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我輩は犬である (掌編ファンタジー)

作者: 月山青雲





「我輩は犬である」




 

 我輩は犬である。名前はユキムラ。

 随分と、俗な名を付けられたものだ。

 この名で呼ばれると、ちょっと恥ずかしい。


 ここは東京郊外のベッドタウンにある一軒家。

 さして豪華でもなく、さりとて貧疎でもなく、

 どこにでもある平凡なお家の庭先に、

 十六年ほど居候させてもらってます。


 パパさん、ママさん、そして娘さんの美樹ちゃん。

 

 どこにでもいる平凡なご家族に、

 十六年もお世話になっております。


 平凡づくしだけど、我輩は幸せ者でした。


 パパさんも、ママさんも、美樹ちゃんも、

 とってもいい人。

 

 エサも愛情もたっぷり。

 毎日ちゃんとお散歩に連れてってくれるし、

 そして週末には車に乗って海や山にドライブ!


 幸せな毎日を過ごしておりました。




 ある日、警察の人がお家に来て、

 パパさんやママさんに何か話していたみたい。


 何があったんだろう? 

 我輩には、よく分からなかった。


 でも、パパさんやママさんは悲しい顔をしてた。

 眼から水滴が落ちていた。


 その日以来、美樹ちゃんが家に帰ってこない。

 

 いつも学校から帰ってくると我輩の頭を

 撫で撫でしてくれたのに。

 その日以来、見ることは無かった。


 美樹ちゃん、どこに行ったんだろう?

 我輩なんだか悲しかった。





 それから三年が過ぎた。


 我輩は歳のせいか、後脚が動かなくなっていた。


 わけも無く突然身体が痙攣したりするし

 ときどき息が出来なくなるほど胸が苦しくなったりした。

 

 パパさんもママさんも我輩のことを心配して

 動物病院に連れてってくれたんだけど、

 たぶん駄目だろう。


 我輩のことは我輩が一番よく分かるよ。



 ある夜のことだった。

 見覚えのある女の子が、いつの間にか

 我輩の犬小屋の前に立ってた。


 美樹ちゃんだった。


 白い浴衣のようなものを着てた。

 我輩の遠くなった耳にも、

 はっきりと聞き覚えのある声が聴こえた。


「ユキムラ、こっちにきて」


 それは、間違いなく美樹ちゃんの声だった。


 嬉しかった。


 ふいに、身体が軽くなるのを感じた。

 動かなくなっていた脚が動くようになっていた。


 美樹ちゃんに飛びついた。

 美樹ちゃんの腕に抱かれた。

 

 すると美樹ちゃんは、いとおしそうに

 我輩の顔に頬を摺り寄せてきた。


「よく、がんばったね」


 美樹ちゃんの声、美樹ちゃんの笑顔。

 なにもかも昔のままだった。

 

 我輩は、救われた気がした。


 美樹ちゃんに抱かれながら、ふわりと宙に浮かび

 上がっていった。


 我輩、美樹ちゃんと一緒に、空を飛んでいる!


 眼下には、我輩の寝ている姿と、我輩の犬小屋が見えた。

 十九年間お世話になったパパさんママさんの

 お家が見えた。


 我輩が住んでいた家が、街が、

 みるみる小さく遠くなっていく。


 パパさん、ママさん。いままでありがとう。

 我輩、美樹ちゃんと一緒に、最後のお散歩に行ってきます。


 やがて目の前の景色が、柔らかく暖かな光に包まれた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだろう、目から変な汁がこぼれてきた [一言] としあきのくせになまいきだぞ! これからもがんばってね
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