第64話:雪に機械をくれた人
第六十四話
夏休み最終日。人によっては出された課題を必死になって解いていたり、諦めて遊んでいたりと、分岐点の存在する日である。
「買い忘れはないかな」
「うん、メモにも書いてないから大丈夫じゃないかなぁ」
「やっぱり買い物するときはメモしておかないといけないよね」
「そうだね」
有楽斎は最後の夏休みを雪と過ごしていた。まぁ、日常の風景となった買い物なので普段通りと言えば普段通りの過ごし方かもしれない。
「いつもと違って今年は雪がいたから夏休みを満喫できたような気がするよ」
「へぇ、じゃあ去年は何してたの」
「去年は………」
何をしただろうかと記憶の箪笥をあさってみる。
「…………高校受験するつもりだったから勉強かなぁ」
「そっか」
「雪は何してたの」
「えーと、私は………うーん、ごろごろしてたって事にしといてよ」
「そうなんだ」
実際は自在に雪女の力を使いこなせるように日々努力を積み重ねていたと言うところだろうか。潜在的な力はすごいが、うまく使いこなせていないと幼少のころに言われた為に面倒になってやってなかったのがつけとしてまわってきたようなもの………まるでゆとり教育みたいだなと雪はため息をつくのであった。
「ま、とりあえず買わないといけないものは買ったから帰ろうか」
「うん」
ちょうど主婦が夕飯の買い物をしている時間帯の為か、どこのレジも混んでいる。比較的人が少ない列に並んでいると声をかけられた。
「おや、雪ちゃんではないか」
「え……」
振り返るとそこにいたのは白衣を着た胡散臭そうな外国人のおじいさんだった。
「わしじゃよ、わし。ダニエル・D・ロードじゃ。雪ちゃんの機械をこわし……」
それ以上言われるのを防ぐために雪は大声で頷く。
「あ、あ~………お、お久しぶりです」
有楽斎の方をちらりと見るとやはり首をかしげていた。
「雪、知り合いの人…だよねぇ」
「う、うんっ。そうだよ。ちょっとあっちで話してきていいかな」
「うん、いいよ」
「ありがとっ」
雪は缶詰を持っていた老人を連れて店から出ようとしたが、店員に止められそうになったので缶詰を渡してから外に出た。
「なるほどのぅ、あれが件の少年か。うまくいっているようでなによりじゃ。渡した追跡用の機械一式は役に立っておるかの」
「は、はい。おかげで今は必要ない状態にまでなってます」
今では布を被った上に埃までしてきている。これも有楽斎を尾行したりしないと決めたおかげだろうか。
「そうかそうか。まぁ、所詮機械は道具。本人の意向で事足りるようになったのなら必要もなくなるじゃろう………」
「恐れ入ります」
「まぁ、てっきり雪ちゃんが変人の部長さんとやらに負けて追い出されるとばかり思っていたから新アイテムを用意して待っていたんじゃよ」
「新………アイテムですか」
「そうじゃ」
白衣のポケットから取り出されたものは四角の上に丸が乗っている何かのスイッチのようだった。
「これですか……一体何なんですか」
「簡単に言うなら世界をやり直すスイッチじゃ」
「………え」
今目の前のおじいさんから信じられない言葉を聞いた気がした。
「若いのに耳が遠いのか……かわいそうにのう。もう一度だけ言うがこれは世界をやり直すスイッチじゃ」
「えーと、なんで私に用意してくれてるんですか」
「そりゃあ、あれじゃよ」
眼鏡をあげてからダニエルは言うのだった。
「雪ちゃんとさっきの少年がいい仲になるじゃろう」
「はぁ、それなら別にいいんじゃないんですか」
「そのあと間違いなく、少年が誰かに寝とられる」
「………」
「雪ちゃんが間違いを犯さないようにじゃな………まぁ、なんじゃ、同棲しとると聞いておったからもうあれかもしれんが、とりあえず少年が雪ちゃん以外の女の子と仲良くなった時の為に作ったんじゃよ」
この爺さんは長生きするだろうなぁと心の中でため息がこぼれる。
「必要ないですっ。もし、もし仮にも………わ、私が有楽斎君とそんな関係になったとしても有楽斎君は浮気なんて絶対にしませんからっ」
右手を空高くつきあげて宣言する雪に対してにやにやしながら老人は言うのだ。
「わからんぞ~……ほら、言うじゃろ。浮気は男の性ってことじゃよ。まぁ、なんじゃ、年寄りの暇つぶしに付き合ってくれとるからあの少年が寝盗られたらわしのところに来るんじゃよ」
そういって謎の老人は去っていったのだった。
「………大丈夫だもん」
「何が大丈夫なの」
「うあ」
気がつけば隣に有楽斎が立っており、何故だか缶詰を握っていた。
「これ、お金払ってきちゃったよ」
「え…なんで」
「いや、行っちゃったけどあの人が買おうとしていた物だから買ってきただけ。渡そうかなぁってさ。あの人ってもしかして雪のおじいちゃんだったりするの」
「ううん、違うよ。偶然街でぶつかったおじいさん」
「ふーん…なんだか悪の科学者みたいだったね。白衣着てたし」
「どうだろう……」
実は悪の組織の科学者なんじゃないだろうかと雪は考えるのだが頭から否定する。
「でもどう考えてもこのご時世に悪の科学者なんているわけないよ」
「そうだよね」
「人型のロボットとか作ったりしてるかもよ」
「ありえないよ」
そんな取るに足らない話をしながら夏休みの最後の夕方は過ぎていくのだった。