第86話:雪の許嫁
第八十六話
「そろそろ学校行く時間だよっ」
「うーん」
「いこっ」
真帆子と学校へと向かうのは当然のこと…トイレを済ませて鞄を手に持つと朝からチャイムが鳴り響く。
「誰だろ…」
「あ、地域の区長さんじゃないかな。ゴミ出し日とかの紙を持ってきてくれたのかも」
有楽斎が扉を開けるとそこにいたのは野々村雪であった。
「あれ、どうしたの」
「家が隣だから一緒に登校しようと思ってね」
「あ、なるほど……」
何やら視線を感じて後ろを振り返ると訝しげな表情でこちらをみている真帆子がいた。
「真帆子……どうかしたの」
有楽斎のすぐそばまでやってきて耳元でしゃべり始める。
「お兄ちゃん、お隣さんってば『野々村新聞地域販売所』だとか『新興宗教ノノムラット』って札が掛けられていたよっ。そんなところの娘なんかと仲良くなったら変な宗教に入るよう言われるってっ。やめたほうがいいよっ」
「野々村さんがそんな人なわけないだろう」
そういって有楽斎は雪の方を見る。まるで菩薩の生まれ変わりのような慈愛に満ちたほほ笑みを有楽斎たちに向けている。
「いいなぁ、妹って……私、弟居るけど外国にいるからそうやって仲良く出来ないんだよね」
「ほら、いい人だろう」
「いい人を装ってから宗教勧誘に移行するんだよ」
現実的な意見だが、雪の場合は違うのだ。
さっきから言い争っている内容が駄々漏れなのに有楽斎と真帆子は気が付いていないようだが雪は一応説明しておくことにした。
「あ、えーっと、有楽斎君は知らないようだけど一応その宗教団体って札はかけられているんだよ」
「え」
「ほーら」
だから気を付けておいた方がいいって言ったんだよっ。そんな顔で有楽斎を見る。
「実際は宗教団体ってわけじゃなくて……なんだろ、他の宗教団体の人が来ないようにしてあるんだって。嘘か本当か知らないけど、これまで一度も来たことないんだよ」
「へー」
「新聞業者のところにも新聞来ないかもって思っていたけどこっちは駄目だったから今度はずす予定だから」
「真帆子」
「うぅ、ご、ごめんなさい」
「あはは、いいってば。さ、学校に行こうよ」
結局、登校する人数は二人から三人に増える。
有楽斎の横に雪が居たのだが、真帆子が割って入るような形で歩いている。
「だからね、すっごく真帆子とお兄ちゃんは仲がいいのっ」
「へー、有楽斎君羨ましいなぁ……」
「そうかな」
「そうだよ」
とりとめのない話をしながら歩いていると、有楽斎の方を見ていた真帆子が誰かとぶつかった。
「あ、なんだか前にも見たことがあるような……」
こけた真帆子を起こしながらぶつかった相手の方を見る。
「いたた……どこ見て歩いてるのよっ」
「榊さんか」
有楽斎は少しだけ羨ましそうな顔で真帆子を見ている。
「え、どうしたの」
「運命の相手かもしれないよ」
「冗談よしてよ」
「理沙」
意外なことだったが雪は驚いているようだった。
「雪、あんたの連れだったの」
「うん、お隣さん」
「ま、いいわ。私は急いでるから」
謝罪をするわけでもなく、要求するでもなく、榊理沙はさっさとその場を後にした。相当急いでいるのだろう……鞄が落ちていたりする。
「あ、理沙―………って遅いか」
「そそっかしい人だね」
鞄を拾い上げて有楽斎はため息をついた。真帆子の方は怪我をしていないようで憤慨している。
「雪さんって榊さんとも知り合いだったんだね」
「うん、知り合いって言うか………」
言うべきか言わざるべきかと悩んでいたが言うことにしたらしい……苦笑していた。
「許嫁だったんだよ」
「え」
じゃあ、榊理沙って実は男だったのか……と有楽斎は思ってへどが出そうになった。
「あ、何か勘違いしているみたいだけど私と理沙は当然、女の子だからね」
「でも、なんで女同士で許嫁に……」
「うーん、まぁ、簡単に言うなら男が生まれてくるって思ってたら女だってオチかなぁ……しかも、この前やっと取り消されたぐらいだからね」
いやー、このまま行ったら結婚しちゃってたかもと笑っていたりする。
笑っている雪を見てこれはまたすごい人のお隣に来てしまったんじゃないかと真帆子と有楽斎は思うのであった。
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