第73話:『雪女』
第七十三話
文化祭一週間前。有楽斎は花月の言うとおりに雪女を題材にすることにしているために悩むことも特になかった。
やることが無いとのことで紙芝居の絵を担当してくれるのも花月である。
「出来上がったわよ」
「ありがとうございます。しかもわざわざ持ってきてもらうなんて…」
「いいのよ。ちょうどいい暇つぶしになったわ」
絵の才能があるのかないのかよくわからないが、とりあえず後で見ることにした。目の下にクマが出来ているところをみると結構遅い時間まで起きて書いてくれていたのだろう。
「御手洗先輩、上がっていきませんか」
「悪いけど……すぐに家に帰ってやらないといけないことがあるから」
「そうですか」
「ええ、しっかりと絵は描いたから喜んでもらえると思うわ」
それだけ言って花月は帰って行ったのだった。有楽斎は大事そうに風呂敷に包まれた紙芝居を持って家の中に入るのであった。
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野々村家のちゃぶ台に紙芝居の入った風呂敷が置かれる。
「題材ってこの前も言ってたけど……本当に雪女なんだよね」
冷や汗かいているような表情を見せるが、有楽斎は雪の事を雪女だとこれっぽっちも思っていない為にあまり意味が無い。
「うん、御手洗先輩が雪女はどうかって言ったからすぐに決めちゃったよ」
絶対に私の事を意識して言ったんだっ……今度恨み事を言ってやると雪は心に誓ったのだった。
「しかも絵まで描いてあげるって引き受けてくれたんだよ。僕が絵をかいたら何が何だかわからないと思うからね」
有楽斎が絵を描いたところなんて見たことないのでわからないが、普段から絵を描いていないところを見るとあまりうまくはないのだろう。絵を描くのがうまい人は何らかの絵をいつも書いていそうなイメージがある。
「有楽斎君、花月さんの絵って上手なのかな」
「うーん、どうなんだろ」
「ま、見てみればわかるよね」
風呂敷包みを勝手に開けるとそこには『雪女』と見事な文字が書かれていた。
「へぇ、先輩って字もうまいんだなぁ」
「えーと、この下だよねぇ」
一枚めくったところで雪は息を飲んだ。
「これ……有楽斎君に似ているね」
「そうだね」
有楽斎によく似たきこりとおっさんのきこりは山小屋へ……その場面では雪女がやってくる。
「これ、雪に似てるね」
「う、うん。な、なかなか似てるんじゃないかな」
冷徹な表情……と言うにはちょっとかけ離れているが、紛れもなく雪だった。
「白い着物を着た雪は雪女に似ているんだねぇ」
「よく言われるよ」
笑ってごまかして心の中では花月を恨んでいたりする。
「でもさぁ、シリアスなところなのに雪女の表情がいまいちじゃないかな。書いてもらって言うのもあれだけど、ちょっと間の抜けている表情しか……」
おっさんきこりを指パッチンで凍らせているシーンは自分の右手で頭を叩いている絵だ。まるで『いっけね、間違って凍らせちゃった』とでも言いたげである。
「もうちょっと真面目な表情で書いてくれてもいいけどね」
「あ、わかった。きっと御手洗先輩の前で雪が真面目な表情したことが無いからだと思うよ」
「つまり、有楽斎君は私がいつも花月さんの前ではこんな間抜けな表情をしていた……そういいたいんだね」
何だか雪が怒っているようなので有楽斎は滅相もないと手を振り、首を振った。
「そうじゃないって」
「じゃあ、どういうこと」
「きっと御手洗先輩の前ではあまり気張らなくてよかったって意味だよ。うん、大体先輩がわざとこんな風に書いている可能性だってあるかもしれないし」
「まぁ、その可能性はあるけどなんでまた……」
「無責任だけど…僕が書いたわけじゃないからね。今度御手洗先輩に会った時に聞いてみておくよ」
これ以上めくってもあまりいい事が起きないんじゃないかと思いつつも紙芝居をめくっていく。
「なんだか…めくるのが怖いんだけど」
「いいから、早くめくろうよ」
幸い、残りのページはまともに書かれていておかしなシーンは何もなかった。きこりが自分の妻に雪女の話をしたところで去っていくと言う変わらぬ終わり方である。
「普通だったね」
「私と有楽斎君が夫婦かぁ……子供は三人ぐらい……」
「あの、雪」
「え、あー、うん。いたって普通だったね」
これまた達筆な『終』の字をめくるともう一枚だけ絵が書いてあった。
「ん、何これ」
絵には白い着物を着た女性の後ろ姿が書かれており、その向こうには謎の人物。顔には『名無し』と書かれていた。
絵の後ろの文字を確認するがそこには当然ながら『始まり始まりー』としか書かれていない。
「……ああ、『雪女』って紙の裏に此処のシーンの言葉が書かれてるんだ……えっと、『秘密をさっさとばらしたぼんぼんに見切りをつけ、雪女は次のイケメンを探しに旅立ったのでした』………だってさ」
「………あ、なんだか誤解しているみたいだけど私ってすっごく一途だからねっ。絶対にそんなことしないからっ」
「そうなんだ」
「うん、そうだよっ」
なんでこんなに必死なんだろうかと考えてみるがわからない……わかりたくないと言うのもあるかもしれない。
「まぁ、ともかくこれでやるよ」
「えー」
「しょうがないって。だってやり直してほしいってさすがに言えないし、それにこの雪女は雪じゃないからね」
「………そ、それはそうだけどさぁ……」
「さ、晩御飯の準備をしようか」
汚れたら大変だと風呂敷に包みなおして棚の上に置いておく。
「うー……あ、そうか」
その包みを見ながら雪は唸っていたがいい事を思いつくのであった。