第83話:彼の持論
第八十三話
有楽斎が榊理沙に告白をし、見事に散ってしまった次の日。
「しっかし、よくやるねぇ」
「何、まだ二人目だよ……勝負は始まったばかりなんだ」
朝のホームルームが始まるまでまだ時間がある。級友たちとのおしゃべりに使われるものだ。有楽斎と友人はそんな話をしている。
「新学期始まってまだ一週間も経ってないのに二人目告白ってペース早すぎだろ。あの人は誰でもいいから彼女が欲しい……だから適当に告白しているんじゃないかと思われるだろうな」
そういう友人に有楽斎は机から顔を起こして不敵に笑った。
「………たとえば、そう、たとえば………友人が羊羹を食べたくなったとしよう」
「いきなりのたとえ話だな……あんまり好きじゃないけど続きを頼むぜ」
「が、しかし……友人の目の前にはどれも食べたくないものばかりだ。羊羹が一つだけ、しかも食べてはいけないと言われているから他のもので妥協しようなんて考えられるかな」
「んー、どうだろうなぁ」
友人は真面目に考えていなかったが有楽斎の目は本気だった。
「僕は嫌だね。一度しかない人生だから……とかそんなこと言う人もいるでしょう。つまりは一度しかない人生、妥協してこれでいいやっとか絶対に思わないっ。人間は生きている限りいつか機会に恵まれるってことだよっ」
「おー、おー…朝から持論展開しちゃってくれてるねぇ。自分がよければそれでいいってことかい。そりゃ相手にちょっと失礼じゃないか」
「いや、持論展開するぐらいだから自分ルールだってちゃんと用意しているさ」
人差し指を立てて得意げに自慢するかのようだった。
「ま、誰だって人には言わないだけでいくつかはあるわな」
「一つ、同じ女の子に告白するのは一度まで。二つ、未練は残さずさわやかな友人関係を築き上げる……ってところかな。もっとほんとはあるんだけどね」
「ふーん、意外とあっさりしてるんだな。お前だったら覗きとか付きまといとかやりそうな感じだけどなぁ」
じろじろと有楽斎の方を見てくるが、みられている側は首を振った。
「それじゃただの変人さ」
「俺から見たら声高らかに持論をしゃべった時点で十分変人みたいだけどな」
「さわやかな友人関係を作ることによってその人の女友達にそういった意見がいって素晴らしい友人を紹介してくれるかもしれないだろ」
「おー、まぁ、可能性はあるな」
限りなく零に近い一であろう……有楽斎は補足とばかりに既に教室で予習している野々村雪の後ろ姿を盗み見る。
「野々村雪さんは明るくて友達も多そうだからね。素晴らしい人を僕に紹介してくれるかもしれないだろう」
不敵に笑う有楽斎だったが人生そんなに甘くはないのである。そろそろ周りの視線が痛くなってきた友人は咳をひとつした。
「ま、一旦この話は置いておこう。部活の話でもしようや」
「え、部活って……僕は部活動って面倒だからどこも入らないつもりだよ。」
そういって有楽斎は机の中からメモ帳を取り出して落書きを始める。
「………部活で女の子ばっかりだったらちょっと嬉しいだろ」
「…………部活動って楽しそうだけど、ほら、僕ってひょろひょろで運動系には向かないからさ」
メモ帳をさっさと閉じて話を戻す。有楽斎の瞳は怪しい光を放っていた。
「で、参考までに聞くけど友人は何に入っているのさ」
「………柔道部だ」
「あ、ごめん。やっぱり部活動の話は無しでお願いするよ。むさっくるしい柔道部なんて僕が入っても無駄なだけだからね。うん、人間無駄なことをするのはあまり良くないよ」
「わからないだろー、街で暴漢が美少女を襲っていたらそれを助けていい事してもらえるかもしれないだろ」
「ははぁ、そりゃまた……どの道腕っ節の弱っちい僕じゃ駄目だね」
そう言うと友人は一つの冊子を取り出して有楽斎に渡す。
「何これ」
「部活動の紹介パンフレットってところだな。誰もお前みたいな優男を柔道部なんかに入れようとは思わないけどな」
数ページ飛ばしながら有楽斎は各部の紹介文を見る。部員が多く、実力を伴っているところは写真付きで掲載されているが人数が少なくて実績のない部の紹介は活動場所が書かれているだけだった。
「ん」
「なんだ」
「此処の部って部長一人って書いてあるけど写真付きで最後に掲載されてるよね……」
「ああ、新聞部か」
それはやめておいた方がいいと言うオーラが友人から出ている。
「気になるんなら行ってみるといいが俺はやめておいた方がいいと思うぞ」
「へぇ、なんでさ……部長の御手洗花月って人も結構きれいな人だし……あ、この人三年だから部員数が足りないって書いてあるけど……あれ、こっちに『学校新聞部』ってあるね。こっちは部員数多いし普通っぽいね……何これ」
首をかしげる有楽斎の肩に手を置いて友人は微笑むのであった。
「世の中には知らないほうがいいことだってあるだろう。それもその一つなんだ」
「まぁ、どの部活動にも入らないよ。帰宅部に入って毎日頑張って帰宅するよ」
そういって冊子を机の上に置くのだった。偶然だが、察しの裏が有楽斎の目に留まる。
「……え、帰宅部……総勢百名以上って……」
「ああ、お前帰宅部に入るなら入部希望届けにちゃんと『帰宅部』って書いて提出しておけよ。『無所属』は健全的じゃないとかで下手すると更生プログラム行きだからな」
「………は」
詳しく話を聞こうとしたがチャイムが鳴り響く。生徒たちは騒ぎながらも自分の席へと向かって行ったのだった。
「その冊子の中にはさんでるって思うからちゃんと先生に提出しておけよ」
「わかった」
冊子を開いたところに入部届けの紙が挟まっている。それを引き抜いて年組氏名を書いて『帰宅部』と書いておいた。
後で短刀に渡しておけばそれでいいだろう……有楽斎はそう思っていたのだが、今年から羽津高校では『全生徒の部活所属』が義務となっていたのである。