第80話:愛の告白
第八十話
羽津高校は施設に恵まれている高校である。広大な敷地面積にきれいな校舎、各々の部活には部室がしっかりと用意されており、図書館も別館として準備されている。地上二階、地下三階と言う巨大な書庫だ。
生徒の数も非常に多く、成績もピンからキリまで……もちろん、全生徒の名前と顔を覚えている教師なんて校長先生以外にいない。
テストで不正を働いたもの、不良行為を行った者たちは一週間の更生プログラムを組まれたのちに百パーセントの確率で更生するらしい。
「この世界は我らの校長の為に…」
口癖もそんな感じになるそうである。
「お兄ちゃん、校庭も広くて校舎まで大変だね」
「うん、前いた高校なんて校舎と校庭が全く別のところにあったよ」
有楽斎と真帆子は後者入口までやってきて当然ながら別れることとなる。
「お兄ちゃん、離れるけど……真帆子の事は忘れないでね」
うっすら目の端に涙をためて兄の有楽斎を見る。
「あー、うん。ちゃんと覚えているから安心してよ」
「悲しいけど……じゃあねっ」
そう言って走り去った真帆子を見て有楽斎は頭を切り替えることにした。
「神様、どうか僕の行くクラスには絶世の美女をお願いしますっ」
彼女にすることはできないだろうが、顔も心もきれいな美人がクラスに一人ぐらい居てくれれば心安らぐことだってできるだろう。
「いや、そうだな……生徒じゃなくてもいいから担任教師が新人のきれいな人だったらいいな………」
まずは担任からだろう。
有楽斎は両手をぱんぱんと叩いて階段を上り、自分の教室へと向かったのだった。書類の提出を忘れているのだが、有楽斎にとってはそれより大切なことが出来たのである。
シミ一つない教室の扉を開け、自分の席に座る。
「………おお……」
誰にも気づかれないようにちらりと見渡した結果……色白で儚い感じの女の子を発見したのである。
「これはお近づきになっておかないと……」
有楽斎は鞄の中から筆箱を取り出し、さらにそこから消しゴムを取り出す。
「ていっ」
手ではじき、狙った女子の足元へと転がした……策士である。
「あ、ごめん、消しゴム取ってくれないかな」
「え、あ、うん」
狙っていた色白の少女は立ちあがろうとしたが別の声が割り込んでくる。
「ああ、野々村さんは立たなくていいって。俺が取るからさ……はい、どうぞ」
まさか男が邪魔してくるとは思わなかったので有楽斎の心の中では実に悔しい思いをしていたりする。口にくわえたハンカチを引きちぎった。
「ありがとう」
野郎からもらうより女の子からもらったほうがいいんじゃいっ……そんな叫びは当然ながら相手に伝わることはない。
「ははぁ、そんなの気にしなくていいって」
差し出された消しゴムを盗ろうとすると握手される。
「は」
「……あんたを見たことは去年一度もないが……俺と同じにおいがする」
「……なるほど」
「彼女の名前は野々村雪。かの有名な野々村家のお嬢様だ……まぁ、気さくな感じで友達になろうと思えばすぐになれるだろうが………彼氏は無理だな」
「そんなの、やってみないとわからないだろう」
そういって握手は終わり、にやっと相手が笑っている。
「俺の名前は源友人だ」
「僕の名前は吉瀬有楽斎。今年からこの高校の生徒だよ」
「なるほど……女性ともピンからキリまで……勇気があれば青春を送れるこの高校にようこそ」
「なるほど、野々村雪さんか………これは楽しい高校生活になりそうだね」
男二人が朝からにやけているのはなんだか気持ち悪い気もするが、これもまた青春なんだろう。
「で……もう一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「ん、なんだ」
「……ほら、きれいな担任の先生とかどうなのかなーって」
「俺の趣味じゃないが……期待していいと思うぜ」
よし、これまた授業の楽しみが増えたっ……そう思っている有楽斎に友人は続ける。
「齢百歳を超えるのではないかと思われる保健室の先生にそろそろ結婚したほうがいいんじゃないかと思って婚活している国語教師……」
「新人の先生とかは……」
「……いないな」
「………はぁ」
心の底からがっかりしたようなため息だった。世界ため息委員会があったなら認定証を出してしまうぐらいのため息である。どうして人間は生きているのだろう……という考えと同じくらい切ないものであった。
「ま、野々村雪さんっていう美少女がいるから悲観することもないかな」
「ほほう、狙ってるねぇ」
「ああ、僕はこう見えても行動が速いんだ。目に物見せてあげるよ」
その日の放課後、吉瀬有楽斎は野々村雪に告白してフラれたのであった。