第62話:友達
第六十二話
無料券でやってきた水族館。やはり夏休みという事で混雑していたりする。
「やっぱり夏休みだから人が多いかぁ……」
「あ、あの子……」
有楽斎は数人前の女の子を指差した。
「え、もしかして……知り合いだったりするの」
四人を代表するかのような形で雪が尋ねる。
「ううん、さっき電車に乗っていた子だよ」
「…………」
「………有楽斎、バカやってないで入るわよ。ほら、さっさと私たちも並ばないとどんどん遅くなるわ」
チケット売り場にはそれなりの行列が出来ていたりするもので、まぁ、無料入場券をもっていなければ行列に並ぶ羽目になっていただろう。
「危なかったわねぇ、もしも野々村君からタダ券もらってなかったらあそこでさらに時間をとられていたわ」
「そもそも、有楽斎君から券もらってなかったら来てないと思いますけど」
「私もそう思うわ」
「うらちゃんに感謝しないとね」
「そんな、別にお礼なんていいよ」
入場の券を渡す順番が回ってくる。五枚分まとめて有楽斎が渡したのだが、係員のお姉ちゃんが手を止めた。
「あ、待ってください」
「え」
「これ、期限切れちゃってますね。三日前までは有効でしたけど今は紙くずです」
どうしたものだろうかと思ったのだが、どうしようもないだろう。
「ちょっと、野々村君」
「有楽斎君っ」
「うらちゃんっ」
「有楽斎っ」
なんで確認しなかったんだと責められる…有楽斎は安易に想像できた。その想像をしたのは有楽斎だけではなかったようだ。
「あ、ま、まぁ、三日前ですからね。確かにこれは紙くずですが、無料入場券には変わりありませんからどうぞお入りください」
「い、いーんですかっ」
地獄に突き落とされた後、落とした本人から助けられると言う何とも複雑な気持ちとなった。
「あの、お金ならあるんでちょっとでも問題あるなら払いますけど…カードもありますよ」
財布から札束を出して渡そうとするが断られる。
「いいですよ。それより早く中に入ってもらった方が助かります。混んできていますから」
「ありがとうございます。さ、みんな行こうよ」
「あ、ちょっと待ってください。ここにお名前と住所だけいいですか」
紙くずと言わしめられた無料券にボールペンで書くように指示される。
「他の方は入場していただいて構いませんよ」
「ほーんと、タダより高いものはないってよく言うわ」
理沙はため息をつきながら有楽斎の横を通って行く。里香と花月も先へと進んでいくが列から外れている有楽斎に雪だけが近づいた。
「有楽斎君、書き終わるの待ってるよ」
「ありがと」
「でもまぁ、恥ずかしい思いしたから恨むよ」
「あ、あははは……」
―――――――――
中に入れることにはなったものの、四人の視線はまだまだ痛かった。それなりに広いホールで立ち止まる。有楽斎は後ろを振り返った。
「よかったね、なんとか入れてさ」
視線で合図した後、年長の花月がため息をつきながら有楽斎に告げる。
「…野々村君、券の有効期間はちゃんと把握しておかないと駄目よ」
「すみません」
「もうひとつ。人ごみのところで札束なんでだしちゃ駄目よ。札束でビンタされたいって変態が集まってくるからね」
「…………わかりました」
二つ目の戒めはよくわからなかったが、胸に刻んでおくことにした。なぜか理沙が顔を赤くしているようだったが有楽斎には当然わからない。
「さ、野々村君……イルカを見に行くわよ」
「私とお魚見ようね、うらちゃん」
「有楽斎、アシカを見に行くわよ」
「……有楽斎君、軟体生物を見に行こうよっ」
各々意見を主張しているようなので有楽斎はため息をついた。せっかく一緒に来たのにばらばらに行ってはあまり意味が無いように思えるのだ。
「全員で周ろうよ」
「やっぱりそうなるわね」
「そもそも誰かを選ぶくらいなら二人で来てるかぁ…」
「……私と来るはずだったんだけどなぁ……」
「今度誘おうかしら……」
それぞれの対応を見て『これで何かスポーツやったらぼろ負けするんだろうなぁ』と有楽斎は一人ため息をつくのであった。
―――――――――
水族館内部では特にこれと言って問題は起こらなかった。別に何かを期待しているわけでもない雪はほっとしながら理沙達と話している有楽斎に視線を向けていた。
「やっぱり野々村君の事が気になるのね」
「それはまぁ、色々とお世話になってますから」
「今度詳しく聞かせてもらうけど、有楽斎君には何か秘密があるってことよね」
「秘密っていうか………よくわからないんです。あるんだろうとは思うんですけど、私は知りません」
確定的な情報は何一つとしてないので誰かが知っているのなら教えてほしい話である。雪女の里へと旅立った霧生も知らないから長老に話を聞きに行ったわけだし、この事を知っているのは他にいないはずだ。変調をきたした前日に姿を現した吹雪も完全に行方不明状態、手掛かりは一切なかった。
「そう、でも私が知っている野々村君の秘密なんてほとんどないわ。何か知っていて、雪ちゃんの手助けになるようなものがあればいいのだけどね………」
どことなく悲しそうな横顔を見ながら雪はある質問を花月にしてみる。
「あの、前々から気になっていたんですけどなんで私が雪女って知ってあまり驚いていないんですか」
「……先祖代々私の家計は妖を祓う一族だったのよ」
「ええっ」
驚愕して一歩後ずさってしまう。もし、あまり生意気なことを言ってしまったら…しかし、比較的友好的な関係のはずだと自分を元気づけた。
あわてている様子を見てからぽつりと花月は言った。
「嘘よ」
「………」
一度、氷漬けにしてやろうかという気持ちがわいたのだが、やめておいた。
「さ、早く行かないと野々村君において行かれるわ」
「はい」
有楽斎の元へと行こうとすると花月が口を開いた。
「さっきの話だけど、絵師だったのよ」
「絵師………ですか」
「ええ、先祖代々ってわけじゃないけど何代か前は変わった絵を描いていたそうよ」
「それが妖怪だったってわけですか」
「そうよ。まぁ、その絵師も最後は『天より輝かしき光、我を導かん』って言葉を残して失踪したそうよ」
「………」
なんとなく、そう、なんとなくだがこの前テレビで見た宇宙人に連れ去られそうになったと言う話を思いだす。
「間違いなく宇宙人に連れさらわれたんですよっ」
「………妖怪が宇宙人の仕業なんて変なこというわね」
――――――――――
くだらない話をしている雪と花月を見ながら有楽斎は少し遠いところで笑っていたりする。
「何笑ってるのよ」
「え、あ、いや………何でもないよ」
「ふーん……」
有楽斎が見ている先、雪と花月がいるだけでおかしいところなんて何もないようだった。
「ねぇ、うらちゃん。前から不思議だったんだけど雪ちゃんはなんでうらちゃんの家に住んでるの」
里香の質問に有楽斎は首をかしげる。
「えーと、何だったけ………あ、たしかお父さんかお母さんの知り合い関係で家に泊めてほしいって言われたんだっけ……よく覚えてないや。詳しいことは雪に聞けばわかると思うよ」
「………本当に……その、同じ家で暮らしているのよね」
「ん、そりゃそうだよ」
少し暗がりにいる為に理沙の顔はよく見えないのだが、なんとなく赤い気がした……が、それはあくまで理沙の顔の近くを通って行った鯛の色が反射しただけかもしれない。
「何か間違いっていうか………そういうの起きるでしょ。てっ、テレビのドラマとかでもわけありの二人組が仕方なく一緒に暮らして………実際、どうなのよ」
言われて首をかしげる。里香の方からも熱烈な視線を感じたりする。
「うーん………間違い、ねぇ………」
少しの間考えてみるのだが、思いつく間違いとしたら雪が砂糖と塩を一度だけ間違えて補充したことだろうか。おかげで塩を入れたつもりが砂糖だった為に雪から文句を言われたのだ。
「………二重の間違いならあるかな」
「え、何よそれ」
「うまく説明できないけど、べたな話だと思うよ。砂糖と塩を間違えるってあれ」
「………なーんだ、つまんない。だけどまぁ、うらちゃんだからね」
「そうねぇ、有楽斎だから………しょうがないか」
期待して損した、双子に視線を送られて有楽斎は再び首をかしげるのであった。




