第93話:支えるため
第九十三話
有楽斎は不安で仕方がなかった。
「ああ、真帆子……手つきが危ないぞっ」
「大丈夫だってば」
既に図書館から借りて来た本には食材の一部がのっかって汚れてしまっている。もはや弁償レベルであろう。
「包丁はとても危険だからなっ。集中してやっていても危ないんだぞっ」
「お兄ちゃんは心配性だなー……」
魚に出刃包丁を突き付けた…それまではよかったようだが抜けなくなったらしい……一生懸命抜こうとしているが危ない雰囲気が漂っている。
多分、聖剣を抜こうとした人物もこんな感じで危なっかしい日があったのかもしれない。
「お兄ちゃんは他の家事しててよ」
「いや、でも真帆子に任せるのは……」
「真帆子を……真帆子を信じてよっ」
行ってお兄ちゃんっ。真帆子の事は心配しなくていいからっ……まるで何かのラスト場面である。
「………わかったよ」
正直、何を信じればいいのか分からなかったが真帆子がそういうのなら仕方が無い。このままの状態では試験に向けての勉強なんて頭に入らないので掃除をしておくことにしたのだった。
「真帆子、部屋を掃除してくるからね」
「うん」
掃除機を持って真帆子の部屋へと向かう。
部屋の中は比較的きれいにされており、目立つものがあるとしたら子供が欲しがるような魔法少女が変身に使用するおもちゃぐらいだろうか。
「中学生でもぎりぎりなんだけど高校生になってこの趣味はどうなんだろう……」
今年のお正月、間違えてアルコールを飲んでしまった真帆子は半裸になりながら有楽斎にこう言ったのだ。
「お兄ちゃん、私ねぇ、魔法少女なんだからすっごいんだよぉ」
有楽斎としては不安要素の一つである。将来の夢は魔法少女……なんて無理だろう。年齢的にどだい無理な話である。
「将来は魔法少女になりたいとか……いやいや、もう少女じゃないもんなぁ」
とりあえず妹の物を勝手に捨てるのはよくないだろうとステッキを布でふいて元の場所に戻す。まさかそれが本物だとは有楽斎が知る由もない。
真帆子の部屋、その前の廊下に掃除機をかけて自室へと入る。引っ越ししてきてまだ半年もたっていない為に家具はベッドと本棚、机に箪笥ぐらいだ。
「ついでに衣替えもしておこうかなぁ」
夏物の衣類が詰まった段ボールを押し入れから引っ張り出す。隠しておいた十八歳未満御断りの本が日の光にあたってしまったので再び別の場所へと隠しておいた。
「真帆子に見られると成長に悪影響だからな」
それなら買わなければいいのではないだろうかと思うかもしれないが、嘘もばれなければついていいのである。
真帆子に言わせれば『女の勘はすごいから嘘をついてもばれる』とのことだが。
衣替えを終え、椅子に腰を下ろす。机の上には家族でこの前に撮った写真が置いてあった。
「………はぁ」
写真の中の真帆子はいつものように笑っているし、あまり笑っているところを見たことが無い母も無理をして笑っている。
この写真は真帆子が母親に対して嘘をついたおかげで撮ることが出来たのだ。海外を飛び回っている母親に対して有楽斎が事故に遭って重傷だと連絡を入れる。
当然、有楽斎はそんなことを知らなかったので血相を変えて帰って来た母親を見て首を傾げたりもしたのだ。母親も有楽斎を見て数回話した後に真帆子が登場……母親にしかられたのであった。
真帆子の願いどおりだったのか、家族写真を撮ることが出来た。普段から非常に行動力に富んだ少女だったが、まさか母親を家に帰って来させるとは夢にも思っていなかった。
「真帆子を見てきたほうがよさそうだな」
独り言を呟いてから有楽斎は部屋を後にするのであった。
結局、その日の晩御飯は得体のしれない元肉と元野菜、そして元魚の煮つけとなった。どんな味がしたのか知りたいところだが有楽斎から言わせてみれば二度と食べたくない料理と言ったところだろうか。有楽斎自身、あまり料理が出来るほうでもない為に真帆子に教えてあげられないことが悔やまれる。
料理があまり得意ではない兄を支える為に真帆子は料理をがんばっているのだが素質が無いようで失敗ばかりである。
互いを補う事の出来ない不器用な兄弟なのだ。
「お兄ちゃんっ、次は頑張るよっ」
「うん、期待しているよ」
しかし、彼らは不器用と言う言葉に屈服したりしない。明日に向かって走り続けているのである。
ちなみに、それが進歩しているのかどうかは不明だ。
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