる、遺伝子レベルの改変を行ったの。異星に偏在する通常の人類には分解不可能なタンパク質を分解再編可能な酵素を持つ彩夏自身と、彩夏の遺伝子を受け継いだ子孫は、間違いなく異星の環境に適応出来るはずよ。ほぼ単一民族で構成され、髪も瞳も黒い者が多い神聖連邦にあって、遺伝子変異の副作用の結果、髪の色に明確な変化が現れた彼女たちを、研究者たちは『亜麻色の髪の乙女』と呼び、本来の目的を隠して、まるで北欧神話に於けるワルキューレの乙女の様に、神聖連邦の神聖な象徴として、永遠の生命を持つ巫女として喧伝したの」
では、不老不死の生命を持つというのは、最初から宣伝に過ぎなかった訳だ・・・。
「隣の星を征服することが、研究の最終目的だったのね。実際のところ、遺伝子の急激な改変に彼女たちの身体は耐えられなかった。彩夏以前に短期間で改変を行われた乙女たちは、想定外の急激な老化を示し生き残る事が出来なかった。唯一の解決策は、改変をゆっくりと時間を掛けて行う事だった。彩夏が冬眠カプセルに入れられていたのは、実はそれまでの失敗を元に、最初から遺伝子の改変に数十年の時間を要することを前提にしたものだったのよ。でも、数十年も掛かってしまってはテラフォーミングと比べて時間的なメリットは少なくなってしまう。不老不死の研究は、実は彼女たちの延命の為に派生したものなの。でも、不老不死の研究成果も彼女たちには応用されているらしいけど、結局のところ、それほど長く生きた者はいない。既に彩夏以外の『亜麻色の髪の乙女』は存在せず、彼女もコールドスリープによって生命を維持してきたに過ぎないわ」
「彼女が冷凍カプセルに入れられていたのは、ちゃんと理由があったのよ。そして彼女と同様に、あの冷凍カプセルこそが、失われた遺伝子改変の機能を備えた、マフィアのターゲットだった。マフィアに彼女の誘拐を依頼したのは、神聖連邦の残党だったのよ。カプセルが焼却された今、彼女が消え去れば、復活を目論む神聖連邦の残党の計画は頓挫する。我々共和国政府は、タウ星系の現行政権側から非公式な依頼を受け、彼女の抹殺を請け負った。依頼はマフィアから彼女とカプセルを奪取し、後でサンプリング不可能な様に、跡形もなく消し去ること。タウ星系の現行政権は、政権維持の為の不安要素のひとつを排除することが出来る・・・。神聖連邦の新たな象徴となりうる、過去の亡霊を消し去ることでね」
金髪の艦長は、最後にレンに問うた。
「彼女の為に、キミはレギオンを捨てられるかしら?」
レギオンは、今やレンに取って、自分の全てと言っても良かった。でも。
今は、艦長の問いへの答えは決まっている。
「では、地上に降りたら直ぐに装甲歩兵から降りて、出来るだけ遠くに逃げなさい。これが私の最後のアドバイスよ・・・」
人生には、きっと意味があるのだろう。
でも、神様はけして、公平ではない。
爺さんの様にそれなりに人生を全うする人もいれば、生まれて直ぐに死んでしまう子だっている。
正直なところ、人類発祥の地たる地球から何光年も離れたコロニーであっても、定められた時間通りに、たとえ見ることは叶わずとも地球の、あるであろう方向にひれ伏して祈りを捧げるアラブ人たちの様に誠実には、自分はきっとなれやしない。自分は彼らの様に、生活に根差した神様を持っていない。でも、それでも、地球から遠く離れ、これまで異星の土地にさえ足を付けることも能わず、漆黒の虚空と壁一枚隔てた人工の大地に住んでいた自分でさえ、偶然では片づけられない何らかの意思の力の片鱗を感じる気がする。
だから、自分がいつか死ぬ時、それにはきっと意味がある。彩夏に出会えたことも、彼女を好きになったことにも。だから、一つ一つを大事にしなくちゃならない。そして、自分の見果てぬ夢を託し、叶わぬ希望の為に祈るのだ、如何か、彩夏が自分の亡き後も幸せでいられます様にと。
レンは目を閉じた。
抱きしめた彩夏の亜麻色の髪の向こう側で、遥か遠くまで続く群青の空が、数、数えきれない程の、沢山の小さな白い雲を湛えている。これが、本当の空、本物の大地。確かに、単純なアオではない。言葉に表すことの出来ない、何て不思議な色・・・。たとえ、この星で生まれた訳ではなくとも、たとえ自分を受け入れてはくれなくとも、やはり人は緑なす大地の上で生きていきたいのだろう。
「ねぇ、如何して泣いているの?」
腕の中で、彩夏が顔を上げて、僕を見つめ少し不思議そうに聞いた。
僕はどうやら、いつの間にか泣いてしまったらしい。
ちょっと、情けない話だ。
自分の行く末を憐れんで、泣くなんて。
「なんでもないよ・・・」
多少、引きつっているかもしれないが、多少無理をしてでも口元に笑みを浮かべてみる。それが男の矜持というものだ、多分。きっと爺さんも、同意してくれるだろう。
「そう・・・」
彼女はレンの腕の中でも抱きしめていたクッションを、レンの頭の下に敷いた。どうやら、枕のつもりらしい・・・。
「大丈夫、レンを死なせたりしない。わたしは、わたしの愛する人を、死なせたりはしないよ」
必死な表情でそう言う彼女に、思わず、びっくりした。まさか、彼女の人類とは異なった能力の中には、相手の心を読むことも出来る何かがあるのだろうか?
「わたしを食べて。・・・ええっと、本当に食べられちゃったら、その場限りで、続かないのだけど・・・」
何を言ってるのだろう?
でも、彼女は今、自分から僕を愛していると言ってくれた。
意味は良く分からないけれど、もう、それだけでも十分にうれしかった。
それを聞いた僕は、多分、嘘偽りなくにっこりと出来たと思う。
「あのね、わたし、思い出したの。眠っている間、夢の中で、わたしを買った科学者のおじさんが話掛けてくれていた。わたしは自分の愛する人、一人にだけ、自分を分け与えることができるって。わたしの体液には、この星にはなくて、でもあなたが生きていくのに必要なアミノ酸がふんだんに含まれているの」
彼女は真っ赤になって続けた。
「ちょっと、恥ずかしいのだけど、こうしてキスの時にあなたにわたしの唾液を飲んで貰えたら、大丈夫。たくさん、キスしてくれないと、ダメなんだけど・・・」
まだ、生きていられるのか・・・。
彼女と一緒に。
レンが生まれて初めて触れる本物の大地は、コロニーの土地よりも濃密な自然に覆われていた。この異星の緑の丘にも、たとえ種は異なってはいても、やはり生命が満ち溢れているのだろう。
そしてきっと、この逃避行にも、否、どんな些細な物事にも、きっと意味があるのだ。
だったら、生きていこう。
彼女と、一緒に。
僕はもう一度、彼女を抱きしめた。
fin




