第74話:浪費
第七十四話
ふと眼を覚ました有楽斎は自分の部屋に雪が降り積もっている事を何とも思わない。朝起きて数分したら部屋の雪がすべて消えてなくなると言う日々を繰り返していくうちに感覚はとっくに麻痺しているのだ。
もちろん、そのことは頭にあるので念のために台所付近に荷物は置いてある。濡れているのはいつも布団だけ。
「……んー………あれっ、なんだか涼しいな……」
当初はいろいろと雪も有楽斎の部屋が氷漬けになることを考えていたのだが有楽斎の中に元からあった力とやらが目覚めただけだろうと思っていた。
文化祭も近くなってきたある日、有楽斎たちの住む町では積雪が観測されたのであった。
ついでにだが、雪女の紙芝居は一部シーンが変わっている。美少女雪女が書かれている事を有楽斎はまだ、知らない。
―――――――
「また雪が降って来たね」
「…………そうだね。これも地球温暖化の影響かなぁ」
朝のニュース番組ではこの前出ていた偉そうな人たちがいろいろと話し合っている。もちろん、それらは全て絵空事のようなものばかりで一般人がみた、聞いたとしても鼻で笑う程度だろう。
ぼーっとしたようにテレビを見ている有楽斎……雪は有楽斎の髪の毛の根元の方が白くなっている事に気が付いていた。
「若白髪……なわけないか」
ちらほら、というレベルではなく全ての髪の毛が白くなってきているのだ。注意しなければわからないだろうが……いずれ誰もが気付くレベルになるだろう。
「ん」
「あ、ほら、そろそろ準備して学校に行ったほうがいいと思うよ」
「そうだね」
今回ばかりはどこかの雪女が来たわけではなく有楽斎が原因だろうと雪は考えていた。何せ、廊下の天井は凍りついて氷柱がどこもかしこも生えているし、床は霜が降りて普通の人間が素足で歩けるとは到底思えない。
一番驚いたのは有楽斎がこれらの現象を見ていないと仮定していたとしても、寒さに順応しているところだ。
「雪、まだ降るだろうなぁ……」
独り言をつぶやいたところで有楽斎が戻ってきた。
「ん、どうしたの」
「いや、紙芝居の道具忘れてて……あ、そういえば雪」
「何」
はにかんでいるような感じで有楽斎は自分の後頭部を掻いていた。
「今度の文化祭来るといいよ。僕の番が終わったら一緒に周ろうよ……話したいこともあるし」
「え、う、うんっ。ありがとうっ」
「じゃ、行ってきますっ」
元気に飛び出して行った後ろ姿を眺めながら改めて雪は決意する。
「…有楽斎君の為にも何とかしないといけないな」
何とかしないといけないのはわかったのだが、方法なんてありもしない。最初から人頼みみたいで嫌だったが現状報告する必要があるだろうと、雪は霧生に電話することにしたのだった。
『……雪か』
「あ、霧生さん。えーっと、有楽斎君の髪の毛が根元から白くなり始めて、家に氷柱が出来てたり霜が降りてたりしてるよ」
『本当かよ……』
「当り前よ。嘘つくわけないじゃない」
それもそうだと向こうからからかう調子で返ってくる。なんだか恥ずかしい感じがしたのだが、冷静に対処方法を尋ねることにした。
「あれから何かわかったよね」
『わかってるなら飛んで帰って試してるだろ。いい方法どころか坊ちゃんを退学させて雪女の里に住まわせるのが一番いい気がして来たぜ。いっそのこと坊ちゃんにどうやってその力をコントロールするのかお前が教えてやったほうがいいと思ってるんだけどなぁ……』
「で、でも…私が雪女だって言っても信じないと思うけど」
『それはそうかもしれないが別に雪女だって言う必要性はないだろ』
「え、なんで」
ったく、これだから人に説明するのは面倒なんだとため息が返ってくる。
『………坊ちゃんには昔から不思議な能力があって、近年それが目覚め始めた。お前は両親からその力が目覚めたときにうまく操れるように派遣されたってことにすればいいだろ。別に妖怪とか、雪女の言葉を出す必要性は今のところないからな。ひと段落ついて教えればいいだろ』
「あ、そうか……じゃあ有楽斎君の文化祭が終わったその日に言うね」
『ああ、もう文化祭があるのか。タイミングはお前に任せるが、一応俺はこれからそっちに帰ってくる。じゃあな』
「うん」
とりあえず対策を練ることが出来てほっとした。しかも、うまくいけば全てが丸く収まる気がしてならなかったのだ。
「そういえば有楽斎君も文化祭終わって話したいことがあるって言ってたっけ………もしかして、気付いたのかも」
どういう設定にすれば有楽斎は信じてくれるだろうかと雪は考え始めたのだった。