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第63話:二分の一の覚醒

第六十三話

 イルカが宙を舞い、水しぶきを観客にかける。イルカに水をかけられるのと車に水をかけられるのはやはり違うようで観客の誰もがその行為を許している。

「すごいねー」

 有楽斎はイルカが輪をくぐるのを見て心底驚いたような顔をしている。

「………僕も頑張ればあんなこと出来るのかな」

「なら私が野々村君を調教してあげようか」

 怪しく笑う花月に首を振っておいた。

「………遠慮しておきます」

「輪っかなんてくぐる必要ないでしょ」

「そうだよね」

「むしろうらちゃんの首に輪っかをつけてあげたい」

「里香、それもどうかと思う」

 一つの物事も人数が居ればそれぞれ違う事を考えるんだなぁと有楽斎は思ったりするが、首輪をつけられるのは勘弁したかった。

「ちょっとトイレにいってくるよ」

 立ちあがり、階段に近い雪側の方へと足を伸ばす。

「迷子にならないように気を付けるのよ」

「わかってますよ。というか、迷子になんてならないと思いますけど…」

 後ろから飛んできた花月の言葉に苦笑しつつも、有楽斎は返答するのであった。



――――――――



「遅い」

 有楽斎がトイレに向かって約一時間。昼食を食べる時間帯も少し遅れてしまっている。

「有楽斎が居ないと豪華なランチを食べられないじゃないのっ」

 イルカもすでに仕事が終わったと言わんばかりにえさをもらっている。

「……私、見てきます」

 雪が立ちあがるとそれに続いて花月も立ちあがった。

「榊姉妹はここで待機してて。野々村君が帰ってきたときは大変だからね。見つけた時は連絡するわ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ」

 そういって走り去ろうとする花月を理沙は止めて携帯電話を取り出した。

「私、あんたの番号なんて知らないわよ」

「大丈夫、既に両方の携帯に登録しているから」

 言われて理沙は携帯電話を確認すると『親友』という欄にしっかりと『御手洗花月』の文字があった。

「………何これ」

 花月の方を見たのだが、花月はすでに雪を追いかけていたのだった。



―――――――――



「無事だといいわね」

「それが一番です………」

 人通りが少なくなってきている場所へとやってくる。この通路の先にあるものはスタッフオンリーの部屋と、化粧室だ。イルカのショーの途中でトイレに行くならその場所が一番近いはずである。

「なんだか寒くなってきたわね」

「そう、なんですか……いまいち私には判断しづらいんですけど……」

 冷房は当然効いているのだが、それよりも数度温度が低い状態である。天井の一部が凍りついている気がしてならなかった。

「………雪ちゃん、野々村君いたわよ」

「え………」

 天井の霜に気を取られていたためか、見つけるのが遅くなってしまっていた。花月が指差す方向には『ぼくは アイドルの ラッコだよっ』と書かれたプレート。分厚いガラスの向こうにはイルカにアイドルの座を奪われたラッコがいた。

「う、有楽斎君っ」

 天高く尻を挙げ、倒れている有楽斎。その尻でラッコが必死に貝を割ろうとしている姿はどこか方向性を間違えたアイドルに見えたりする。そもそも、顔が怖い。

「早く野々村君を助けてあげないとお尻が二つに割れてしまうわ」

「…もう割れていると思いますけど」

 そう言うと花月の表情が悲愴なモノへと変わっていく。

「………手遅れってことね」

「…はぁ、まぁ、無事そうだからいいけどなんであんなところに………」

 その後、スタッフを呼んで有楽斎を助けてもらったのだがそのころには人が集まりすぎていた。アイドルの座を奪われたラッコだったが、有楽斎の尻の上に居座っていた時間だけはイルカよりも輝いていたそうである。



―――――――



「うーん、よく覚えてないんだけどね」

 有楽斎が目を覚ましたのはその日の夜だった。タクシー二台で隣町に帰ることになったのだが、費用は有楽斎の財布から出ている。

 理沙と里香は家に帰っており、野々村家にいるのは有楽斎、雪、花月の三人である。雪は有楽斎の介抱、花月は夕食を作っている。

「トイレに行って、用を足してから出てこようとしたら怖そうな人たちに囲まれちゃって………『お前、入り口で金持っているのアピールしてた馬鹿な奴だろ』って感じで脅されちゃって…」

「それで、どうしたの」

「よく覚えてないんだけど、殴られた記憶が………だけど、どこも痛くないんだよね」

 殴られたと思しき右頬を摩ってみるも痛くなかった。

「それなりに痛かった記憶があるんだけどね…夢かなぁ」

「でも、有楽斎君が怪我とかしてなくてよかったよ」

「………うーん、怪我はしてないんだけどなんだかお尻が痛いんだよ」

「そ、それはまぁ……」

 ラッコの表情は鬼気迫るものがあったからなぁと思いだした。

「ちょっといいかしら」

 開いていた扉をノックしてから花月が話しかけてくる。

「雪ちゃん、ちょっと来て。料理について聞きたいことがあるから」

「あ、はい。なんですか………」

「僕が行きましょうか」

「いや、雪ちゃんがいいわ。野々村君は大人しくしてなさい」

 雪をひきつれて花月は台所へとやってくる。台所から見るのは少しだけ遠いが、その場所からでもテレビが見える。

「あれ、見たほうがいいわよ」

「はぁ……」

 料理の話じゃなかったんだろうかと思いつつも、言われた通りテレビの方へと視線を送る。

『………トイレから氷に閉じ込められていた若者たちですが、依然として犯人は見つかっておりません。この水族館ではさらにラッコが人を襲ったとの情報もあり………』

「…………」

「どう思う」

 どう思うのかと聞かれても答えなんてあるわけが無い。

「う、有楽斎君に関係あるわけないですよ」

「いや、間違いなく有楽斎君よ」

「そ、それは………」

 すっぱりと切り捨てられた挙句、花月はテレビを指差していた。

「あれを見なさい」

「…………え」

 テレビには顔こそ映っていないものの有楽斎の尻の上に陣取ってあまつさえ彼の尻で会を割ろうとしているラッコの姿が映し出されていた。

「間違いなく野々村君だわ」

「………そうですね」

 一つの不安が心によぎるも、それは多分気のせいだろう。実際にこの目で見なくては……納得がいかないのである。

「雪ちゃん、野々村君が変わったとしてもそれは野々村君よ」

「え」

 突然花月にそう言われて驚くも、彼女はテレビを見ている。既に次のニュースを映していたが、先ほどに比べればインパクトに欠ける内容だった。

「信じてあげる誰かが居ないと人間って疲れることが多いからね」

「………花月さん」

 この人は恥ずかしい事をさらりと言えるんだなぁと思いつつも、頷くことにする。

「わかってます」

「わかったなら野々村君を起こしてきて。料理が出来たから」

「はいっ」

 雪は有楽斎を起こしに彼の部屋へと向かうのであった。


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