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「宇宙人」シリーズ

だとすれば、あいつを殺すのも吝かでない。

作者: 飯匙倩

 思い出した。

 小4くらいの頃だったか。

 あいつは確か、宇宙人だったんだ。

 でも向こうからやってくる様子はさらさらなくって。

 だから何もこっちからも仕掛けなかった。

 それは失敗だったのかな。

 いや、そんなことはないはず。

 その宇宙人は善良だった。そして善良なやつに手を出すやつは最低だ。

 最低にはなりたくないだろう?

 いや本当に。

 でもね。

 本当に最低だったのはその宇宙人の方だった。

 ぼくたちのこの胸に溢れんばかりの良心を踏みにじったんだ。

 全力で善良を演じていただけの、最低な奴らだった。

 だったさ。

 で、ぼくたちはその一人だけの独りぼっちの宇宙人を、

 おっと、ここから先は禁句だったな……。



「ねえねえ君たち僕の友達になってよ」

 それは既に本性を現した宇宙人の言葉だ。姿こそ人間に瓜二つだが、今更何を言ってるんだか。

「それはできないよ。きみはぼくたちを裏切った」

 ぼくたちは宇宙人に宣言した。しかし宇宙人は顔色ひとつ変えずにぼくたちを見て笑っていた——いや、嗤っていたのか。

「裏切ってなんかいないよ。君たちの勝手な誤解が、そんな無意味な意思を作り出しているだけだ」

 意味が分からない。何を言ってるんだか理解不能だよ。まるで埒が明かない。宇宙人にそう言うと、

「君たちは頭が鈍い。もうちょっと勉強(メンテナンス)し直してくるんだね。それか、いまここで頭を弄くってやろうか?」

 気味が悪い。素直にそう思った。きっと他のみんなもそう思っていることだろう。ぼくたちは黙りこくってしまい、会話は途切れる。

 そうだ。ここからだ。ここから、宇宙人の独り語りが始まったのだ。

「僕からしてみれば、気味が悪いのは君らの方だ。相手が不気味だからって、拒絶するのかい? 少なくとも僕の星では、そんなことは皆無だったよ。だから平和なんだ。平和で平和で平和で平和だった。……暇すぎたんだよ。争いも諍いもない、そんな退屈な世界。皆がみんなを受け入れてるから何も起きない。くだらない世界、ってね。だからちょっと留学しにきただけさ。この星はそういうところ自由だから、勉強になったよ。ほんと、ここは残酷な世界だ。それでも生き抜いてみるといいものだ。いいもんだねぇ。だから僕は、気に入ったんだよ、この星が。……暫く、居候させてもらうよ。もう既に許可も取ってる。いや勿論ここじゃなくてあっちの星にだけどね」

 ——長い宇宙人の言葉が一瞬途切れる。でも宇宙人はぼくたちから目を反らさず、直視していた。

「まあ人間ほど面白い種族も珍しいよね。何より見た目が! 色んな顔とか表情があって非常に面白いよ! 一人持って帰りたいくらいだよ。ん、何のためか、って顔をしている、君たち。……観察のためだよ。人間は寧ろ現象に()()()()――なんて言ってみても分からないよね。君たちはまだ子供だ。いやさ体格的な問題でもなく年齢的な問題でもなく——知的な問題だ。なんて。……それさえも分からない君たちは幸せだ。どこかの『本』で読んだね。『無知の無知』ってやつかな。いやそれを言うなら、『知らぬが仏』かな? まあいい。そろそろ君たちのレベルに合わせよう」

 そう言って、悪魔のような宇宙人は、空気を換える。滞留した雰囲気を翻す。

「話題を変えるよ。君たちの中で、僕が宇宙人だってことを見破ってたやつって、いる?」

 そんなことを訊いてきた。実際そんなやついないだろうと思っていたのだが、

「ワタシ、知ってた」

 と、女子の一人が喋ったのだ。

 以下の文では、その女子のことを『ワタシ』としよう(個人情報はできるだけ漏らさない方がいいだろう)。

「へえ。君、気づいてたんだ。じゃあ——君は今、どこにいるのかなぁ?」

『ワタシ』がどこにいるのか——それは確かに問題になりうることだった。

 ぼくたちは、この忌まわしきかつ何の罪もない宇宙人を、罪人として裁くつもりだったのだから。ことの顛末はこうだ——

 宇宙人はもともと、ぼくたちと同じクラスのとても仲の良い友達だった。だがそれをこないだ宇宙人は、放課後ぼくたちと遊んでいる最中に、自分が『宇宙人』であることを暴露して……、その関係をぶち壊した。そして今、ここで宇宙人はぼくたちみんなに問いつめられ、追いつめられ——る予定だったのだが、逆にややくだくだしい長台詞でもって、ぼくたちを言いくるめていた。……否、状況を掻き回していただけか。

 宇宙人が、自分が『宇宙人』であることを伏せていたことに苛立ち、ぼくたちはこんな集団リンチみたいなことをしているのだ。

 だから、『ワタシ』が宇宙人が『宇宙人』であることを知っていたなら、ここでの存在理由がなくなってしまうのである。

「まあ、そんなところだろうねぇ。嘘つきは『人間』の始まりだ」

 まあ。そんなところだろう。『ワタシ』だって、この何の意思疎通(コミュニケーション)もない膠着状態をただ打破したかっただけなのだろう。仮に本当だったとしても、それは宇宙人の存在を許容していたことになり、それこそ本当に彼女のここでの存在理由は無くなってしまう……ん、最後に宇宙人がなんかカッコつけてたが、あれは無視だ。それが現在のこのグループでの、統一見解だ。

 しかしこんなのはまだまだ序章——のつもりだ。明日から学校では宇宙人は所作から何から全無視される予定なのだから。

「ふふ。いいよいいよ、気を遣わなくても。僕だけ勝手に喋るから。で、てことは、宇宙人だってことはばれてなかったわけだ。成功成功。潜入成功だよ。……子供を遊ぶのにも慣れてきたしね。ああいや、子供と遊ぶのにも、ね。これは僕が大人だってことじゃあない。僕もまだまだ普通の子供(ガキ)だ。君たちと同じ、人生の未経験者だ。僕たちはたったいま前人未到の途方もない坂道を登りはじめた最中なんだよ。やっぱり大変だね。初めては大変だ。何よりもかによりも大変。そしてものすごく疲れる。——だってそうだろう? 君たちだって、未知の生物であるこの僕に対して既に疲れている。ほとほと疲れ果てている。……僕に何をするつもりだったのかは分かっているつもりだったけど、残念ながら今日はここらでお開きだね」

 そう言うと、宇宙人は独りだけ去っていった。

 独りで。孤独に。唯一人。

 一匹だけで——。

 ……宇宙人は事実ぼくたちを挑発していた。

 (けな)していた、そしっていた、馬鹿にしていた。

 だとすれば。

 だとすれば、こいつを殺すのも吝かでない——

 そう思って、しまった。


 かくして、宇宙人は予定通り、ボッコボコにされた。

 というかした。他ならぬぼくたちが。

 まあ女子は流石に引いててやりはしなかったけど。でも傍観者ぶりながら、宇宙人が痛めつけられるのを楽しんでいたのは確実だろう。 

 宇宙人だからな。いいだろ。こんなところで駆除してしまえば、それでいいのだ。

 死ねばいいのに。そんな風な殺意は暴走し、ぼくたちの暴力に拍車がかかる。

 ……一通り、宇宙人への虐待が終わり、皆の理不尽な怒りもおさまり、帰ろうとしていた、その時。

 一瞬だけ、たぶんぼくだけだろうけど、宇宙人が笑っているのが見えたのだ。皆は疲れ果てて放心しながらも帰路に着いていたのだけれど。

 ぼくは少しの精神(ちから)を振り絞って、ほんの少しの好奇心を自分の心の中から見出した。壮絶な姿の宇宙人の顔を窺う。

 すると宇宙人は——相も変わらず嗤っていた。微笑でなく、それは嘲笑だった。

 声こそ出てはいなかったが、しかしその顔はいつにも増して不気味だった。

 怖い、とそう感じた。恐怖だ。下手をすれば畏怖してしまうほどの恐怖の念。

 ぼくは逃げ出した。

 早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい! ——そう思いながら。


 翌朝。ぼくたちは学校へ何事もなかったかのように登校する。

 今日は学校を休んでいるやつは一人だけだった。

 例の、宇宙人だ。

 孤独で孤独で孤独な、異星人の、宇宙人。

 気味悪かった。

 不気味だった。

 怖かった。

 ぼくたちは怖がっていたが、宇宙人はそのままずっと、学校へくることはなかった。



 ぼくは一人、昔の出来事を思い出し終わっていた。

 (くだん)の宇宙人——彼は一体どうなったのだろう。考える。

 死んでしまったのかもしれない。本当に暴力の度が過ぎて、やってしまったのかもしれない。当時のぼくたちの『統一見解』はそれで、ぼくたちはその罪の重さに、苛まれていた。あくまでも、宇宙人の死に苛まれていたわけではない。

 否、それとも。

 宇宙人は、宇宙に戻っていったのか——もしれない。実は宇宙人は死んではいなくて、ああなんて地球は非道いところなんだろう、と愚痴りながら、あのあと母星へ帰還したのかも。

 今なら、また地球(ここ)へ戻ってくるかも。そして、自分に暴虐を加えたぼくたちを一人一人殺していくのだろう——さながらパニック映画の如く。

 いや、復讐はぼくたちだけで、他の地球人には害を加えることはないか。……いやいや、「地球人」への怨みが、この数年間で積もりに積もっているはずだ。その時は必ずや皆殺しにするだろう。

 実を言えば、当時のぼくたちも『統一見解』関係なしに、宇宙人がいつか襲ってくるのではないかと危惧してもいた。

 宇宙人には不死身で死にそうもないような固定観念(イメージ)があるからなぁ……そう思ってずっと宇宙人の復讐としての襲来に怯え続けていたのだが。結局そんなものにはまだ見舞われていない。

 そういえば。

 たったひとつ、残っていたな。

 たったひとつだけの、仮説が。

 あの宇宙人は——ただの人間だったのではないかということだ。

 友達から『宇宙人』と称されからかわれているだけの、ただの人間だと、そう周りには見えていただろうし、事実そうだったのかもしれない。

 だとすれば転校したのか。

 しかし転校するならするで、先生やらなんやらで、送別会でもするのが当たり前だろう。

 そもそも転校するとも担任の先生は言わなかった。

 だから結局、教えてくれなかったのかも。仲の良かった親友が死んでしまうという大事件は、子供には荷が重すぎると判断したのかもしれない。

 ……いや、仲が良かったなら尚更、その死を伝えないわけにはいかないはずだ。だったらやっぱり、彼は生きていたのか?

 何にしても、宇宙人の件については、謎のままだ。

 そういう不可思議さは確かに『宇宙人』っぽいのだろうが。

 されど、あいつは『宇宙人』だったのか——それともただの人間だったのか——あいつはまだ生きているのか——それとも既に死んでいるのか——さっぱりさらさら分からない知らない。

 昔の仲間はどうしているだろう。当時一緒だった奴らは。未だにあのことを憶えているやつはどれくらいいるだろうか。そしてぼくみたくあの時のことを振り返ってみたやつは? ……いるだろうか。

 ぼくも今年、晴れて中学生になり、昔のあの仲間とは違う学校に進学した。

 みんな散り散りバラバラになって、しまった。

 …………さて、あの宇宙人は、今頃どうしているのか——いや知らない知りたくない関わりたくもない!

 だとすれば。

 だとすれば、あいつを殺すのも吝かでない。

 それが今現在の、ぼく個人の、統一見解だ。







「宇宙人って……人間も含まれるから、宇宙人っていうより異星人って言った方がいいだろ」と一瞬思い、「それは俺たちが宇宙の中にすんでる地球人っていうより地球の中にすんでる地球人って言った方が違和感ないからだろ、野暮なこというなよ」みたいなことを脳内で毎回ルーチンワークのように考えちゃう、作者です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 いじめというよりは、その名を借りた「宇宙人」に対する拒絶のように感じられました。続きが楽しみです!
2013/08/13 23:02 退会済み
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