第92話:図書館にて
第九十二話
二年中間テストが迫りつつある水曜日。有楽斎は放課後、真帆子と共に図書館にやってきたのだった。
「何で僕は図書館まで連れてこられたのかな」
「あのね、真帆子がお兄ちゃんに料理を作ってあげたいのっ」
有楽斎は中間テストが迫っているのが原因だと思っていたのだが全然関係のない単語が出てくる。
「それは嬉しいね…」
真帆子に料理を任せると常に碌な事が起きない。
圧力なべがなんともまぁ悲惨な結果になった挙句、片づけをしたのは有楽斎だ。真帆子は逃げた猫を捕まえに行っていたらしい。
「だからほら、中間テストも近いからお兄ちゃんはここで勉強しててね。今日は部活ないから一緒に帰ろうよっ」
有楽斎の腕を掴みながらそう言ってくる。『却下っ』と言っても強行してくるだろうし、家に帰れば嫌でも顔を合わせなくてはいけない。
「わかったよ。真帆子が帰ってくるまで図書館にいるから思う存分探してきなよ」
「わーいっ。じゃ、行って来るねっ」
真帆子は走って行き、注意されている。有楽斎はため息をひとつつくと近くの椅子に座った。
図書館に入ったのはこれが初めてだが非常に大きい。暗がりであれなことをしてもばれそうもない広さと、みたこともない文字で書かれた本も置いてある。
「……っ」
「ん」
春本でも置いてないものかとうろついていた有楽斎の耳に何か聞こえてきた。どうやら女子の麗しき声のようである。
「ここら辺かな……うわ」
あまり人が来ないような辞書を並べた本棚。それらの棚に置いてあるはずの本は落ちており、通路をふさいでいたのだ。
ふと、一番辞書が積もっているところから一本の脚が伸びているのに気が付いた。きれいな足だなぁと有楽斎は一瞬だけ思ったがあわてて足をつかむ。
「今助けるからね」
暴れる足をゆっくりと引っこ抜く。体温を感じるのでまだ大丈夫だろう……太もも、水色と白のしましまのパンツ……、めくれ上がったスカート、凹凸の少ない身体に顔、束ねた黒髪の順に辞書の海から救助される。
「君、大丈夫かい」
「げほげほっ………大丈夫よ」
埃を手で振り払い、有楽斎の方を見て目を疑っているようだった。
「あんた……」
「あれ、誰だっけ」
「あんた……私に告白したでしょ」
「え、あ、ああ、榊さん……ぐあっ」
有楽斎の股間に蹴りが入った。
「な、何するのさ」
「私の事を忘れたバツよ」
「バツって……はは、だってもう用がな…」
そこで黙りこむ。理沙の足は二撃目の準備に入っていからである。
「わかった、よくわからないけどわかったから」
「そう、じゃあ許してあげるわよ。あんた、これ片づけておいてね」
「えーっ」
「えーじゃないわよ。あんたみたいなお人よしは騙されて終わりよ。さっさとやりなさいよ」
「はぁ…わかったよストライプさん」
「あんた……」
「じょ、冗談だよ」
脛を蹴られつつも足元に転がっている辞書を拾い上げる。視界の端にはすらりと伸びた二本の足が見えたりするが、どうでもよかったりする。
「早く片付けなさいよ」
「はいはい」
「返事は一回でいいわ」
「はい」
急いで片づけないと真帆子を待たせちゃいそうだなと有楽斎は心の中でため息をついた。
「榊さん、ちょっとあっちの方を見張っていてくれないかな」
「はぁ、なんでよ」
「えっとね、ほら、こうやって散らかっているところを誰かに見られて告げ口なんてされたら面倒だよね」
「そうね」
「だから人が来ないように見ていてほしいんだ。こっちに来そうになったら色気で頑張っていてほし……冗談だよ。適当なことをいって時間を稼いでほしいんだ」
「しょうがないわね」
元は理沙が悪いのだが有楽斎がお願いする形になったのだった。もし、有楽斎の告白が成功していたら間違いなく尻に敷かれていただろう。
「じゃあお願いするよ」
「五分で片付けなさいよ」
五分で片付けるなんて普通の人間には無理だろう。数十メートルは散らかっているのだが……三分後、有楽斎は理沙の元へとやってきたのだった。
「終わったよ」
「へ…あんた、嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をつきなさいよ」
「見てくればいいよ。僕は妹が待っているかもしれないから行くからね。あ、また本に埋まらないでよ」
「わかってるわよっ」
理沙が居なくなったのを確認して有楽斎は先ほどのテーブルへと戻ることにしたのだった。
「そんな……」
有楽斎の言うとおり、落ちていた本で築き上げられた道はきれいさっぱりなくなっていたのだ。