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第8話:ご破算

第八話

「うーむ、野々村家の長男は何をしているのだ」

 榊理沙、里香の父親である榊浩太は書斎で首をかしげていた。野々村家の子供とつながりがあればいずれ自分にとって有利な商談が行えると思っていたのだ。

しかし、娘たちからは何をしたとかそういった話は一切ないし、件の野々村家の息子が挨拶をしに来ることもなかった。

 やきもきしている彼の耳に、携帯電話が鳴り響く音が聞こえてくる。机の上に置かれていたそれをつかみ、通話ボタンを押して耳にあてた。

「私だ」

 携帯電話にかけてくる相手は知り合いぐらいしか当然いない。相手を確認すらしていなかったのはそういった考えがあるからだろう。

 しかし、相手は不快な感じの声、正確に言うならばボイスチェンジャーを使っているような声だった。

『はじめまして』

「誰だ、お前は」

『君に名乗る必要はない。用件だけ伝えようと思っているからね。おっと、勘違いしないでもらいたいが私は君の味方だ』

 ふざけている相手との電話は無駄だと思っていたのだが、何の話かは一応聞いておくことにした。

「何の事だ」

『野々村家についてだ。これから先、野々村家は衰退の一途をたどり、関連企業などは軒並みいばらの道をたどるだろう。君の所も例外ではない』

 そう言った噂を最近よく聞く。レストラン、本屋、トイレ………『野々村家はもうやばい』、一カ月以上聞いている状態なので冒頭の不安そうな言葉が出てくるのだ。

「それは……本当か」

『この言葉を信用するか、しないかは君次第だが……残念ながら身をもって知ることになるかもしれないね。君の会社は今のところ表立って野々村グループと関係はしていない。だが、今度の許嫁の話が実現すれば……』

「関係していることになると言うことか」

『そうだ、今回の許嫁の話をご破算させる方法は私が提示しよう。いや、既に君の家のポストに入っているそれを使うといい』

 電話は切れ、榊浩太は急いでポストの中を確認しに行った。太り気味の身体にはちょっとした運動でもつらいのかポストの近くに着くころには息が上がっていたりする。

「はぁ、はぁ……この封筒か」

 急いでその封筒を開け、中を確認すると一枚の写真が入っていた。

「………なるほどな」

 その写真には仲良く笑っている有楽斎と雪の姿が写っていた。しばし、男は考えていたのだが自分の愛娘をこんな男に嫁がせたくないと決定付けたのだった。



―――――――



「ふ、計画は順調だな」

 一人ほくそ笑む野々村秀樹。野々村有楽斎の父親である。

「秀樹さん、本当にこれでよかったのかしら」

 近くで腰かけていた有楽斎の母親、幸美は首をかしげる。

「ああ、後は有楽斎が好きな奴と青春すればいいだけだろう」

「それはそうかもしれないけど、あの子にそんな勇気があるかしら」

「………そうだなぁ」

 ここにきて秀樹はじょりじょりとした顎に手を当てる。

「霜村さんのところの雪ちゃんが来ても一切ちょっかいを出していないところをみると怪しいもんだなぁ」

 男としてこれはいかがなものだろうか、そう考えていたりする。実に紳士的な話だとは思わなかったようである。

「ともかく、今はあの子を見守ってあげたほうがいいわ」

「そうだなぁ、あとでてこ入れすればいいだけか」

 にやけている夫の足を踏んでから幸美は部屋を後にするのだった。



―――――――



「雪、夕飯が出来たよって、うわ、寒いな」

 野々村家、霜村雪の部屋へと足を踏み入れた有楽斎は身ぶるいする。冷房がガンガン入れられているのか、冬の到来を感じさせるような寒さである。

「あの、ちょっと冷房が強いんじゃないかな」

「え、二十八度に設定しているけど」

「あれ、本当だ」

 手渡されたリモコンを除くのだが雪の言うとおり、二十八度だったりする。じゃあ、冷房のほうが壊れているのだろうかと見てみたが異常はなさそうである。

「有楽斎君が風邪でもひいてるんじゃないかな」

「うーん、そうなのかな」

 うがい、手洗いはしっかりしているほうなんだけどなぁとつぶやく有楽斎の背中を押して雪は言うのだった。

「ささ、早く出ないと本当に風邪をひいちゃうよ」

 夏が近いと言うのに風邪でもひいているのだろうか、いやいや、夏風邪かもしれないぞ…有楽斎は本当に幸せな思考回路を持っている。

「そうだね」

 雪と有楽斎は夕飯が置かれている場所へと移動する……と、同時に電話が鳴り響いた。

「あ、先に夕飯食べてていいから」

「わかった」

 有楽斎は自宅電話に駆け寄ると素早く受話器を耳につける。

「はい、もしも………」

『有楽斎かっ』

 父親の声が右耳から左耳へと貫通していく。新幹線が止まらずに通過していったと考えるといいのかもしれない。

「ど、どうしたの。そんなにあわてて」

『榊さんとことの許嫁の話、立ち消えになったぞっ』

「へ、そうなの」

『ああ、先方、ご立腹のようだ』

「………」

 一度しか会ったことがないが、榊理沙、里香の若干太めの父親を思いだす。似ても似つかない親子だ、それが有楽斎の感想である。

『父さんと母さんはお前が彼女を紹介してくれる日を待っているからな』

「あ~まぁ、そう、わかったよ。他に何か用事でもあるのかな」

『いや、ない』

 じゃあな、そういう言葉も残さずにがちゃりと乱暴に切られた。

「やれやれ、まぁ、これでよかったのかな」

「何がよかったの」

 背後に雪が迫っていたことに全く気がつけなかった自分を恥じつつ、独り言を聞かれてしまって何でもないと言い切るのも無理のようだった。

「えーっとね、信じられない話かもしれないけど僕には許嫁がいるんだよ」

「え、そうなの」

 ちなみに、雪は毎日有楽斎の部屋に無断で侵入して日記などをあさっていたりする。もちろん、アルバムも探し当てて眺めたりしてああ、赤ちゃんのころは可愛いんだなぁとため息を漏らしたりしていた。

「面倒だったんだけど、その許嫁のお父さんが何やら怒ったようで許嫁の話がなくなったそうなんだ」

「へぇ~」

 雪がなんだか元気ないように感じた有楽斎は勘違いをしたりする。も、もしかして僕に許嫁がいたことを知ってへこんだのだろうか………。

 ちなみに、彼女の本心は違ったりする。

「はぁ、せっかく榊家についてもいろいろと調べて、二人のことも調べたんだけどなぁ………くっそぅ、“元”許嫁でしたって資料に書いておけば無駄足にならない………いや、無駄足だよねぇ」

 そんなことだったりする。


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