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第70話:運動会

第七十話

 運動会当日。

騎馬戦で校長先生が一騎当千の動きを見せたことに一年生たちは恐れ慄き、二年生以上は『ああ、今年もやってくれたな』と眺めていた。

 もちろん、有楽斎もその光景を見ており、驚きを隠せなかった。

「か、花月先輩……去年はどうだったんですか」

「去年さぼっていたから知らないわ」

「そうなんですか」

「あれだけ強いおじいさんなんだから……二人三脚の相手が校長先生でよかったわね」

「確かに…負ける気がしませんね」

 騎馬戦の次の競技が二人三脚。校長は三人構成の馬からさっそうと飛び降りている。

「お手柔らかに頼むよ」

「はい」

 校長先生は有楽斎に近づいてきて握手を求めてきた。その握力がとても老人のそれとは違う気がして少しだけ怖かったりする。

「かわいそうになぁ」

「去年のひとはどうなったんだろうな」

 そんな声が聞こえてきて有楽斎は首をかしげる。上級生たちはひそひそ話をしていたのである。

「何か不吉な予感がするんですけど」

「…そうね、じゃあ頑張ってきなさい」

 それだけ言って花月は応援席の方へと向かっていったのだった。



―――――――――



「………はっ」

 気がつけば有楽斎は保健室で寝ていた。

「……あ、よかった」

 隣にいたのは里香だった。

「え、な、なんで僕保健室で寝てるの」

「うらちゃん、自分に何が起こったのか覚えてないのかな」

「覚えてないの………って…あっ」

 忌わしい記憶が呼び起こされる。スタートダッシュを決め込んだ校長先生だが、有楽斎を引っ張っていったのだ。直後、目に太陽とは思えないほどの光が広がってそれで意識が遠のいていくのを思いだした。

「なんだかすっごく太陽の光が強烈だった気がするんだよ」

「じゃあ強い日差しで気絶しちゃったのかなぁ…」

「そうかも」

 これまで一度も日光で倒れたこともないし、貧血というわけでもないはずだ。持病があるわけではないのだが……なんでだろうかと考えるが答えは出なかった。

「運動会もあとは……結果発表ぐらいじゃないかなぁ。うらちゃんも早く来てね。こないと泣いちゃうから」

「あー、うん。わかってるよ」

 泣き真似をしてから里香が出ていく。見届けた後は起こしていた上半身を再びベットに沈めてみた。

「………疲れてるのかなぁ」

 昨日は比較的早めに寝たし、お昼もちゃんと食べたし、運動不足かなぁ……そんなことを考えていると保健室の扉が開いた。

 里香が何か言い忘れたのだろうかと思ったのだが、入ってきたのは理沙の方だった。

「目、覚めたのね」

「うん」

「言っておくけどあんたを運んできたのは私だからね」

「あ、そうなんだ……ありがとう」

「べ、別にお礼を言ってもらいたくて言ったんじゃないわよ……あのさ、有楽斎」

 悲しそうな表情……というよりも誰かを心配しているような表情だった。

「…あのさ、有楽斎って病気とかあったっけ」

「え……いや、ないと思うけど」

「あんたが気付いているかどうか知らないけど……すっごく体温低いわ」

「……そうかな」

 理沙に言われて自分の手を触ってみるがよくわからなかった。

「病気かもしれないから一度医者に行くことを勧めるわ」

「うん、心配してくれてありがとう」

 さっきみたいに否定的な言葉が返ってくるかと思ったのだが違った。理沙はベットの端に腰かけて有楽斎を見ずに話し始める。

「………まさかね、有楽斎が私の事を避けずに一緒に運動会のクラス委員をするって思ってなかったわ……まぁ、それも私が有楽斎の事を『金づる』って呼んでいた頃の話だけどね」

「ああ、そうかもね」

 理沙の手が伸びてきてシーツの上に置かれていた有楽斎の手を掴む。その手は実に温かいものであった。

「……会った頃のことなんてほとんど覚えてないんだけど……記憶に残っているって言うかちゃんと覚えているのは有楽斎に逃げられて、嫌われているものばっかり」

「結構長い間追いかけまわされていたからね」

 笑ってみると理沙も苦笑していた。

「そうかもね。子供の頃、親から『野々村有楽斎の特別な存在になるんだ』って言われててね。特別な存在って言うのに固執していたかもしれない」

「特別な存在……」

「そうよ。特別な存在……」

 大体その特別な存在というのがどういうものか分かったのだが、理沙は何故だか首を振った。

「今なら……今ならどこかでまちがったんだろうって思う。気がつけば特別な存在になれてたんだけどね………もっとも、『有楽斎に一番嫌われる存在』なんだろうけどね」

「別に嫌っていたわけじゃ……ないけどさ」

 金づると理沙に言われて面倒になったことは数回程度。中学生の頃、理沙に追いかけまわされるのがまだ日常じゃなかった頃、『金くれよ』と上級生達から脅されたこともあった。

「もうさ、特別な存在になったし私としても有楽斎を追いかけるのもどうでもよくなったんだけど……」

「どうでもよかったんだね」

 じゃあ追いかけてこなければいいのに……とはさすがに言えなかった。そんな雰囲気ではないからだ。

「でもさ、今は違う。有楽斎って呼び始めてからどうでもよくなったって思った自分がなんだか損している気分になってきたの」

 心なしか彼女の瞳はうるんでいて頬は朱に染まっているようだった。有楽斎の手を握る力も先ほどより強いものとなっている。

「有楽斎は私の事をどう思っているか全然わからないし、怖くて聞けないけど……私、もういちど有楽斎の特別な存在になろうって思うの」

「え、あー、うん」

 視線を右に、左に動かしてみる。なんだかこれはやばい感じではないだろうかと頭で考えるのだが目が勝手に理沙の方を見てしまう。

 気がつけば理沙は有楽斎にかなり接近してきており、抱きしめようと思えばそれが現実になるほど近い場所にいたのだった。

「悠長なことは言ってられないって遅いけど気が付いた……だって、里香やあの変人、雪までいるんだもん」

「えーと、それどういうこと…」

 わかっているのだが、敢えてわかりたくない。そんな思いが有楽斎の心の中でプラカードを持ってデモをしている。

「だからさ、私……ここで有楽斎の特別になるって決めたの」

 目をつぶった理沙が接近してきている。どこにも逃げ場なんてないし、逃げる必要もないのかもしれない………受け入れちまえよと誰かが耳元で囁いた気がする。

 しかし、それとは対照的に瞼を閉じれば何故だか里香、花月、そして雪が笑っている姿を見ることが出来た。



「こらー、保健室はイベント禁止だぞー」



「え」

「あ」

 保健室の廊下には保健室の主である先生が立っており、有楽斎たちのところを見ていた。

「ほらほら、顔を真っ赤にしてないで用具を片づけに行くように指示されているだろうから早く行きなさいな。あー、そっちの僕ちゃんはまだそこで待機してなさい。体育館の第二倉庫に場所を変えたって駄目なもんは駄目だからね」

 何が駄目なのかはっきり言ってもらいたい……というのは冗談として、とりあえず救われたような、がっかりしたような気持ちを味わう事が出来た。

 理沙に申し訳ないと思いながら隣を見ると意外なことに彼女はがっかりしているわけではなさそうだった。

「まだ卒業するまで長いからね。チャンスはあるはずだから覚悟してなさいよ」

 にこっと笑う理沙を見て有楽斎も同じように笑うしかなかった。



 ただまぁ、彼の場合はひきつったような笑い方だったりする。


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