第96話:雨(前編)
第九十六話
六月に入って最初の金曜日。
お空は灰色に染まって午前中から雨が降り続いている。本当か嘘かわからないが、二メートルを超えるアマガエルが道路を横断したとかしないとか。
「あちゃー土砂降りだよ」
帰るころになって雨脚はさらに強くなり、『おい、濡れるぜ。俺の傘に入れよ』『うん…ありがと』といった光景があっちこっちで行われている。
その行為に対して傘でも投げてやろうかと思ったのだがあいにく投げる傘が無かった。傘があれば今頃帰っていただろう……もちろん、困った男子生徒を入れるつもりはさらさらない。
「男二人で相合傘は冗談じゃないな」
いつの間にか隣に友人がやってきておりこれまた『くそ、この手に傘があったら絶対にあのカップル共に投げつけてやったぜ』といった表情をしている。
「真帆子ちゃんはどうした。あの妹さんとなら相合傘してやってもいいぞ」
「はは、そんな冗談は通用しないよ……友人、君は大人しく濡れて帰るといい」
お互いいがみ合っていたのだが二人の目の前をカップルが歩いて行く。
「羨ましいね」
「ああ」
なんで自分には彼女が居ないのだろうかと二人して考えていたが時間の無駄だと結論付ける。何、三回ぐらい一学期中に告白したのだがどれも実らなかっただけだ。
「おい、あれ野々村さんじゃねぇか」
「あ、本当だ……」
野々村雪が校門のところで高そうな車に乗っているのが見えた。
「傘の一本ぐらい恵んでもらえねぇかな」
「そうだよねぇ」
手を振ったのだがさすがに距離が遠すぎた。雪を乗せた車はすぐさま発進して見えなくなってしまう。
「おーまいごっと」
「くっそぅ、所詮庶民は置き去りってわけかよっ」
「あんたら何騒いでるのよ」
突っ立っている二人の後ろから声が聞こえてきた。有楽斎と友人はつんとした声の方を振り返る。
「榊さん…」
「邪魔よ」
有楽斎を押しのけて理沙は自分の傘を傘立てから抜き放つ。有楽斎と友人はこの機を逃すと誰も助けてくれないんじゃないだろうかと必死になって理沙を持ち上げる言葉を考えていた。
「あら、間違えて模造刀持ってきちゃった」
そんな理沙の言葉に二人は持ち上げる言葉を考えなくなった。
「榊さんってドジなんだね」
本心を発した有楽斎の頭に鞘の模造刀が振り下ろされる。
「うっさいわねぇっ」
どうしたら模造刀と傘を間違えるのかわからない。残念ながら傘が無くて帰ることのできない人が一人増えただけだった。
「その模造刀をこう……雨を切りながら歩けたら帰れそうだね」
「そうだよなぁー……って無理だろっ」
友人と有楽斎がからかうようにそんなことをいっていると理沙は模造刀を持って歩きだした。
「え……」
「まさか……」
そのまさかだった。
ちょっと信じられない現象……といっていいだろうか。雨は理沙に露ともかからず散っていく。
こうして、友人と有楽斎が再び残されたのであった。
「あれで相合傘は出来ないわな」
「出来たとしても細切れにされてるよ」
校門を出た辺りで警察官が待ち構えている。この後どうなるのか安易に想像できた二人は現実から目をそらしたのだった。
「さて、こうなったら手っ取り早く誰かの傘を借りて帰ったほうがよさげだな」
「友人、それはやめておいたほうがいいよ。僕も一度だけそれをやったんだけど持ち主がやってきたんだ。持ち主が前の高校の真面目な生徒会長だったからね、職員室に連れていかれて説教されたよ。彼女、すっごく真面目だったから」
「ほぉ…ま、なんにせよそうなったとしても『君と一緒に相合傘がしたかったんだ』って言えばいいだろう」
有楽斎の忠告を聞かずに友人は手ごろな傘を抜き取った。手ごろ……といっても、水玉模様の可愛い傘である。
「ま、後日返せばばれないだろ」
そんな友人の肩に手が置かれた。フラグが立ったかと彼は元気よく振り返る。
「おい、お前誰の傘を持ってるんだよ」
二メートルを超える大物。存在するだけで威圧感を与えるそんな人だった。
「友人、さっきの言葉を言ってあげるんだっ」
有楽斎は相手にばれないように下足箱裏へと逃げていた。
「え、あははは……『君と一緒に相合傘が……』言えるかボケがぁあっ」
持ち主に傘を投げつけて友人が校庭へと走り出す。
「まてこらぁぁぁぁっ」
有楽斎はその光景を見て『青春だねぇ』と頷くのであった。