第67話:鬼と対策
第六十七話
「ふぅ……やっと帰って来られたぜ」
スーツのしわを伸ばしながらお土産として帰ってきたケーキの箱を握りなおす。
「坊ちゃんはまだ無事のようだし手の打ちようはあるな」
鬼塚霧生は野々村家の外門から呼び鈴を鳴らす。部外者ではないし、その気になれば塀などすぐに乗り越えることが出来るのだがそれではあまりにも不躾だろう。
「はーい……って霧生か」
「失礼な奴だな。さんぐらいつけろ」
「……って霧生さんか」
「それでいい」
うんうんうなずいてケーキの箱を渡す。
「坊ちゃんはいるのか」
「いないよ。まだ学校の時間だし…」
「そうか、じゃあ中で詳しく話す」
そういって霧生は靴を脱ぐのであった。
「わぁ、モンブランだ」
「それは坊ちゃんの好物だからな」
勝手に開けて中身を確認するも、待ったをかけられる。
「えー」
「えーじゃない」
「唾つけとこ」
「汚いだろっ……ともかく、お前が騒いでいないようだからよかったよ。坊ちゃんが大変なことになる前に手を打たないといけない」
ケーキをちゃぶ台の上に置いてから紅茶を雪が持ってきた。
「それ、どういうこと」
「………行きは雪女の妨害にあって吹雪の中をずっと歩く羽目になった。しかも、一人であれだけの吹雪をするなんて本当ふざけてるぜ……」
シュークリームを食べている鬼は何だかシュールだと思いつつも奪い取った有楽斎のモンブランを口にする。
「まぁ、来るものはとりあえず拒絶するからね」
「里の入り口はあっさり見つかったからよかったんだが……閑散としているんだな」
「みんな外に出るのが嫌いだからね」
「家の中をのぞいてみたらサラシにふんどしでネットゲームに興じる雪女とか……正直イメージと違うぞ」
「……まぁ、それは人それぞれということで」
そういえば有楽斎君が下着姿に反応してくれたのはほんの一カ月程度だったなぁと懐かしむ。今では『早く服着ないと風邪ひくよ』と言われて終わりである。
「で、霧生さんはわざわざ雪女の日常を見る為に行ったってことでいいの」
「違うだろ……長老さんにあってきた。見た目は若いもんだな」
「見た目だけはね……本当の姿はしわしわのばあちゃんだと思うけどね」
「まぁ、姿かたちなんてどうでもいい」
シュークリームの入っていた袋をゴミ箱に捨てて紅茶を一気飲み。
「坊ちゃんのことについて詳しく話したらやはり驚いていたんだが………どうも吹雪は坊ちゃんを始末するために送り込まれてきたようだな」
「やっぱりそうなんだ……でも、行方不明だよ」
いまだに吹雪の末路がわからないのだ。
「坊ちゃんに何かして目覚めさせちまったんだろうなぁ……」
そういって霧生は手元を見ている。
「ともかく、今は坊ちゃんのことだけを考えてくれ………坊ちゃんは鬼であるとともに雪女でもある」
少々違和感を覚える言葉だったが話の腰を折ると怒られそうだったので黙って続きを聞く。
「完全に目覚めたら……最悪の状態になるな」
「最悪の状態って……」
「雪解け水になって終わりだ」
そういってコップを流しの方に持って行った。
「も、もちろん防ぐ方法はあるよね」
「………さぁな。それは長老さんにもわからなかったよ。人の温かさを苦痛に感じたら坊ちゃんも溶けてなくなるんだろうな………」
そういって窓の外を眺めている。
「だ、大丈夫だよっ」
「………だといいけどな」
霧生は立ち上がると玄関の方へと向かっていく。
「え、ちょっと…」
「独自に調査してみるからお前は坊ちゃんの傍にいてやってくれ。ああ、忘れるところだったがこれが俺の携帯電話の番号だ」
差し出された一枚の名刺の裏にしっかりと刻まれている。
「何かあったらこれに電話してくれ」
「うん」
「じゃ、行って来る」
「行ってらっしゃい」
玄関から外に出た後、すぐさま霧生の姿は消えてなくなった。ただ、気になったのは最後に言葉が聞こえた気がしたのだ。
「最後ぐらい、坊ちゃんにはお礼がしたかったものだ」
雪にはそれがとても不吉に聞こえて仕方がなかった。