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第85話:御隣

第八十五話

『えー、今入ったニュースです。野々村グループの施設が本日も何者かによって襲撃され…』

「ただいまー」

 真帆子の声が台所まで聞こえてくる。

「おかえり」

 有楽斎は手元に置いてあったリモコンで別の番組へと変えるのだった。

「あれ、教育番組なんて見てるの……」

「さっきつけたばかりだよ。料理を作るときは集中してやりたいからね」

「ふーん……でも、集中しなくてもあんまり腕前変わってないよ」

「………」

「真帆子がお兄ちゃんの為に作ってあげるっ」

「い、いやぁ、真帆子は部活で疲れてるからいいって。僕が作るよ」

 真帆子の料理の腕前はひどい。

 一口目で下の感覚が麻痺し、二口目で得も言わぬどろっとしたような感触が口に広がるのだ。

 カブトムシの幼虫を口の中で潰したようだ、真帆子の母親はそう語っている。

「今日はチキンカツだからね」

「わーい」

 教育番組は真帆子によって変えられ、再び野々村家についてのニュースが流れ始める。

「あー、また襲われたのかぁ。真帆子を臨時バイトで雇ってくれれば犯人捕まえてあげるのになぁ」

 こう、しゅしゅっとね……そういいながら真帆子の腕は空を切る。

「無理無理。真帆子に捕まえられるわけないでしょ」

 きつね色に揚がったチキンカツをシートに乗せて油をきる。

「むっ、お兄ちゃんは知らないだろうけど真帆子ってば本気出したらすごいんだよぉ」

「僕も本気出したらすごいんだよ」

 エプロンを外して皿にチキンカツをのせる。ちょっと焦げてしまったような気がするが……表側をきつね色にしておけば大丈夫だろう。真帆子は未だにニュースの方を眺めている。

「さ、できたよ」

「うん」

 ニュースも速報を終え、別のニュースを流し始める。

「そういえば真帆子は生物部に入ったって言ってたね」

「うん。お兄ちゃんもやっぱり生物部に来てくれ……」

「ないね。僕は帰宅部に入ったつもりが何故だか新聞部に入っちゃったよ」

「へー」

 真帆子が首をかしげたところで気付かれたかなと思いつつ、味噌汁に口を付ける。おいしいわけではないが、食べられないわけでもなかった。

「ま、僕は貧弱だから文化部が似合ってるのかもしれないよ」

 再び味噌汁に口を付けようとしたところでチャイムが鳴り響いた。

「あ、はーい」

 基本的に家事全般は有楽斎の仕事である為に接客も彼が引き受ける。真帆子がやっている事と言えば……有楽斎の邪魔ぐらいだろうか。

「あー、お兄ちゃん真帆子のブラ干してるぅ」

「あー、お兄ちゃん真帆子の下着握りしめる」

「お風呂掃除終わったら真帆子と一緒に入ろうよぉ」

「えへ、脱いじゃった」

 そんな感じで真帆子が家にいると面倒だったりするのだ。有楽斎の機嫌が非常に悪い時に限って真帆子はいないか、大人しい。

 何かしらのセンサーが搭載されている可能性がある。

 有楽斎は玄関までやってくるとさっさと扉を開ける。

「あ、野々村さん」

「こんばんは……本当に此処ってえーと、吉瀬君の家だったんだね」

「有楽斎でいいよ」

「じゃ、有楽斎君って呼ぶね」

「それでどうしたの」

 何やら後ろに持っているらしい。雪の後ろに回ってまで確認するつもりはないが少しだけ気になったりする。

「あ、いや……妹さんが引っ越しそばを持ってきてくれたから何かお返しした方がいいんじゃないかなぁって思ってさ」

「いやいや、気にしなくていいよ」

「ううん、一応ね。はい、どうぞ」

 手渡されたものは白い袋に包まれ、蒼いリボンで口が閉められていた。

「クッキーなんだよ」

「へー、ありがとう」

「いいってば。けどさぁ、びっくりしたよ」

「え」

 何の事だかさっぱりわからない有楽斎はクッキーの入った包みを持って首をかしげる。

「だって、いきなり告白されたんだもん」

「あ、あー……」

「後で聞かされたけど目立ちたかったんだね。正確には友達が欲しかったってことだよね。……そういえばこっちに引っ越してきたんだから友達いないのも当然だよねぇ」

 しきりに何度か頷いていた。有楽斎としては心の底からの即席愛を雪に伝えたつもりだったのだが、パフォーマンスとして受け取られているようである。

 その誤解を解消したかったのだが、今となってはどうでもいい話である。

「有楽斎君、わかったよっ」

「な、何が…」

 しっかりと両腕をつかまれる。

「私、有楽斎君の友達になるよっ」

「え、あ、あはは……お構いなく」

「遠慮しなくていいってっ」

 腕を上下に振りたくってきたのでクッキーが落ちないようにしっかりと握りしめる。満足するまで雪は続けると手を放して回れ右。

「じゃ、また明日ね」

「う、うん」

 ちょっとだけタイミングをずらして告白すればよかったかなぁと思ったが後の祭りである。

 雪も帰ったし、ぼーっと突っ立っているのも馬鹿らしくなってきた。有楽斎も回れ右をしたところで真帆子の顔が近くにあった。

「お兄ちゃん、今の……」

「お隣さんだよ」

「ふーん…」

「これ、真帆子が引っ越しそばを持って行ったからお返しにってさ」

 そういってクッキーを見せたがぷいっとそっぽを向いてしまう。

「真帆子は要らない。もうご飯食べちゃったもん」

「あ、そうなんだ」

 有楽斎を置いてさっさと台所へと向かってしまう。

「反抗期かなぁ……」

 ちょっとだけ寂しいと思いつつももらったクッキーをまずは眺めてみた。料理は目で楽しむものでもあるとテレビで見たことがある。

「焦げてるような…」

 チョコクッキー、もしくはココアクッキーとこれまた違う黒い色である。しかし、せっかく作ってきてもらったのだから食べないのも失礼であろう。

「うん、普通にいけるね」

 一生懸命焼いてくれたのだろうと思うと、炭っぽい味でも結構いけるものだった。


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