第82話:あの子への秘めたる気持ち
第八十二話
羽津高校二年男子の中で吉瀬有楽斎の存在は既に確認済みであった。二年の初日に一般男子生徒の高根の花と言われている野々村雪に告白をし、見事に散って行った者として知られたのである。
「野々村雪さん……会っていきなりいうのもなんですが……僕と結婚してくださいっ」
「え、それは……ちょっと無理かな」
「ちくしょーっ」
冗談としか思えないような告白であり、二年男子を震撼させた。
有楽斎が野々村雪に降られて二日目、登校中に二年男子から『がんばれよ』とか『あんたを見ていたら勇気を分けてもらえた』などと言った声がかけられたりする。
「正直、野郎から応援もらっても嬉しくないけどね」
「ねぇ、お兄ちゃん……何したの」
「若気の至りって奴かな」
「ふーん…」
真帆子はどうやらわかっていないようだが有楽斎はそれ以上説明しなかった。第一、真帆子に失恋の苦しみを分かってもらいたくないし、成長に影響が出ると嫌だからなのである。
「おう、おはよう有楽斎」
「友人……おはよう」
「お、こっちの可愛いお嬢さんはどこから連れて来たんだよ」
真帆子に顔を近づけようとしたので有楽斎はその前に立ちはだかる。
「僕の妹だ……友人、先に言っておくけど真帆子にちょっかい出したら僕がただじゃおかないからね」
「ははーん、箱入り妹ってやつか……こりゃ落とし甲斐があるね」
「変な言葉を教えたりしただけでそりゃひどいことになるから覚悟しておいてね」
有楽斎から恐ろしいほどの殺気が放たれていた。周りの生徒たちが有楽斎を見て立ち止まっている。
「しょーがない。わかったよ。とりあえず手は出さないから…じゃあ友達からだな」
「何、君がまずはまともな人間になってからじゃないと友達すら危ないと思うけどね」
「おいおい、そりゃ無理な相談だな。しっかし、有楽斎とは似ても似つかない妹さんだな………よかったな、有楽斎に似なくて」
そう言うと真帆子は何かを言い返そうとしているようだったが有楽斎が制する。
「ま、僕もそう思うよ。それに真帆子に変な虫が付かなければそれでいいさ……真帆子、今度この源友人にあったら知らないふりをするんだよ」
「うん、お兄ちゃんがそう言うなら言われた通りにするよ」
「ちぇー……ま、いいか」
そんな話をしながら歩いていると目前に野々村雪の後ろ姿があった。
「そういえば僕の家って野々村さんの隣だったんだよ」
「そうなのか」
「うん、真帆子が引っ越しそばを持って行ってくれたからお話とかは出来なかったんだけどね……真帆子、野々村さん家は大きかっただろ」
「うちなんてきっと犬小屋レベルだと思うよ」
そうだろうなぁと友人がため息をついていたりする。
「高嶺の花だわ、本当」
「曲がり角でぶつかって運命のなんとかってこじつけて彼氏になってみたかったよ」
「お兄ちゃん、真帆子と言うものがありながら……」
有楽斎が適当なことを言って歩いていると曲がり角から女子生徒がいきなり飛び出してきてぶつかったのだった。
「いたっ」
「きゃっ」
しかし、有楽斎にぶつかったのではなく真帆子にぶつかったのだ。
「いたたたた……ちょっとあんた、どこ見て歩いてるのよっ」
「真帆子は前見て歩いていたもん……あーっ」
真帆子が声をあげたので有楽斎と友人は相手が知り合いだったのだろうか思ったのだが、ぶつかった相手はきょとんとしているだけだった。
「前、真帆子に絡んできた子だっ」
「え……」
「ほら、お兄ちゃん……真帆子を取り巻きと一緒になっていじめた子だよっ。お兄ちゃんが真帆子と最初に出会ったときにっ」
そういって有楽斎の後ろに隠れる。真帆子に言われたことが頭の中で周っていたのだが、目の前でこちらを睨んでくる。
「………とりあえず真帆子、落ち着こうか。ぶつかってきたのは向こうだけどこっちにも非があるんだからさ」
「ぶー」
「ぶーじゃないでしょ。前を向いて歩いていたとか言っていたけど僕達の方を見て話していたんだから注意散漫だったよ」
「お、お兄ちゃんがそう言うなら仕方ない…ごめんなさい」
「……なんだかさめちゃったわよ。ふんっ、慰謝料要求しようかって思ったけどやめたげるから感謝しなさい」
そういって走り去っていく。
「……友人、あれが誰だかわかるかな」
「もちろんだ、友よ」
まるで流しの女侍みたいに髪を束ねた少女の後ろ姿。
うん、見事な後ろ姿だと簡単のため言いをついてから友人は口を開く。
「彼女の名前は榊理沙。口は悪くて性格も悪いって噂だけどな、だが、そこがいいって言う奴もいるんだぜ。詳しいことは本人さんと仲良くなってから聞くのがベストだろうな」
「なるほど……事前情報ありがとう…」
「ほぅ、お前今度は榊理沙に狙いをつけたのか」
「さぁ、どうだろうね…」
「ねー、お兄ちゃんっ。そんなことよりあの人は前に真帆子をいじめた子だよっ」
妹の声も届かないものかと思ったのだが、有楽斎はそんな真帆子の頭に手を置いて撫でるのであった。
「……安心して、真帆子。よく覚えてないけど僕が真帆子の敵を討ってあげるよ」
「お、お兄ちゃんっ」
その日の放課後、有楽斎は結婚を前提としたお付き合いを申し込むもあっさりとフラれたのであった。