第75話:蛇足『里香』
第七十五話
文化祭の準備が忙しいクラスは複数あれど、有楽斎たちは対象から外れている。
明日が文化祭だと言うのに帰りのホームルームを終えるとほとんどの生徒が教室から出ていく。
「教室も机を後ろに移動させて椅子を準備するだけだから楽だよね」
「だな。これで文化祭人気トップを取れるなんてちっとも考えてないけどちびっこ達がやってきて騒ぐ姿はそれなりにやりがいがありそうでいいよなぁ」
友人はそういいながら運動場の方を眺めている。
「うらちゃん」
「お」
「ん」
ほとんどのクラスメートたちが教室に出たおかげでその少女は目立って見えた。何の事はない、榊里香だ。
「榊さん……どうしたの」
「あのね、話したいことがあってきたの」
「そうなんだ。で、話したいことって何かな」
「此処じゃちょっと……」
ちらりと友人の方を見て再び有楽斎へと視線を戻す。
「行ってこいよ。よくよく考えたら許嫁だったな……俺とした事がちょっと妬いちまったぜ」
「いや、正式に許嫁って言うのはなくなっているからね」
「おいおい、榊里香さんが哀しんでるぞ」
冗談かと思って言われたほうを見ると本当に傷ついたような表情をしていた。
「い、いや、違うんだよ。許嫁って言うのはただなくなっただけって言いたかっただけだよ」
「………いこっ」
「じゃ、じゃあね、友人っ」
「おう、頑張ってこいよ」
その頑張ってこいが有楽斎の為に言ったものなのか、それとも里香の方に言ったものなのかは定かではない。
―――――――
連れてこられたのは裏庭の木の下。上の階のクラスからは人の声がしており、どこも文化祭の準備に追われているのだろう。
「明日から文化祭だね」
「………そうだね」
「なんだか元気ないけど……どうかしたのかな」
いつものことだが相手の神経を逆なでしないように優しく話しかける。十で突っ込めば十で返ってくる……まぁ、中には十で返したら倍になって返ってきて殴り合ったりするのだがさすがに相手が里香ならそういったこともないだろう。
「あのね、理沙とけんか…したんだ」
その言葉を聞いて有楽斎は納得した。
「なるほど、原因はともかく僕に仲介して欲しいってことだね。任せてよ」
「ううん、違う」
「え…違うのかぁ」
「うん」
そろそろ帰りたいので手短に話してほしいのだが里香は黙ったままだった。
「じゃあ何のために此処に僕を呼んだのさ」
「………あのね、私……理沙とけんかしたの」
「え、ああ、うん。さっき聞いたけど…」
「原因はね…」
そこでまた黙り込んだ。
ただ、さっきと違ったのは里香の右手が徐々に上げられていくところだろうか。人差し指だけが伸ばされ、有楽斎の事を指差した。
「うらちゃん」
「……僕が原因なんだ」
何かしたっけ……当然、何もしていないと自問自答。しかし、里香が嘘をつくとは……十分思えるのだが、ともかくわからないので尋ねてみる。
「それはね、理沙がうらちゃんの事を盗ろうとしたから」
「盗ろうって……」
「理沙はうらちゃんのことをどうでもいいって思い始めてたのに……」
それだけ言って悔しそうに有楽斎を見ていた。
「うらちゃんが理沙に構うからいけないんだよ」
「いや、構うって……友達だし……」
そういえば理沙もそんなことを言っていた気がした。今でははっきりと内容を覚えているわけではない為に確認を取るには今一度理沙に話を伺うしかないだろう。
「でもね、私……理沙には勝てたんだ」
「え」
何が勝ったのかわからなかった。
「ここまで私、呼べたからさ。私がうらちゃんを呼んだ理由ってわかるかな」
そう言われて考える……有楽斎は首を振った。
「わからないよ」
「そうだよね、やっぱりうらちゃんは相変わらずだ…」
里香はそう言って眼鏡を取りだす。
「私ね、うらちゃんのことが……」
明日は文化祭…いまだ上の階からは指示をする声や机を動かす音などが聞こえている。誰も、榊里香の告白を聞いたものはいなかった。
やっとここまで来ました。次回はいつもに比べて短いです。そしてその次は蛇足『雪』。長いようで短いものでした。




