第89話:男と女の出会い
第八十九話
部活も花月のやる気ない『今日は解散』という掛け声によって解散となった。
冷蔵庫の中に入っているものだけでは心もとない夕飯が出来るであろうから買い物に行かなくてはいけない。
「真帆子に頼んでもいいけど部活やっているだろうからなぁ」
きっと生物部で青春しているのだろう。それに比べて有楽斎はまるで粘着テープの床がある家にほいほいと引っかかるゴキブリのようなものだ。ゴキブリが喋れるのなら有楽斎を見て笑っていたはずだ。
しょぼい青春がしたかったんだけどなぁ、そんな言葉を口にする。
「俺の直球を打ち返して見せろっ」
「こいっ」
そんな展開になるわけもなく、やる気のない部長がパソコンをいじっていたり、筋トレしていたり、黒板でマルバツゲームをしたぐらいだ。
「今度の試合に向けて合宿を行うっ」
こういったことも起こり得ないだろう……もっとも、有楽斎はそういったのが嫌いなのでがっちがちの青春したいわけでもない。
終わったことは仕方が無い、有楽斎は頭を切り替えて今晩の献立を考える。
「……お肉が続くのはよくないよなぁ。魚の煮つけかなぁ……僕煮つけあんまり好きじゃないんだけどなぁ……」
それじゃあ野菜料理にしようかと考えるが、煮つけではなく焼き魚にすれば問題解決だなと結論付ける。
「ぐえへっへっへ」
「かわいいねぇ、君」
「お兄さん達とお茶しない……そのあとはよろしくやろうよ」
どこかで聞いたことがあるような声に辺りを見渡す。路地裏に続く道に男子高校生三人組が何かを囲むようにして立っている。
しかし、どうみても高校生とは思えない体躯の持ち主たちである。一番小さい人でも有楽斎の頭一つ分は大きいだろう。横幅なんて二倍くらいある。
そんな男たちが三人集まってぶつぶつ言っているものだから道行く人たちは目を合わせないように、関わり合わないように遠巻きに歩いて通り過ぎていく。
もちろん、有楽斎もそそくさと脇を通って関わらないようにしようとした。面倒事には首を突っ込まない主義者なのだ。
「……ん」
近くを通って三人の筋肉の壁の間に見慣れた制服、そして一年生の腕章が見えた。背格好もどことなく妹に…真帆子に似ている気がしたのである。
もちろん、真帆子がこんなわけのわからない連中に囲まれているのなら話は別である。
「おい、あんたらっ。僕の妹に何をしようっていうんだっ。あれしてああしてああやってあまつさえ写真を僕に送りつけるつもりかっ。五臓六腑ばらばらにするぞこの野郎っ」
人差し指を突き付けて三人組を睨みつける。相手が動いたおかげで筋肉の壁に囲まれて怖がっている妹の表情が見えた………と思ったら別人だった。
「しまった」
「何がしまっただ」
三人組のリーダーと思われる人物が有楽斎に近づいてくる。今更『人間違いでした。ごめんちゃい』といって許してもらえないだろう。
「あ、こいつ……野々村雪さまに告白し、榊理沙様に告白した挙句………我々の花月様にまで告白した奴だっ」
「こんな女に節操ない奴は我々の手で裁きの鉄槌を下すまでだな、ジョニー」
「ああ、俺達が揉んでやろう」
ジョニーが有楽斎の肩脇を固め、それに呼応した大五郎が反対を掴む。
「あ、えっと……ちょっと」
がっちりと両脇を固定されて有楽斎は一目のつかない裏路地へと連れて行かれる。出来れば美女に囲まれたかったと有楽斎が言った気がした。
「美奈代ちゃん、ちょっと待っててね」
そういって最後に残っていたヘルベルトもジョニーと大五郎を追いかけるのであった。
数分も経っていないだろう。有楽斎は裏路地から逃げてきて汗をぬぐう。
「ふー、危ないな……美少女に見られてたら男四人で裏路地に行って何しているんだって勘違いされるところだったよ……」
こちらの方を見ていた少女を有楽斎は発見して改めて妹と違うんだなと確認する。うるんだ瞳にこの子を守りたいと思わせるような雰囲気……しかし、腕章を見た時点で年下だとわかったので興味が無い。もっとも、留年して未だに一年生だと言うのならそれはそれで話が違ってくるようだがそうそう留年なんてしないだろう。
「あ、えーっと、もしかしてナンパされているの邪魔しちゃったかな」
相手は首を振ったので有楽斎はほっとする。男と女の出会いを邪魔するつもりはなかったのだ。
「まぁ、あれだよ。ちょっと勘違いしちゃってね…早く帰った方がいいよ」
警察がきたら大変だからね……そういって有楽斎はその場を後にするのであった。後ろから何か声が聞こえてきたかもしれないが後ろめたいことをしたので立ち止まりたくなかったのだった。
「たまには家でゆっくりしようかな」
有楽斎が家でゆっくりした結果、真帆子の絶望的な料理の腕が発揮されたのである。
彼女は言わばサブキャラです。